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参/夢見の悪さとその答え
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◇
いつまでも現場の喧騒音が耳に障り続けた。
いつもと同じ内容で、そして同じ労働の範疇でしかない。喧騒の中にまみれていても、いつもならば特に何も感じないそれらに対して、今日はどうにも嫌悪感を覚えてしまう自分がいる。
周囲から聞こえてくる工具の音、鉄筋を落とす音、周囲だけではなく、自分の目の前で発生する工具の駆動音、ふとゆるんでしまった指先によって倒れてしまうパイプの姿、あっけにとられる暇もなくつんざく音が、どうしようもなく嫌で仕方ない。
音が嫌だ、音が嫌で仕方がない。昔と同じことを繰り返しているような気がする。働きはじめの時と同じような気持ちに陥っている。あの時はどうやって対処をしたのだろうか。
動きを止めることは許されない。俺は手に持っているインパクトドライバーを片隅において、倒れてしまったパイプの位置を正そうとする。
その間に呼吸に意識を向ける。落ち着かない感覚を落ち着けるために深呼吸をする。ゆっくりと吸って吐いてを繰り返して、どうにかいつもの自分を取り戻そうと試みる。それでもそわそわと浮ついてしまう気分が拭えることはないのだけど。
──気色が悪いのだ。吐き気を覚えてしまうのだ。何に対してそんな気持ちを抱いているのだろうか、どうしてこんな気持ちを抱えてしまっているのだろうか、どうして吐き気を覚えてしまうのだろうか。そんなことを頭の中で整理をしようとしても整理がつくことはない。
耳をふさぎたくなる気持ちになる。耳をふさぎたくなっても、そうすることは許されない。息を吐くのもためらってしまうほどに、体の制御ができない感覚を覚えている。
体の具合が悪いわけじゃない。気分の問題でしかない。精神面の問題でしかない。それ以上も以下もない。それ以上の問題があればいいように思う。だが、そういうわけではないのだ。どこまでもそれにつながることはないのだ。
この嫌悪感はなんだ。この吐き気はなんだ。だが、その正体を知ってしまえば、俺はここで立つことさえもできなくなってしまう予感がある。それはどこまでもたどり着いてはいけない答えでしかなく、それはどこまでも目をそらし続けなければいけない難題なのだ。
心の中の人形が言葉を吐いている。人形が言葉を吐き続けている。周りの騒音とは異なって、一つ一つの文節を意識させてくるように、口の形をはっきりとこちらに認識させてくる。
『ここが、お前の行く先なのだろうか』
人形は、そう語り続けている。
◇
「具合悪いのか?」
休憩の時間になって、恭平は俺に話しかけてきた。珍しいというべきなのかはわからないが、煙草を加えることはなく、そして煙草に火をつける動作さえも見せることはなく、彼は俺に話しかけていた。
「……いや」
平然を装おうとした。だが、言葉の続きは生まれなかった。
俺は具合が悪いのだろうか。体の感覚に違和感はない。違和感、もしくはこの感覚の正体は精神的なものでしかない。それを具合が悪いといえば具合が悪いのかもしれない。ただ、それを恭平に共有することに対しては躊躇いがある。
「大丈夫ですよ」
だから、適当な言葉を吐くことしかできない。
こういったときはどういう言葉を吐けばいいのか、冷静に考えれば、いつもであればわかっていたはずだった。
大丈夫、という言葉を吐いてしまえば、大丈夫ではない、ということを証明することになる。
あらゆる自称というものは偽物でしかない。例えどれだけ取り繕って、大丈夫、と自称をしたところで、当人がそれについて意識していることは明白になってしまう。大丈夫、という自称は、大丈夫ではない、ということの表れでしかない。
それならば、俺が吐くべき言葉は、さも何も意識をしていないような言葉だったはずだ。
なんのことですか、何を見てそう思ったんですか。
そんな言葉でなくとも、首をかしげるだけでも十分かもしれない。
選択を誤った、そんな実感が心の中に生まれてくる。どこまでも心の中が嫌な気持ちだけで占有する。
きっと、今の俺は確実に大丈夫ではないのだ。認めたくはないけれど、そういうことになってしまうのだ。
「大丈夫っていうやつに限って大丈夫じゃねえんだよ」
それを見透かしたように恭平は言葉を吐く。俺も彼の言葉に同調する。態度には出さないけれど、言葉の選択を間違えた感覚はぬぐえないままだ。
「調子が悪いっていうんなら休めよ、それで別にいいっていつも言ってるだろうに」
「……」
言葉は特に思いつかない。いつも言われている言葉。
無理はするな、恭平はいつも俺に沿う言葉を吐いてくれている。
お前には皐がいるのだから、お前が無理をすれば悲しむ人間がいるのだから、お前が無理をすることで得をする人間なんてそんなにはいないのだから、心配事があるなら何とかしてやる。
彼はいつも俺にそう言葉をかけてくれている。
過去にそんな言葉をかけられたのはどんな時だったのだろう。その時の俺は大丈夫ではなかったのだろうか。恭平から見て、俺は無理をしているような人間だったのだろうか。
思い出せない、別に思い出したくもない。
「なあ」と恭平が口に出した。少しとがったような言葉が来ると思った。声の雰囲気でそんなことを察してしまった。
「そろそろ目を合わせろよ、加登谷」
いつまでも現場の喧騒音が耳に障り続けた。
いつもと同じ内容で、そして同じ労働の範疇でしかない。喧騒の中にまみれていても、いつもならば特に何も感じないそれらに対して、今日はどうにも嫌悪感を覚えてしまう自分がいる。
周囲から聞こえてくる工具の音、鉄筋を落とす音、周囲だけではなく、自分の目の前で発生する工具の駆動音、ふとゆるんでしまった指先によって倒れてしまうパイプの姿、あっけにとられる暇もなくつんざく音が、どうしようもなく嫌で仕方ない。
音が嫌だ、音が嫌で仕方がない。昔と同じことを繰り返しているような気がする。働きはじめの時と同じような気持ちに陥っている。あの時はどうやって対処をしたのだろうか。
動きを止めることは許されない。俺は手に持っているインパクトドライバーを片隅において、倒れてしまったパイプの位置を正そうとする。
その間に呼吸に意識を向ける。落ち着かない感覚を落ち着けるために深呼吸をする。ゆっくりと吸って吐いてを繰り返して、どうにかいつもの自分を取り戻そうと試みる。それでもそわそわと浮ついてしまう気分が拭えることはないのだけど。
──気色が悪いのだ。吐き気を覚えてしまうのだ。何に対してそんな気持ちを抱いているのだろうか、どうしてこんな気持ちを抱えてしまっているのだろうか、どうして吐き気を覚えてしまうのだろうか。そんなことを頭の中で整理をしようとしても整理がつくことはない。
耳をふさぎたくなる気持ちになる。耳をふさぎたくなっても、そうすることは許されない。息を吐くのもためらってしまうほどに、体の制御ができない感覚を覚えている。
体の具合が悪いわけじゃない。気分の問題でしかない。精神面の問題でしかない。それ以上も以下もない。それ以上の問題があればいいように思う。だが、そういうわけではないのだ。どこまでもそれにつながることはないのだ。
この嫌悪感はなんだ。この吐き気はなんだ。だが、その正体を知ってしまえば、俺はここで立つことさえもできなくなってしまう予感がある。それはどこまでもたどり着いてはいけない答えでしかなく、それはどこまでも目をそらし続けなければいけない難題なのだ。
心の中の人形が言葉を吐いている。人形が言葉を吐き続けている。周りの騒音とは異なって、一つ一つの文節を意識させてくるように、口の形をはっきりとこちらに認識させてくる。
『ここが、お前の行く先なのだろうか』
人形は、そう語り続けている。
◇
「具合悪いのか?」
休憩の時間になって、恭平は俺に話しかけてきた。珍しいというべきなのかはわからないが、煙草を加えることはなく、そして煙草に火をつける動作さえも見せることはなく、彼は俺に話しかけていた。
「……いや」
平然を装おうとした。だが、言葉の続きは生まれなかった。
俺は具合が悪いのだろうか。体の感覚に違和感はない。違和感、もしくはこの感覚の正体は精神的なものでしかない。それを具合が悪いといえば具合が悪いのかもしれない。ただ、それを恭平に共有することに対しては躊躇いがある。
「大丈夫ですよ」
だから、適当な言葉を吐くことしかできない。
こういったときはどういう言葉を吐けばいいのか、冷静に考えれば、いつもであればわかっていたはずだった。
大丈夫、という言葉を吐いてしまえば、大丈夫ではない、ということを証明することになる。
あらゆる自称というものは偽物でしかない。例えどれだけ取り繕って、大丈夫、と自称をしたところで、当人がそれについて意識していることは明白になってしまう。大丈夫、という自称は、大丈夫ではない、ということの表れでしかない。
それならば、俺が吐くべき言葉は、さも何も意識をしていないような言葉だったはずだ。
なんのことですか、何を見てそう思ったんですか。
そんな言葉でなくとも、首をかしげるだけでも十分かもしれない。
選択を誤った、そんな実感が心の中に生まれてくる。どこまでも心の中が嫌な気持ちだけで占有する。
きっと、今の俺は確実に大丈夫ではないのだ。認めたくはないけれど、そういうことになってしまうのだ。
「大丈夫っていうやつに限って大丈夫じゃねえんだよ」
それを見透かしたように恭平は言葉を吐く。俺も彼の言葉に同調する。態度には出さないけれど、言葉の選択を間違えた感覚はぬぐえないままだ。
「調子が悪いっていうんなら休めよ、それで別にいいっていつも言ってるだろうに」
「……」
言葉は特に思いつかない。いつも言われている言葉。
無理はするな、恭平はいつも俺に沿う言葉を吐いてくれている。
お前には皐がいるのだから、お前が無理をすれば悲しむ人間がいるのだから、お前が無理をすることで得をする人間なんてそんなにはいないのだから、心配事があるなら何とかしてやる。
彼はいつも俺にそう言葉をかけてくれている。
過去にそんな言葉をかけられたのはどんな時だったのだろう。その時の俺は大丈夫ではなかったのだろうか。恭平から見て、俺は無理をしているような人間だったのだろうか。
思い出せない、別に思い出したくもない。
「なあ」と恭平が口に出した。少しとがったような言葉が来ると思った。声の雰囲気でそんなことを察してしまった。
「そろそろ目を合わせろよ、加登谷」
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