9 / 88
壱/倒錯とも言える純愛的関係性
1-2
しおりを挟む
◆
俺と皐は分かたれた。朝になって、正気と狂気に侵されて、それでもなお現実を認識することが嫌になって、それでも繋がりは失うことしかできなくて、母と父が様子を伺ってくる前に、理性をもって距離を離した。
不思議と喪失感があった。二人で一つだった感覚は物理的ではなく、精神的なもので確実に存在していた。温もりの中にいないことを自覚するのが、ひどく寂しい感覚がした。
皐の目は赤かった。泣いていたことを認識するのがつらかった。でも、それは必然の別れだった。だから、しょうがないことだった。
いつも通り、居間に二人で降りた。
そうして、それで決定的に俺たちは離別した。
◆
母に引き取られた俺は、母とアパートで過ごすことになった。金銭的な余裕はあったらしい。その余裕は不貞のきっかけとなったスーパーのパートの給料であった。
母は何事もなかったかのように振舞っていた。
以前の家よりも母の帰ってくる時間は遅くなっていった。三者面談を約束した日にも、急用という言葉を使って来ることはなかった。俺は担任と二人で進路を話すことになった。担任は同情する眼差しで俺を見た。そのまなざしが俺にはきつかった。
学校ですれ違う皐の視線は、何か言いたげだった。会話をしようと立ち止まったけれど、会話をしてしまえば足を引きずられてしまうから、皐から離れていってくれた。俺も足の向きを変えて、そうして何もなかったように演出した。
俺は高原から加登谷という苗字になった。周囲から呼ばれる名前は変わらなかったけれど、テストや書類に書く名前は加登谷と記さなければいけなかった。
少なかった友人についても関係性は冷え込んでいった。どうせ、関わってもらっても大して相手にする気にはならないからそれでいいと思った。
だいたい、その辺りから進路については諦めがついてしまった。勉強することの意義を見いだすことはなく、ただただ母に対する嫌悪感だけが募っていく。
距離を置きたいという気持ちだけが反芻し、家で会わなくとも、母の庇護下にいることがどうしても気持ち悪くて仕方がなかった。
母と会ってしまうタイミングがある時には吐き気を殺そうと必死になった。
なんとなく、生きるということに対して命題を失った感覚も反芻していた。
何度か繰り返した担任との二者面談で、俺は高校にはいかないことを告げた。担任には何度も止められたが、その決意を変えることはなかった。
母に連絡がいったらしく、それを家に帰ってとがめられることがあった。俺はそれに対して憤りを覚えることしかなく、母が父にしたように罵詈雑言を浴びせてしまった。途端に嫌悪感は爆発して、嗚咽とともに台所に吐き出してしまったことを今でも思い出すことができる。
爆発したままで、俺は決意を変えることはしないと憤りのままに伝えた。ぐしゃぐしゃな言葉だったと思う。言葉ははっきりと口から出ていなかった。
泣くつもりなんてなかったはずなのに、瞳には雫が滲んでいた。
母は憐れむような視線で俺を見た。そうさせたのは母のはずなのに、まるで被害者かのように振舞う母の姿があった。
俺は、もう関わることを辞めた。
あらゆる周囲の静止の声を聞き流した。目を逸らした。
母から父に連絡したらしく、父と話す機会もあったがその言葉さえも聞き流した。
父は寂しそうな瞳をしていた。それでさえどうでもよかった。
二月の受験期、他の奴らが登校していない中で、俺は静かに図書館で読書に身を費やした。そうすることで自我を保つことにした。
被害者であることを振舞っているのに、自分自身が被害者であることを認識すると惨めでしょうがなかった。俺は自立することを心に決めた。
それまででも、皐との会話は学校でさえ生まれていなかった。
◆
二月中に就職をするために職を探した。中学生でも雇ってくれるところは、大半が現場仕事か工場での勤務だった。別にどちらで勤めてもよかったけれど、待遇面で入居可能と記されている求人に送った。特に苦労することもなく、一度目の面接で受かり、三月から体験、四月からは本就職という具合になった。
そうしてついた仕事は、現場仕事の型枠大工だった。
建築するためにコンクリートの枠を立てる仕事で、非力な俺はしばらく体験だけでも心が折れそうになった。肉体労働というものを少し舐めていたのかもしれない。
だが、まだ出ることができない家に帰るたびに、それでもこのまま留まるよりかはマシだと思って、身を粉にして苦痛を呑み込んだ。そうすることで三月を乗り切り、四月に俺は家を出た。
母は、何も言わなかった。ずっと前から言葉を交わすことはなかったから、それでいいのだと思う。言葉をかけられたところで感情が揺さぶれることはなかっただろう。
関わりを消したくて仕方がなかったから、別れの言葉もなしに俺はアパートから消えた。
俺と皐は分かたれた。朝になって、正気と狂気に侵されて、それでもなお現実を認識することが嫌になって、それでも繋がりは失うことしかできなくて、母と父が様子を伺ってくる前に、理性をもって距離を離した。
不思議と喪失感があった。二人で一つだった感覚は物理的ではなく、精神的なもので確実に存在していた。温もりの中にいないことを自覚するのが、ひどく寂しい感覚がした。
皐の目は赤かった。泣いていたことを認識するのがつらかった。でも、それは必然の別れだった。だから、しょうがないことだった。
いつも通り、居間に二人で降りた。
そうして、それで決定的に俺たちは離別した。
◆
母に引き取られた俺は、母とアパートで過ごすことになった。金銭的な余裕はあったらしい。その余裕は不貞のきっかけとなったスーパーのパートの給料であった。
母は何事もなかったかのように振舞っていた。
以前の家よりも母の帰ってくる時間は遅くなっていった。三者面談を約束した日にも、急用という言葉を使って来ることはなかった。俺は担任と二人で進路を話すことになった。担任は同情する眼差しで俺を見た。そのまなざしが俺にはきつかった。
学校ですれ違う皐の視線は、何か言いたげだった。会話をしようと立ち止まったけれど、会話をしてしまえば足を引きずられてしまうから、皐から離れていってくれた。俺も足の向きを変えて、そうして何もなかったように演出した。
俺は高原から加登谷という苗字になった。周囲から呼ばれる名前は変わらなかったけれど、テストや書類に書く名前は加登谷と記さなければいけなかった。
少なかった友人についても関係性は冷え込んでいった。どうせ、関わってもらっても大して相手にする気にはならないからそれでいいと思った。
だいたい、その辺りから進路については諦めがついてしまった。勉強することの意義を見いだすことはなく、ただただ母に対する嫌悪感だけが募っていく。
距離を置きたいという気持ちだけが反芻し、家で会わなくとも、母の庇護下にいることがどうしても気持ち悪くて仕方がなかった。
母と会ってしまうタイミングがある時には吐き気を殺そうと必死になった。
なんとなく、生きるということに対して命題を失った感覚も反芻していた。
何度か繰り返した担任との二者面談で、俺は高校にはいかないことを告げた。担任には何度も止められたが、その決意を変えることはなかった。
母に連絡がいったらしく、それを家に帰ってとがめられることがあった。俺はそれに対して憤りを覚えることしかなく、母が父にしたように罵詈雑言を浴びせてしまった。途端に嫌悪感は爆発して、嗚咽とともに台所に吐き出してしまったことを今でも思い出すことができる。
爆発したままで、俺は決意を変えることはしないと憤りのままに伝えた。ぐしゃぐしゃな言葉だったと思う。言葉ははっきりと口から出ていなかった。
泣くつもりなんてなかったはずなのに、瞳には雫が滲んでいた。
母は憐れむような視線で俺を見た。そうさせたのは母のはずなのに、まるで被害者かのように振舞う母の姿があった。
俺は、もう関わることを辞めた。
あらゆる周囲の静止の声を聞き流した。目を逸らした。
母から父に連絡したらしく、父と話す機会もあったがその言葉さえも聞き流した。
父は寂しそうな瞳をしていた。それでさえどうでもよかった。
二月の受験期、他の奴らが登校していない中で、俺は静かに図書館で読書に身を費やした。そうすることで自我を保つことにした。
被害者であることを振舞っているのに、自分自身が被害者であることを認識すると惨めでしょうがなかった。俺は自立することを心に決めた。
それまででも、皐との会話は学校でさえ生まれていなかった。
◆
二月中に就職をするために職を探した。中学生でも雇ってくれるところは、大半が現場仕事か工場での勤務だった。別にどちらで勤めてもよかったけれど、待遇面で入居可能と記されている求人に送った。特に苦労することもなく、一度目の面接で受かり、三月から体験、四月からは本就職という具合になった。
そうしてついた仕事は、現場仕事の型枠大工だった。
建築するためにコンクリートの枠を立てる仕事で、非力な俺はしばらく体験だけでも心が折れそうになった。肉体労働というものを少し舐めていたのかもしれない。
だが、まだ出ることができない家に帰るたびに、それでもこのまま留まるよりかはマシだと思って、身を粉にして苦痛を呑み込んだ。そうすることで三月を乗り切り、四月に俺は家を出た。
母は、何も言わなかった。ずっと前から言葉を交わすことはなかったから、それでいいのだと思う。言葉をかけられたところで感情が揺さぶれることはなかっただろう。
関わりを消したくて仕方がなかったから、別れの言葉もなしに俺はアパートから消えた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる