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序/優雅とは言えない高校生活

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「おかえり」

 家に帰って飛んでくるのは皐の声。

「ただいま」と俺は声を発しながら、肩に提げている荷物を下ろす。中身は水筒と弁当類、弁当については完全に食べ終わっており、水筒については飲み干し終わっている。なんなら、水分が足りなくて現場の方の自販機で適当な飲み物を買ったくらいだ。

 俺が下ろした荷物を皐は受け取ると、慣れたように台所の方へと持っていき、それぞれを食洗にかける。

 慣れたことだ、去年の七月くらいからずっとこの調子。

 俺は皐に「風呂入る」と一言声をかける。風呂、というほど立派なものではないけれど、意味合いとしては彼女に十分伝わる。「はーい」と間延びした声を返して、彼女は食洗に戻る。そのどの行動も日常と言えるようなものだった。

 社宅の設備については整っている方だと思う。以前、実家に暮らしていた身としては日常の乖離を覚えたこともあったけれど、それぞれの現場の職人の話を聞けば、どうやら俺は報われている方らしい。

 俺が風呂と言って入った場所はひとつのシャワールーム。浴槽などはついていない。それを風呂と言っていいのか疑問を覚えるところではあるが、身体を洗うことができるのなら別にどうでもいいような気がする。

 シャワーの蛇口を捻る。熱を持った水分が出るまでには相応に時間がかかる。そんな時間を待ちながら、頭の中で過らせること。

「……今日から、高校生か」

 実際には入学式を終えた昨日からが高校生活の始まりだとは思うのだが、ああいった式とは違って、きちんとした高校生活を送ることに感慨深さを抱く。

 今となっては距離を取り過ぎてわかんなくなってしまった勉強、学習という類。それに対して意欲的なものがあるわけではないけれど、なんとなく国語の勉強については楽しそうな雰囲気がある。単純に俺がそれを勉強したいだけではあるのだけれど。

 振り返れば、中学の時の成績についてはそこまでいいものでもなかった。当時、高校に進学することを考えていた俺に対して、教師がしつこく説教をするくらいには。高望みをしていたからなのかもしれない。きちんと無難なレベルを選んでいれば、そんなことを説かれることもなかっただろう。ともかくとして、頭の出来については保証はできないところがある。

 そんな距離を離した概念に、今日から、なんならこの後に向き合うことになる。それがどういう作用をもたらすのかはわからないけれど、ワクワクした気持ちが拭えないのが正直なところだ。

 まあ、定時制の高校だ。学習以外に目玉となる行事について存在しないことは以前から知っているけれど、それでも高校生活というものに心を躍らせる自分がいる。

 俺はそんなことを考えながら、シャワーの水温を確かめた。

 温かさとしては、もう十分だろう。





 すんすん、と皐が風呂上がりの俺の匂いを嗅いでくる。

「どうだ?」

「うん、さっぱり」

 以前から現場で働くことによる埃臭さ、汗臭さを気にしていたことを皐にこぼしていたら、いつからか彼女が風呂後に匂いをチェックしてくれるようになった。

 要らぬ世話、と言いたいところではあるけれど、自分自身で匂いについては気づけないところがある。特に体臭については。

 だから、なんだかんだ必要なことなのかもしれない。感謝の言葉こそは表さないものの、紡がれた彼女の言葉に安心感を抱いて、俺は普段着と言えるような私服に着替えることにした。

「制服じゃなくていいってなんか悪いことしてるみたいだね」

 これから学校に行くということを考えて、彼女は俺の服装を見てそう呟いた。言っても、そんな彼女でさえ私服である。

「まあ、そういう場所だしな」

 一時は制服を着ることも考えたけれど、制服は結構な値を張るので、そこについては諦めた。皐については、俺が着ないなら着ないということらしい。遠慮しなくていい、と言葉を吐いたら怒られた記憶がある。

「時間は?」

「……四時五十分」

 皐は携帯の画面を見つめて呟く。ちょうどいいな、と返して、俺たちは学生鞄を持った。

 皐に関しては、それっぽい革で作られている茶色の鞄、俺は荷物さえ入ればいいからリュックサック。中身は適当な筆記用具とノート類。皐も同じようなもの。

 どれくらいの科目を夜間の部で学習するのかわからないから、ノートについては三冊程度。教科書については、それぞれの授業の時に配られるらしい。

「忘れ物はないな」

「ばっちし!」

「それじゃあ行くか」

 俺は皐にそう声をかけると、彼女は大きくうなずいた。

 彼女のはしゃいでいる様子。気持ちはわからないでもない。

 部屋の電気を消灯して、そうして暗がりの中で玄関から外に出る。

 ……こうして皐と一緒の学校に通うことになるとは、なんなら同じ学年で通うことになるとは、きっと一年前には想像することなんてできなかっただろう。

 俺は皐が戸締りする様子を見て、なんとなくそんなことを思った。

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