妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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壱/倒錯とも言える純愛的関係性

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「人が、苦手なんだと思うよ」

 コンビニの入店音を背中にして、皐は俺にそう言葉を吐いた。

 人が苦手であることについての言及、それは考えなくとも伊万里のことだろう。

 それについては昨日から何となくわかっているところではある。あまりにも会話に対して慣れていない素振りや、目を合わせないようにする仕草、髪の長さ、そのどれもが人が苦手であることを示す要素だろう。

「でも、関わらないと生きてはいけないしな」

 俺は皐の言葉にそう返した。

 一年前の自分を振り返る。人との関わりを隔絶するように、のらりくらりと過ごしていた自分のこと。人と関わることに対して諦めていた時期。それはおおよそ二か月くらいでしかなかったけれど、確かに過去として、そして経験として刻まれている。その教訓が、人と関わらずして生きていくことはできない、という当たり前のようなこと。

 学生という身分であれば、別に人と関わることは強制されないし、関わらなくても自我を貫き通すことができれば、さして問題は存在しないだろう。それこそ、のらりくらりと過ごすことができるはずだ。

 でも、学生という身分を捨てて、社会人というものになったら? 社会の歯車の一部となったときには、そんな生き方ができるだろうか。余程の金持ちでなければ難しい話だろう。いや、金持ちであれ人との関わりを解消することは困難に決まっている。

「ずっと考えてる……」

「いろいろ思うところがあるんだよ」

 伊万里の生き方に口を出すつもりはない。でも、そんな生き方をして潰れてしまうのは、なんとなくでも目に見えてしまう。そうして、見知ってしまった誰かが潰れるさまを見るのは、なるべくなしにしたい。

「とりあえず、ツナマヨから始めようと思うんだ」

「……お人好しだ」

 皐は頬を膨らませて不満を示してくる。

「嫌なのか?」

「別に、大丈夫です」

 俺に対してはあまり使わない敬語をあえて使って、彼女は少しだけ不機嫌さを演出した。それを揶揄うように俺は言葉を吐く。

「あいつと友達になったからな、友好関係は大事に生きていたいんだ」

「真面目だなぁ」

 皐は適当な呟きを返す。俺はそれに笑みを浮かべた。

 学校への距離は、歩けばあと数分ほど。

 しゃかしゃかとなるレジ袋をぶら下げながら、俺たちは暗くなりつつある夕焼けの世界を地道に歩いて行った。





 学校に到着し、教室の方まで歩みを進める。

 教室を入口の方からのぞけば、昨日指定されていた席に視線を移す。そこには当たり前なんだろうけれど、伊万里が座っている。

 伊万里は席に座って、ぼうっと本を読んでいる。どこか話しかけるな、という雰囲気を醸し出しているような感じだ。

 それを視界の片隅に置きながら、俺と皐は自らの席に移動する。特に会話はない。

 席に着いて、レジ袋の戦利品を分配する。ツナマヨを机の隅に置いて、教室の前方にかけられている時計を確認した。

 時刻はまだ五時半まで遠い。授業が始まるまで余裕はある。

 ふう、と息を吐いた。皐は特に気にしないように、そのままサンドイッチを開封した。

 時間に余裕はあるんだ。ここらで何か行動を起こしておいた方がいいかもしれない。

 伊万里は読書に励んでいるけれど、ツナマヨのおにぎりを渡すくらいは許してくれるだろう。

「ちょっと行ってくる」

 片手に、隅に置いていたツナマヨを拾い上げて、席を立ちあがる。いってらー、と皐は興味がないように返してくる。

 前方へと移動して、きちんと伊万里の前の方へ。後ろから声をかけたら、動揺が激しくなって会話もままならないかもしれないから、俺がいることを示すことを意識して、間を少し置いた。

 これが彼女の配慮になるかどうかはわからない。でも、こうしなければいけないような気もする。

「なあ」と俺は声をかけた。伊万里はびくん、と一瞬身体を弾ませた。本を読んでいたことに集中していたのかもしれない。ひゃい、という言葉が震えながら返ってきた。

「さっきはごめんな」

 とりあえず、ここはシンプルに。俺は彼女の机に、彼女がコンビニで睨みつけていたおにぎりを置いてみる。

 一瞬、彼女は何もわからないような顔をする。疑問符をそのまま浮かべるような、そんな顔だった。何が起こったのかを認識している。

「……え、え、え、え」

 そうして、咀嚼したらしい。状況を理解できたのかはわからないが、彼女は言葉をあげている。ひたすらに動揺という具合。

「い、い、い、いやいやいやいや、だいじょうぶ、ええと、じゃなくて、申し訳ないですよ……?!」

「お詫びだって。さっき、選んでいたのに邪魔をしちゃったから」

「で、で、でも……!」

 いいから、と返して、俺は動揺する彼女をよそに自分の席に戻る。

 とりあえず、シンプルにこれだけでいいだろう。これ以上の会話は彼女の負担になるかもしれない。何より、読書の邪魔をするわけにはいかない。

 席に移動する道中、動揺する声が背中から聞こえてきたけど、俺は考えないことにした。

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