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序/優雅とは言えない高校生活
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◇
俺は一瞬、なぜ彼女がそう紹介したのか戸惑ったけれど、戸惑う必要もないことに気が付いてからは、平然を装って伊万里の顔を見つめた。
「あ、あ、あ、彼女、さんなんで、すね。ししし失礼しました……」
慌てた口調、そこまで慌てふためくことでもないはずなのに。なんなら、別に失礼なことも彼女はしていないのに。
皐は穏やかな顔で伊万里を見つめている。どこか大人な雰囲気を持ち合わせた寛容な表情。
「大丈夫ですよ、えっと、私とも友達になってくれませんか?」
そんな寛容さを丁寧につつむような口調で言葉を紡いで、伊万里はそれに頷くしかできない。
寛容であるがゆえに、有無を言わさない雰囲気があるのかもしれない。俺は身内がそんなことをしているのに、少しばかり呆れを感じながらも、挙動不審さを未だに落ち着かせていない伊万里に、仕方ないという感情も反芻する。
それほどまでに人に慣れていないんだろうけれど、どうして彼女がそうなったのか、気になるところもある。
……いや、別にどうでもいい。
他人のことを考えるだけ無駄だ。自分の時間を大切にしなければいけないのだから考えるべきではない。
◇
街灯はついているものの、世界の暗さに対してはあまり貢献していない。そこそこの暗がりだと思う淡い光の中で、俺と皐は帰り道を静かに歩いている。
微かな光ではあるものの、足元を確かに照らしている街灯の明かり。光を踏むたびに、俺たちの影は伸びたり、縮んだりを繰り返している。
「……どうして」と俺は思い出したように声をあげた。
教室内では話せないこと。別に、話しても大丈夫だとは思うけれど、誰かに聞かれると不味いかもしれないこと。
言葉を続けようとして、踏みとどまる。
実際、俺たちは“そういうこと”なのだから、彼女が宣言を行った事柄は、何も間違いではない。
『高原 皐って言います。──翔也の彼女です』
彼女が自身を紹介したことは、何一つ間違っていない事実だ。
「ん?」と彼女はとぼけたような声音をあげる。言葉を続けなかった俺は、彼女の声に何を続ければいいのか考えることができない。
「なんか、駄目だったかな」
「いや、そういうわけじゃないんだけれど」
何かが悪いわけではない。ただ、彼女は事実を告げただけなのだから、それは何一つ問題ではないはずだ。
それでも、なにか引っかかるような要素を覚えるのは、未だに俺が心の中で迷いあぐねているからだろうか。
「ほら、遅かれ早かれ、みんなに伝わることだからさ。翔也に手を出されないようにね」
「手を出されないようにって……」
彼女は淡い光の中、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「どうせバレやしないし、大丈夫でしょ。運よく苗字も違うわけだし」
それを運がいいというべきなのか、悪いというべきなのか、俺は判断がすることできない。でも、誰かに明示することはないし、誰かにバレることはないだろう。
「──翔也は私の恋人なんだもん」
彼女は、可愛い素振りでそう呟いた。
◇
人類の三大禁忌の中で、一番身近にある物を数えるならどれだろうか。
三大禁忌。
殺人、食人、近親愛。
身近に体験するならば、人はどの禁忌を選ぶのだろう。
もしかしたら殺人かもしれない、もしかしたら食人かもしれない。
わからない、俺はそれを選ばなかったし、選ぼうともしなかった。
普遍的に存在する愛だと思って、そうしてひとつ、選ぶべきではなかった禁忌を選んでいる。
皐も、俺と共有した一つの禁忌を選んでいる。
そうすることで成立する禁忌。
そうすることでしか成立しない禁忌。
俺たちの一つの罪を、禁忌を言葉にしてあげるのならば、それは近親愛。もしくは『近親相姦』と表現されるべきもの。
俺たちは、それを踏みしめている。
俺たちは、禁忌を犯し続ける。
俺は一瞬、なぜ彼女がそう紹介したのか戸惑ったけれど、戸惑う必要もないことに気が付いてからは、平然を装って伊万里の顔を見つめた。
「あ、あ、あ、彼女、さんなんで、すね。ししし失礼しました……」
慌てた口調、そこまで慌てふためくことでもないはずなのに。なんなら、別に失礼なことも彼女はしていないのに。
皐は穏やかな顔で伊万里を見つめている。どこか大人な雰囲気を持ち合わせた寛容な表情。
「大丈夫ですよ、えっと、私とも友達になってくれませんか?」
そんな寛容さを丁寧につつむような口調で言葉を紡いで、伊万里はそれに頷くしかできない。
寛容であるがゆえに、有無を言わさない雰囲気があるのかもしれない。俺は身内がそんなことをしているのに、少しばかり呆れを感じながらも、挙動不審さを未だに落ち着かせていない伊万里に、仕方ないという感情も反芻する。
それほどまでに人に慣れていないんだろうけれど、どうして彼女がそうなったのか、気になるところもある。
……いや、別にどうでもいい。
他人のことを考えるだけ無駄だ。自分の時間を大切にしなければいけないのだから考えるべきではない。
◇
街灯はついているものの、世界の暗さに対してはあまり貢献していない。そこそこの暗がりだと思う淡い光の中で、俺と皐は帰り道を静かに歩いている。
微かな光ではあるものの、足元を確かに照らしている街灯の明かり。光を踏むたびに、俺たちの影は伸びたり、縮んだりを繰り返している。
「……どうして」と俺は思い出したように声をあげた。
教室内では話せないこと。別に、話しても大丈夫だとは思うけれど、誰かに聞かれると不味いかもしれないこと。
言葉を続けようとして、踏みとどまる。
実際、俺たちは“そういうこと”なのだから、彼女が宣言を行った事柄は、何も間違いではない。
『高原 皐って言います。──翔也の彼女です』
彼女が自身を紹介したことは、何一つ間違っていない事実だ。
「ん?」と彼女はとぼけたような声音をあげる。言葉を続けなかった俺は、彼女の声に何を続ければいいのか考えることができない。
「なんか、駄目だったかな」
「いや、そういうわけじゃないんだけれど」
何かが悪いわけではない。ただ、彼女は事実を告げただけなのだから、それは何一つ問題ではないはずだ。
それでも、なにか引っかかるような要素を覚えるのは、未だに俺が心の中で迷いあぐねているからだろうか。
「ほら、遅かれ早かれ、みんなに伝わることだからさ。翔也に手を出されないようにね」
「手を出されないようにって……」
彼女は淡い光の中、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「どうせバレやしないし、大丈夫でしょ。運よく苗字も違うわけだし」
それを運がいいというべきなのか、悪いというべきなのか、俺は判断がすることできない。でも、誰かに明示することはないし、誰かにバレることはないだろう。
「──翔也は私の恋人なんだもん」
彼女は、可愛い素振りでそう呟いた。
◇
人類の三大禁忌の中で、一番身近にある物を数えるならどれだろうか。
三大禁忌。
殺人、食人、近親愛。
身近に体験するならば、人はどの禁忌を選ぶのだろう。
もしかしたら殺人かもしれない、もしかしたら食人かもしれない。
わからない、俺はそれを選ばなかったし、選ぼうともしなかった。
普遍的に存在する愛だと思って、そうしてひとつ、選ぶべきではなかった禁忌を選んでいる。
皐も、俺と共有した一つの禁忌を選んでいる。
そうすることで成立する禁忌。
そうすることでしか成立しない禁忌。
俺たちの一つの罪を、禁忌を言葉にしてあげるのならば、それは近親愛。もしくは『近親相姦』と表現されるべきもの。
俺たちは、それを踏みしめている。
俺たちは、禁忌を犯し続ける。
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