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弐/偶然にも最悪な邂逅
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◇
日中の温かさに浸るのは、思いの外心地よく感じた。
いつも浴びている仕事中の日射に関しては鬱陶しさしか覚えない。その眩しさも熱さも嫌いなくらいなのに、何もないことが決定している今日の太陽については心地よく思うことができる。きっと、それは労働という苦痛に紛れることによって、二割増しに嫌悪感を覚えてしまうことが原因なんだろうけれど、今日については幸せな気分で外を出歩くことができそうだった。
この前の散歩のときのように、隣には皐がいてくれる。今日に関してはもともとアルバイトを休んでいたようで、出かけることに彼女は躊躇いがなかった。言い訳を用意する必要もなかったので、前向きな気持ちで俺と一緒に出掛けることを選択してくれた。なんとなくの偶然かもしれないけれど、重荷に感じない心地を俺はしっかりと実感することができる。
まだ夏には程遠い。それでも、いつも昼間に経験している日射を思って、俺は半袖の服を着てみたりした。まだ衣替えには早いけれど、それでも今日に関してはそういう気分だった。
「寒くない?」と皐は呆れた顔で俺を見つめた。俺は首を振ると、そうですか、と興味もなさそうな顔で言葉を呟く。
よくよく考えなくとも、体調不良を理由に仕事を休んでいるのに、どこか不健康な過ごし方だ。そもそもに出かける目的が加味しているのだから、それがモラルのない行動なのだけれど、そうして半袖を過ごすことで、自分が世界に縛られていないことを感じることができそうだから、俺はそれを選択した。
そうして赴くのは昔巡り。昔巡り、といいつつも、俺たちが住んでいた場所を巡るだけのこと。言葉だけなら得も言えぬ綺麗さがあるかもしれないけれど、実際に行動してみればそこまで綺麗なものでもないかもしれない。まだ、場所に到着していないからわからないけれど、きっとそこまで大したものではないことは確かだった。
そんな場所と時間的な意味で距離を置いたのは一年ぶり。実際の寸法的な距離で数えれば隣町の隣くらい。電車で一駅過ごせば辿り着くことができるような場所。
「とりあえず、駅前まで行こっか」
俺が提案したことなのに、彼女が先導するように俺の前を歩いて行く。俺はその言葉に頷いて、そうして彼女の歩幅に合わせながら並列して歩こうとした。
土曜日の昼間。昼間という表現より、昼間の手前という方が正しいかもしれない。時間帯については十時半ごろ。麻については適当な時間をだらだらと過ごして、昼間に出かけるための準備をした。準備については数分で終わった。皐は俺よりも数倍ほど時間はかかったけれど、その間はノートパソコンを開いて、改めて文章を紡ぐことで時間を過ごした。
心地のいい一日。朝からずっと、そんな感覚が繰り返されていて、精神的な調子はいつにも増していい気がする。
いつもならできないことでも、今日に関してはできそうな気がする。
俺は、なんとなく思いついたままに、皐の手を握ってみた。
手の温度を確かめる。俺よりも冷たくて滑るようなさらさらとした肌感。俺が触れると、一瞬吃驚したように手を弾ませたけれど、俺のなんとなくの行動を肯定するように、彼女は指を絡ませた。
互いに手をつないで、その温もりを反芻る。俺の手が湿っていないかの不安もあったけれど、彼女に好意を伝えるのならば、行動するしかないから、そうする。
「なんか機嫌がいいね」と皐は笑った。
「ああ、今日は何でもできそうなんだ」
俺は思いのままに言葉を吐く。
彼女が俺の手を握る感覚が少しだけ強くなったのを、俺は感じた。
◇
駅について、改札前。
電子マネーなんて持っていないから、互いに切符を買って改札口をくぐる。
一度、彼女とつないで手を離した。その時、俺の中から温もりが消えることをさみしく思った。改札口をくぐってから、改めて彼女の手を握った。こんなことで失うことの怖さを感じるなんて思わなくて、裏側の自分が嘲笑してくる。
俯瞰で見つめれば、俺という存在はあまりにも滑稽だ。でも、それがなんだ。こんな無駄な考えを捨てるために、俺は今日から行動するんだ。明日とかではなく、今日行動するんだ。
深く息を吸い込んだ。煙草を吸いたくなった。でも、今日は皐の前では吸いたくなかったから我慢をした。力を抜く虚脱感が欲しいから、その感覚を殺すように何度も呼吸を繰り返した。
「緊張してる?」と皐は笑った。彼女には俺のそんな行動が緊張だととらえることができたのかもしれない。
手の感覚を確かめてみれば、少しだけ汗がにじんでいる。恥ずかしくなって手を話したくなったけれど、皐が強く握って俺の手を逃がしてくれない。
別にそういうわけじゃない、と彼女に返して、俺は諦めて手の力を彼女にゆだねる。
緊張、しているのだろうか。
わからない。でも、今日なら何でもできるんだから、別にいいだろう。どうでもいいはずだ。
駅の中に入って、階段を下る。開けた空間、いつかは電車が来る空間。
携帯に示されている時間と電光掲示板に示された時間を比較する。おおよそ十五分程度。
俺は、その間にも呼吸を繰り返す。そんな仕草を見て、皐はずっと笑っている。
この笑顔に、俺も浸ることができればいいのに。
電車が来るまで、俺はそんなことに対して思索を延々と続けていた。
日中の温かさに浸るのは、思いの外心地よく感じた。
いつも浴びている仕事中の日射に関しては鬱陶しさしか覚えない。その眩しさも熱さも嫌いなくらいなのに、何もないことが決定している今日の太陽については心地よく思うことができる。きっと、それは労働という苦痛に紛れることによって、二割増しに嫌悪感を覚えてしまうことが原因なんだろうけれど、今日については幸せな気分で外を出歩くことができそうだった。
この前の散歩のときのように、隣には皐がいてくれる。今日に関してはもともとアルバイトを休んでいたようで、出かけることに彼女は躊躇いがなかった。言い訳を用意する必要もなかったので、前向きな気持ちで俺と一緒に出掛けることを選択してくれた。なんとなくの偶然かもしれないけれど、重荷に感じない心地を俺はしっかりと実感することができる。
まだ夏には程遠い。それでも、いつも昼間に経験している日射を思って、俺は半袖の服を着てみたりした。まだ衣替えには早いけれど、それでも今日に関してはそういう気分だった。
「寒くない?」と皐は呆れた顔で俺を見つめた。俺は首を振ると、そうですか、と興味もなさそうな顔で言葉を呟く。
よくよく考えなくとも、体調不良を理由に仕事を休んでいるのに、どこか不健康な過ごし方だ。そもそもに出かける目的が加味しているのだから、それがモラルのない行動なのだけれど、そうして半袖を過ごすことで、自分が世界に縛られていないことを感じることができそうだから、俺はそれを選択した。
そうして赴くのは昔巡り。昔巡り、といいつつも、俺たちが住んでいた場所を巡るだけのこと。言葉だけなら得も言えぬ綺麗さがあるかもしれないけれど、実際に行動してみればそこまで綺麗なものでもないかもしれない。まだ、場所に到着していないからわからないけれど、きっとそこまで大したものではないことは確かだった。
そんな場所と時間的な意味で距離を置いたのは一年ぶり。実際の寸法的な距離で数えれば隣町の隣くらい。電車で一駅過ごせば辿り着くことができるような場所。
「とりあえず、駅前まで行こっか」
俺が提案したことなのに、彼女が先導するように俺の前を歩いて行く。俺はその言葉に頷いて、そうして彼女の歩幅に合わせながら並列して歩こうとした。
土曜日の昼間。昼間という表現より、昼間の手前という方が正しいかもしれない。時間帯については十時半ごろ。麻については適当な時間をだらだらと過ごして、昼間に出かけるための準備をした。準備については数分で終わった。皐は俺よりも数倍ほど時間はかかったけれど、その間はノートパソコンを開いて、改めて文章を紡ぐことで時間を過ごした。
心地のいい一日。朝からずっと、そんな感覚が繰り返されていて、精神的な調子はいつにも増していい気がする。
いつもならできないことでも、今日に関してはできそうな気がする。
俺は、なんとなく思いついたままに、皐の手を握ってみた。
手の温度を確かめる。俺よりも冷たくて滑るようなさらさらとした肌感。俺が触れると、一瞬吃驚したように手を弾ませたけれど、俺のなんとなくの行動を肯定するように、彼女は指を絡ませた。
互いに手をつないで、その温もりを反芻る。俺の手が湿っていないかの不安もあったけれど、彼女に好意を伝えるのならば、行動するしかないから、そうする。
「なんか機嫌がいいね」と皐は笑った。
「ああ、今日は何でもできそうなんだ」
俺は思いのままに言葉を吐く。
彼女が俺の手を握る感覚が少しだけ強くなったのを、俺は感じた。
◇
駅について、改札前。
電子マネーなんて持っていないから、互いに切符を買って改札口をくぐる。
一度、彼女とつないで手を離した。その時、俺の中から温もりが消えることをさみしく思った。改札口をくぐってから、改めて彼女の手を握った。こんなことで失うことの怖さを感じるなんて思わなくて、裏側の自分が嘲笑してくる。
俯瞰で見つめれば、俺という存在はあまりにも滑稽だ。でも、それがなんだ。こんな無駄な考えを捨てるために、俺は今日から行動するんだ。明日とかではなく、今日行動するんだ。
深く息を吸い込んだ。煙草を吸いたくなった。でも、今日は皐の前では吸いたくなかったから我慢をした。力を抜く虚脱感が欲しいから、その感覚を殺すように何度も呼吸を繰り返した。
「緊張してる?」と皐は笑った。彼女には俺のそんな行動が緊張だととらえることができたのかもしれない。
手の感覚を確かめてみれば、少しだけ汗がにじんでいる。恥ずかしくなって手を話したくなったけれど、皐が強く握って俺の手を逃がしてくれない。
別にそういうわけじゃない、と彼女に返して、俺は諦めて手の力を彼女にゆだねる。
緊張、しているのだろうか。
わからない。でも、今日なら何でもできるんだから、別にいいだろう。どうでもいいはずだ。
駅の中に入って、階段を下る。開けた空間、いつかは電車が来る空間。
携帯に示されている時間と電光掲示板に示された時間を比較する。おおよそ十五分程度。
俺は、その間にも呼吸を繰り返す。そんな仕草を見て、皐はずっと笑っている。
この笑顔に、俺も浸ることができればいいのに。
電車が来るまで、俺はそんなことに対して思索を延々と続けていた。
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