妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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参/夢見の悪さとその答え

3-4

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 そうして、俺たちは何故かカラオケに行った。何故、という言葉を使ったけれど、実際そこまで理由が複雑なわけじゃない。皐の思い付きの結果こうなったと言えるだろう。

 俺たちは活動内容を決めた後、それを中原先生に渡して帰路につこうとした。

 校門をくぐったあたり、伊万里とまた明日会うことを約束して、そうして分かれ道という頃合いで皐が言葉を吐いた。

「なんか、遊びたいな」

 一瞬、困惑した俺と伊万里に対して「いや、ほら、せっかく自然科学部が設立したわけだし、なんかはっちゃけたいというか、そのおめでとう会とかしたいなぁって、ふと思ってさ!」と早口で言葉をあげた。その慌てている様子が面白くて俺は笑ってしまった。

 ということで、俺たちは今カラオケにいる。

 日中で遊んでもいいのでは、という気持ちもあったけれど、その場合は俺が仕事で行けないし、伊万里についても日中の起床は難しいと吃りながら説明していたので、いきなりの夜に決行という具合。まあ、たまにはそんな日があってもいいよな、と思いながら、俺はカラオケの機器に触れる。

 こういった場所に来るのは数年ぶりのような気もする。……いや、実際は一年と経っていないくらいかもしれない。久々という感覚がすべてを上書きしてくる。

 最近は特に曲を聞くということをしていないし、流行りの曲については尚更知らない。知っているとするならば、皐が見ているユーチューバーのオリジナル曲くらいで、なんとなく俺はそんな曲を探して見る。結局、機器に曲は登録されていなくて、昔好きだった曲を入れることにした。

 機器を皐に渡した後、俺はマイクを握る。そして伊万里の方を見つめてみる。

 伊万里はただ携帯をぽちぽちとしている。視線をカラオケのテレビに合わせることはなく、静かに操作している様子が目に入る。

 ……なんというか、勢いだけで連れてきてしまったが、本当に良かったのだろうか。そんな罪悪感に似た今さらの迷いが心を反芻する。

 伊万里は人が苦手だ。人が苦手だからこそ、会話の時には吃ってしまう。もしかしたら要因とかは逆なのかもしれないけれど、おおよそだいたい同じだろう。

 だからこそ、彼女をこの場に連れてきてしまってよかったのだろうという躊躇いのような感情。彼女が携帯を見つめ続けているのは、人に対して逃避をするためのものだと、勝手に解釈してしまう。

「翔也、もう曲始まるよ」

「ん? ……あ、ああ」

 曲のイントロ部分が流れて、そうして歌唱。

 歌はあまり得意ではない。でも、歌わなければいけない場面で逃げることは許されていないような気がする。社会のルールというか、人間関係での暗黙の了解。

 どれだけ苦手であっても、歌わなければいけない場面は存在するのだから、それを受け入れて、俺はマイクのスイッチを入れる。

 イントロが流れ終わり、歌詞の表示。こんな歌詞だったか訝りながら歌う。歌いながら、どんな曲だったかを思い出していく。

 耳に馴染んでいたはずのメロディーを頭の中で再生しながら、曲のオケに声を重ねる。スピーカーから聞こえる自分の声とのギャップに少し違和感を覚えながらも、それでも呑み込んで歌う。楽しいと言えば楽しいのかもしれないし、そういうわけでもないかもしれない。

 こういうことをしていると、社会からはぐれていることを認識してしまう。テレビも見ず、趣味も特に現代を認識するようなものでもなく、そうして自分の殻に閉じこもることしかしていない。

 皐がいるから平常を装えているけれど、もし皐がこの場にいなかったら? もしくは他人でしかない人間とこういった場面に出くわしたら俺は平常を装えるだろうか。

 そんなことを思いながら歌う。スピーカーに上ずる俺の声が響いて、違和感は嫌悪感へと変わっていった。





 皐の歌は上手かった。最近の流行りの曲なのか、歌い終わった後のクレジットには今年の西暦が刻まれている。

「いやー、サッパリって感じ」

 艶のある声を出しながら、皐はマイクを伊万里に渡す。皐の入れた曲がアウトロを終わらせた後、予約されている楽曲の画面が映る。

(……歌うんだな、一応)

 画面には、俺も皐も入れていない知らない楽曲が表示されている。つまりは伊万里が楽曲を入れたということであり、彼女が一応カラオケというものに向き合っていることに少し感心する。

 彼女はごくり、と息を呑み込んで、そうしてカラオケのテレビ画面を見つめる。

 背景の映像は砂漠を旅するような人間が描かれており、スピーカーからは電子音が流れる。歌詞が表示され、タイミングを合わせるように、伊万里は息を吸い込み、声を出す──。

「……上手いな」

「……だね」

 俺と皐は見つめ合って、そう言葉を吐き出した。

 それ以上に言葉は思いつかなかったから。
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