妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

文字の大きさ
上 下
1 / 88
序/優雅とは言えない高校生活

0-1

しおりを挟む


 それが四月の始まりを告げているのか、それとも三月の終わりを告げているのかはわからない。だが、校舎の中で唯一、細い枝に桜の葉を蓄えた樹木に対して、俺は歓迎されていると思うことができた。

 校舎を囲むようにして設置されている木々にも、それぞれ桃色の彩は存在する。だが、校舎の中にはこの細いだけの樹木しか存在しない。

 ひどく細い樹木だ。幹については俺の体より細い、なんなら幼子と同じくらいの大きさである。その細さに見合うくらい、もしくはその細さなりの桜の葉が、俺にとっては寄り添うような存在にも見えてしまう。

 俺自身が、こんな桜の木のような存在だからだろうか。

 わからない。

 俺はここまで儚い存在というわけでもないだろうし、終末の美を飾るほどの景観を俺は備えていない。

 でも、見ていると落ち着くのだ。

 なんとなく、そんな感じがする。

「見てて楽しい?」

 隣にいる彼女は、俺がそれに物思いを巡らせていると、純粋に不思議そうな口調でそう聞いてきた。

 長い黒髪である、一般的な、それでいて純粋そうな女子高生、と言えばいいのだろうか。最近の女子高生像についてを俺は良く知らない。でも、彼女はどこかの文学少女のような雰囲気さえ持ち合わせている。彼女は実際に文学を嗜んでいるのかは微妙なところだったけれど、俺の書く詩をよく褒めてくれることがあるから、文学少女ということにしておきたい。褒めてくれる存在が高みにいれば、それだけ俺は安心するから。

 俺は彼女の言葉を咀嚼して、反芻する。

 別に、楽しいわけじゃない。

 でも、見ていると落ち着く気分になれるのは確かなのだ。

「それなりに」と俺は答えた。彼女は、そうなんだ、とだけ答えて、俺と同じように目の前の細い樹木を眺めた。

 ここから、きっと始まるのだろう。

 俺たちの、新しい高校生活というものは。





 高校生活というものを俺はよく知らない。でも、だいたいの人間の考えを聞くと、その大半が高校生活はバラ色だと答えてくる。もしくは学生であること自体をバラ色とも表現しているが、一度距離を離した俺には、尚更それがわからない。

 距離を離した期間については一年程度。中学を卒業してから高校という概念から逃げるように働きだした。俺を雇ってくれる会社というのも少なかったが、それでもなんとか就職することがかなって、そうして一年間、高校生活とは無縁の日々を暮らした。

 だから、よく現場で働いていると同じような境遇をした人間が、大人が声をかけてくる。

『本当に、高校に行かなくてよかったのか?』

 そんなことを何度も聞いてくる。

 去年の五月くらいは耳にタコができるくらい聞かれた気がする。その度に、俺はどんな返事をしたんだろう。よく覚えていない。適当な返事しかしていなかっただろう。あー、とか、うん、とか、はい、とか、そうですね、そんな言葉を吐いていたと思う。

 別に、高校生活に興味がなかったわけじゃない。そうする余裕が俺になかっただけで、実際に触れる機会があったなら触れたいとは思っていたものだ。だが、それに触れる機会は確実に俺には存在しなかったからこそ、考えないようにしていた。

 欲というものは、持ってしまえば意識をしてしまう。意識をしてしまえば、手元に入れたくて仕方がない感情が反芻する。例え自らで取りこぼしたものだったとしても、自らで取りこぼしてしまったからこその未練が生まれてくる。だから、意識しないように考えていた。

 そんな時期だった気がする。俺に定時制の高校があることを勧めてきたのは。

「もったいないよ。だって、私たちまだ若いんだよ? 一緒の高校に通おうよ。そしたら、楽しいこともいっぱいだよ」

 そんな台詞が背中を押してくれたのだと思う。一言一句同じなのかはわからないけれど、だいたいそんな感じだ。

 そんな言葉に影響されて、それからはなんとなく受験のために勉強へと励むことにしてみたり(勉強する必要があったのかどうかは、今となってはどうでもいいところではあるが)、きちんと仕事に向き合ったり(働くことの大切さを身にしみて感じなければ、今後の学生生活が無駄になるかもしれないと思ったから)するようになった。

 そうして、今俺はここにいる。

 ここに立つことができている。

 隣には彼女、妹の皐がいる。

 それなら、俺は高校生活というものに励まなければいけない。

 それが、俺のするべきことだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...