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壱/倒錯とも言える純愛的関係性
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◇
既読がすぐについて、そうして返信もすぐにやってきた。文面はシンプルに『すぐにいきます』というもので、俺はそれに場所などを示して携帯を閉じる。
「……寝てないのかな?」
純粋に疑問に感じたようで、皐はそんな言葉を呟く。
「まあ、あの高校の夜間の部通っているんだから昼夜逆転とかしているんじゃないか? 割とありがちと考えればありがちだろう」
「確かにそうかも」
皐は納得した表情をする。そうして暇になった俺たちは公園の遊具などに適当に触れてみる。
一緒にブランコに乗ったり、皐の背中を押したり、もしくは滑り台を滑ってみたり、久々ともいえる子供の遊びに興じてみた。そのどれもが身体のサイズ故に、適切に達成することは難しかったけれど。
しばらく、そんな時間を過ごす。伊万里はあんな文面ではあったものの、すぐにやってくるということはなく、俺は煙草を一本吸うことのできる暇があるように思えた。だから、傍らにしまっていた煙草のケースを取り出して、いざ火をつけようとする。
そんな頃合いで、皐が「来たよ」と言葉を出して、公園の外側に指をさす。さされた方向に視線を移して、俺は煙草をしまいこんだ。
そこには、制服ではない姿の伊万里がいる。……いや、普通に考えれば当たり前のことでしかない。今は学校ではないのだから普段着なのは当然と言えることであろう。……それなら、そもそもあの高校は制服などを特に縛っているわけではないのだけれど、それはまた別の話だろう。
まだ見慣れない彼女の私服姿を視界に入れて、俺は伊万里にちょんちょんとこちらに来るように、というジェスチャーを指でする。彼女はそれに応えるように、遠目でもわかるくらいに大きくうなずくと、ちょこちょことこちらに駆けてくる。
走り慣れていない様子。走る足幅が小さくて、不安定で、今にも転んでしまいそうな様子。どこかそれを不安に思うし、心配だとも思うけれど、その心配をよそに、彼女は特に転ぶなどということはなく、静かに俺たちの前にやってきた。
「お、お、おおお待たせしました……」
息を吐きながら、彼女はそう呟いた。
どこか疲れている様子で、彼女の方は呼吸とともに弾んでいる。きちんと急いできたらしい。
律儀なやつだな、とそう思った。
「いや、こちらこそ悪い。眠ろうとしていたんじゃないか?」
彼女を気遣うように俺が言葉を吐くと、彼女は視線を逸らしながら「ど、どうせ眠れないので大丈夫です」とだけ返す。俺は特に深くツッコまないことにした。
「そ、そ、それで、今日はどうしたんですか? いいいきなり連絡が来たので、急用かと思ったんですが、が」
伊万里は慌てた様子を見せる。そこまで大した用事で呼んだわけではないので、少しだけ申し訳なさが反芻するけれど、俺は彼女の様子から精神的に目を逸らして言葉を返す。
「思いついたことがあるんだよ」
◇
「ぶぶ、部活動ですか?!」
伊万里は俺の考えた言葉を咀嚼すると、素っ頓狂な声をあげた。その声のボリュームは大きくて、人の少ない公園に響いたけれど、そんなことを彼女は気にしないまま、慌てた様子を繰り返し続けている。
傍らにいる皐は、昨日と同じように呆れている様子。俺はそれからも精神的に視線を逸らして、そうして彼女の疑問に答えるように言葉を続けた。
「ええとな。ほら、お前は吃りを気にして人と話すことができないだろう? それを解消するためには、やっぱり人と会話をするしかないと思うんだ。固定としたメンツとして俺たちと話すことは悪くないと思うけれど、いつかは俺たちに慣れてしまって、俺たちだけで完結してしまうかもしれない。完全な他人と話す、という目的を達成するならば、きちんと他人と関わらなければいけないと思うんだ」
昨日からずっと考えていたことを言葉で表現してみる。
実際、この結論の行く先は、どうやっても他人が身内になっていく、ということにもなるのだけれど、そこはさして問題ではない。彼女が長い期間、誰かと、俺たち以外でも会話をすることができる、せめて対面をすることができるという目標を達成することが目的なのであって、そのためにはやはり、他人との会話が一番なのだと俺は考えたのだ。
「でも、いきなり他人と話す、というのはあまりにもハードルが高すぎる行為だと思うんだ。俺だって、いきなり見知らぬ人に話しかけて来い、とか上司に命令されたら困るし、伊万里は尚更だろう? だから、部活動なんだよ」
俺は名案を思い付いたように明るい口調で、部活動という言葉を強調して彼女に話してみる。
彼女は言葉を咀嚼して、それでもなお言葉を返すことができていない。あ、と、わ、を複合させた擬音だけを口から発していて、慌てる様子をいつまでも崩せないでいる。
「……でも、なんで部活動?」
そんな伊万里に代わって、皐が言葉を話す。その言葉に俺は言葉を返す。
「まだ俺たちの高校生活は始まったばかりだ。俺たちもなんだかんだ一昨日くらいからしか関わりのない他人だ。もしかしたら、この先も特に誰かと関わることなんてなくて、この三人だけで友好関係は完結するかもしれない。でも、それってもったいない話じゃないか。
せっかく周りには他人があふれているんだぜ。その他人と関わることを許してくれる環境なんて、あの場所にしかないと考えることもできるんだよ。
でも、あの高校に通っている人間も口実がなければ話すということは難しいだろう。それなら、部活動を口実にして、そうして関わっていけばいいと思うんだよ。ほら、部活動の勧誘とか、もしくは部活動の内容で関わるとか、いろいろあるだろう? そうすれば、他人と関わる口実については、あの高校の人間らに明示できるし、話しかけるという大義名分が生まれるわけだ。どうだ、名案でしかないだろう?」
調子づいた言葉をあげている俺に対して、皐は呆れた様子を崩さないながらも、なるほどね、と言葉を吐いた。
伊万里は、静かに呼吸を繰り返そうとしている。それを邪魔する気にはならなかったので、俺は言葉を続けることにした。
「でも、実際、あの高校で部活動をやっているとかは入学説明会でも興味がなくて聞いていなかったから、もしかしたらできないかもしれない。でも、俺たちは高校生なんだ。高校生らしく生活するのも悪くはないんじゃないかと、そう思ってさ」
うんうん、と皐は頷く。伊万里は静かに呼吸を繰り返すことを続けている。
「どうだ。伊万里の率直な感想を聞かせてくれ」
俺がそう言うと、伊万里は呼吸に紛れながら肩を弾ませる。顔を見てみれば、口元が苦虫を噛み潰したようなものになっている。目元は見えないけれど、おそらく同様の表情だろう。
「え、ええ、ええと、私は……」
声を震わせながら、伊万里は答える。
「──そ、それで、いいと思います……。か、加登谷くんが、が、が、真剣に考えてくれたんです、よ、ね? それを無碍にするなんて、私には、で、で、できないので……」
「別に、俺のことは考えなくていい。俺はあくまで提案しているだけで、それを受容するかどうかは伊万里だと思うんだよ。やりたくないならやりたくないで突っぱねてもらっていいんだ。そこに気を遣う必要はない」
俺が彼女の言葉にそう返すと、伊万里は言葉を続けた。
「しょ、しょ、正直、やりたくない気持ちはありますけど、きっきっきっと、誰かに強制されないと、わ、わああ私は、行動することができないと思うので、そこから始めていけたら、ら、い、いいかなって、思い、ます……」
動揺が声に表れているけれど、彼女は確かに俺の言葉にそう返した。
「……それなら、一応そんな感じでやってみよう」
俺の言葉に伊万里は頷き、皐も浅いながらも首を縦に振った。
実際、それができるかどうかなんて、俺にはわからない。あの高校についてを知らなすぎるし、夢のような話だとも思う。
でも、そもそもが夢なのだ。
高校生活から一度遠ざかったからこそ、高校生活というものに夢を俺は見ているのかもしれない。……いや、夢を見ている。
それに彼女らを付き合わせることは、どこか悪い感覚もするけれど、優しさなんて、大体そんなものだろう。
俺は息を吐いた。これから起こるであろう高校生活に夢を馳せて、現実的な想像を孕ませて。
ここから、俺たちの高校生らしい高校生活が真に始まることを意識しながら、大きく息を吸い込んだ。
既読がすぐについて、そうして返信もすぐにやってきた。文面はシンプルに『すぐにいきます』というもので、俺はそれに場所などを示して携帯を閉じる。
「……寝てないのかな?」
純粋に疑問に感じたようで、皐はそんな言葉を呟く。
「まあ、あの高校の夜間の部通っているんだから昼夜逆転とかしているんじゃないか? 割とありがちと考えればありがちだろう」
「確かにそうかも」
皐は納得した表情をする。そうして暇になった俺たちは公園の遊具などに適当に触れてみる。
一緒にブランコに乗ったり、皐の背中を押したり、もしくは滑り台を滑ってみたり、久々ともいえる子供の遊びに興じてみた。そのどれもが身体のサイズ故に、適切に達成することは難しかったけれど。
しばらく、そんな時間を過ごす。伊万里はあんな文面ではあったものの、すぐにやってくるということはなく、俺は煙草を一本吸うことのできる暇があるように思えた。だから、傍らにしまっていた煙草のケースを取り出して、いざ火をつけようとする。
そんな頃合いで、皐が「来たよ」と言葉を出して、公園の外側に指をさす。さされた方向に視線を移して、俺は煙草をしまいこんだ。
そこには、制服ではない姿の伊万里がいる。……いや、普通に考えれば当たり前のことでしかない。今は学校ではないのだから普段着なのは当然と言えることであろう。……それなら、そもそもあの高校は制服などを特に縛っているわけではないのだけれど、それはまた別の話だろう。
まだ見慣れない彼女の私服姿を視界に入れて、俺は伊万里にちょんちょんとこちらに来るように、というジェスチャーを指でする。彼女はそれに応えるように、遠目でもわかるくらいに大きくうなずくと、ちょこちょことこちらに駆けてくる。
走り慣れていない様子。走る足幅が小さくて、不安定で、今にも転んでしまいそうな様子。どこかそれを不安に思うし、心配だとも思うけれど、その心配をよそに、彼女は特に転ぶなどということはなく、静かに俺たちの前にやってきた。
「お、お、おおお待たせしました……」
息を吐きながら、彼女はそう呟いた。
どこか疲れている様子で、彼女の方は呼吸とともに弾んでいる。きちんと急いできたらしい。
律儀なやつだな、とそう思った。
「いや、こちらこそ悪い。眠ろうとしていたんじゃないか?」
彼女を気遣うように俺が言葉を吐くと、彼女は視線を逸らしながら「ど、どうせ眠れないので大丈夫です」とだけ返す。俺は特に深くツッコまないことにした。
「そ、そ、それで、今日はどうしたんですか? いいいきなり連絡が来たので、急用かと思ったんですが、が」
伊万里は慌てた様子を見せる。そこまで大した用事で呼んだわけではないので、少しだけ申し訳なさが反芻するけれど、俺は彼女の様子から精神的に目を逸らして言葉を返す。
「思いついたことがあるんだよ」
◇
「ぶぶ、部活動ですか?!」
伊万里は俺の考えた言葉を咀嚼すると、素っ頓狂な声をあげた。その声のボリュームは大きくて、人の少ない公園に響いたけれど、そんなことを彼女は気にしないまま、慌てた様子を繰り返し続けている。
傍らにいる皐は、昨日と同じように呆れている様子。俺はそれからも精神的に視線を逸らして、そうして彼女の疑問に答えるように言葉を続けた。
「ええとな。ほら、お前は吃りを気にして人と話すことができないだろう? それを解消するためには、やっぱり人と会話をするしかないと思うんだ。固定としたメンツとして俺たちと話すことは悪くないと思うけれど、いつかは俺たちに慣れてしまって、俺たちだけで完結してしまうかもしれない。完全な他人と話す、という目的を達成するならば、きちんと他人と関わらなければいけないと思うんだ」
昨日からずっと考えていたことを言葉で表現してみる。
実際、この結論の行く先は、どうやっても他人が身内になっていく、ということにもなるのだけれど、そこはさして問題ではない。彼女が長い期間、誰かと、俺たち以外でも会話をすることができる、せめて対面をすることができるという目標を達成することが目的なのであって、そのためにはやはり、他人との会話が一番なのだと俺は考えたのだ。
「でも、いきなり他人と話す、というのはあまりにもハードルが高すぎる行為だと思うんだ。俺だって、いきなり見知らぬ人に話しかけて来い、とか上司に命令されたら困るし、伊万里は尚更だろう? だから、部活動なんだよ」
俺は名案を思い付いたように明るい口調で、部活動という言葉を強調して彼女に話してみる。
彼女は言葉を咀嚼して、それでもなお言葉を返すことができていない。あ、と、わ、を複合させた擬音だけを口から発していて、慌てる様子をいつまでも崩せないでいる。
「……でも、なんで部活動?」
そんな伊万里に代わって、皐が言葉を話す。その言葉に俺は言葉を返す。
「まだ俺たちの高校生活は始まったばかりだ。俺たちもなんだかんだ一昨日くらいからしか関わりのない他人だ。もしかしたら、この先も特に誰かと関わることなんてなくて、この三人だけで友好関係は完結するかもしれない。でも、それってもったいない話じゃないか。
せっかく周りには他人があふれているんだぜ。その他人と関わることを許してくれる環境なんて、あの場所にしかないと考えることもできるんだよ。
でも、あの高校に通っている人間も口実がなければ話すということは難しいだろう。それなら、部活動を口実にして、そうして関わっていけばいいと思うんだよ。ほら、部活動の勧誘とか、もしくは部活動の内容で関わるとか、いろいろあるだろう? そうすれば、他人と関わる口実については、あの高校の人間らに明示できるし、話しかけるという大義名分が生まれるわけだ。どうだ、名案でしかないだろう?」
調子づいた言葉をあげている俺に対して、皐は呆れた様子を崩さないながらも、なるほどね、と言葉を吐いた。
伊万里は、静かに呼吸を繰り返そうとしている。それを邪魔する気にはならなかったので、俺は言葉を続けることにした。
「でも、実際、あの高校で部活動をやっているとかは入学説明会でも興味がなくて聞いていなかったから、もしかしたらできないかもしれない。でも、俺たちは高校生なんだ。高校生らしく生活するのも悪くはないんじゃないかと、そう思ってさ」
うんうん、と皐は頷く。伊万里は静かに呼吸を繰り返すことを続けている。
「どうだ。伊万里の率直な感想を聞かせてくれ」
俺がそう言うと、伊万里は呼吸に紛れながら肩を弾ませる。顔を見てみれば、口元が苦虫を噛み潰したようなものになっている。目元は見えないけれど、おそらく同様の表情だろう。
「え、ええ、ええと、私は……」
声を震わせながら、伊万里は答える。
「──そ、それで、いいと思います……。か、加登谷くんが、が、が、真剣に考えてくれたんです、よ、ね? それを無碍にするなんて、私には、で、で、できないので……」
「別に、俺のことは考えなくていい。俺はあくまで提案しているだけで、それを受容するかどうかは伊万里だと思うんだよ。やりたくないならやりたくないで突っぱねてもらっていいんだ。そこに気を遣う必要はない」
俺が彼女の言葉にそう返すと、伊万里は言葉を続けた。
「しょ、しょ、正直、やりたくない気持ちはありますけど、きっきっきっと、誰かに強制されないと、わ、わああ私は、行動することができないと思うので、そこから始めていけたら、ら、い、いいかなって、思い、ます……」
動揺が声に表れているけれど、彼女は確かに俺の言葉にそう返した。
「……それなら、一応そんな感じでやってみよう」
俺の言葉に伊万里は頷き、皐も浅いながらも首を縦に振った。
実際、それができるかどうかなんて、俺にはわからない。あの高校についてを知らなすぎるし、夢のような話だとも思う。
でも、そもそもが夢なのだ。
高校生活から一度遠ざかったからこそ、高校生活というものに夢を俺は見ているのかもしれない。……いや、夢を見ている。
それに彼女らを付き合わせることは、どこか悪い感覚もするけれど、優しさなんて、大体そんなものだろう。
俺は息を吐いた。これから起こるであろう高校生活に夢を馳せて、現実的な想像を孕ませて。
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