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5/A Word to You.

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 俺の本音が公園に響いてから、しばらくしない間に一日の終わりを知らせるチャイムが響き渡る。

 昔から聞いていたはずの馴染みのあるメロディー。今までも片隅に響いていたはずなのに、聞こうとしなかった音階の束が一つずつ耳に消えていく。

 今さら意識したせいで郷愁を拭うことができない感覚がする。意識をしてしまえば、感情を止めることは難しかった。

 彼女との距離感を考えた。

 俺が本音を吐き出してから言葉は帰っていなかった。彼女はその空気感を心地がいいのか、悪いのか、どちらで思っているんだろうと想像する感情が反芻する。俺が抱いている気持ちとしては恐怖だった。そこから彼女の言葉が届くことが怖いと思えてしまった。

 俺の言葉を彼女は咀嚼しているのだろう。反芻しているのだろう。だから、言葉は未だに返ってこないのだろう。彼女なりの言葉を探しているのか、俺の言葉の理由を探そうとしているのか、あらゆる所以の憤りを俺にぶつけようとしているのか、そんな想像が頭に過る。結局、何もわからなかったけれど。

 どんな言葉を吐かれてもいい。そのために心の準備をしている。許容量を広げようとしている。でも、その間にある恐怖心を消すことは難しかった。

 贖罪だけを意識しているからだろう。贖罪だけを意識することは正しくないだろう。許されることを前提に生きようとしているようなものだ。それを俺自身で許すことはできない。俺の罪は軽くないのだ。

 だから、俺は彼女の言葉をひたすらに待つことしかできない。待つことで鹿、俺は呼吸をすることはできない。

 ふとした瞬間、傍らに意識を向けてみる。

 チャイムが鳴り響いてから、先ほどまで遊んでいた子供たちは砂場にはいなかった。その場所にあったのは砂の残骸のような建築物と、プラスチックのスコップだけ。あれは忘れられてしまったものなのだろうか。子供たちがまた明日ここに来た時に、それを思い出すことがあればいいと思う。

 意識が蚊帳の外にある。余計なことばかりが頭にちらつく。今考えるべきことはそれではないはずなのに。

 夕焼けは次第に暗闇を伴っていく。太陽が沈もうとしている。消え入る光を死ぬまで灯そうとしている。夏は始まったばかりだと認識させる。そんな太陽の熱と光が消えようとしている。

 俺は日射の余韻を誤魔化すように、コンビニで買ったシャーベットを取り出して、勢いよく頬張った。

 勢いよく呑み込む必要はなかったかもしれない。でも、無理にそれを食べる。

 冷たさが頭に響く感覚。

 頭痛、頭痛、頭痛。頭を抑えたくなる衝動、体調不良を思い出す感覚。それでも無理をして、無視をして呑み込む。半ば溶けてしまいそうだったから、呑み込んだ。

 そうして意識が呆けていく、呆けさせる。考え事が頭にちらつかないように、ぼうっと息をする。呼吸を繰り返す。ただただ宙を浮くような停滞感を味わう。世界は暗さを伴っていった。

「──ごめんなさい」

 ──だから、皐が吐いた言葉を、一瞬咀嚼することができなかった。





 ごめんなさい、と彼女は言った。でも、その言葉は俺が吐くべき言葉だった。謝罪だった。俺が紡ぐべき彼女への誠意のはずだった。そのための会話の場面を作り出そうとした。彼女は何も悪くなかったはずだ。俺だけが悪いはずだ。なんなら、理由を求めることは不要だったはずだ。俺が悪いと背負い込んでしまえば、それだけで容易に片付くはずだった。

 だから、俺は咀嚼することはできなかった。

 咀嚼をしなければいけない。彼女の言葉の意図をくみ取らなければいけない。

 咀嚼する、咀嚼する、咀嚼する。

 そうして、改めて言葉をとらえる。

 でも、やはり意図を理解することができない。

 なぜ、彼女が、皐が、謝罪の言葉を紡いだのか。

 愛莉に言われた言葉がよぎる。でも、それは皐が罪を犯したことを肯定する言葉ではなかったはずだ。

 それでも皐は謝罪の言葉を吐いている。それは自分自身が罪を犯したことの認識に他ならないだろう。それならば、彼女はどんな罪を犯したというのだろう。

「なんで、お前が──」

 俺はそう言葉を吐いた。そう言葉を吐いて、彼女の言葉を待った。皐は俺の言葉をかき消して、言葉を紡ぐ。

「きっと、私が悪かったから」

「……いいや、違うはずだ」

 違うはずだ。皐は何も悪くない。悪くない。悪くないはずだ。たとえ誰かが彼女のことを中傷したとしても、皐自身が皐を抽象しようとも、俺はそれを理解する許容量を持っていなかった。俺が悪いで済めばいいだけの話なのだから。

「俺は、お前を拒絶して、それで──」

 その後の言葉が出てこない。吐き気がこみ上げそうになる。当時のことを思い出して、自身の罪が背中に這いよって来る。喉元に絡む嗚咽がある。

「──それなら、翔兄は今苦しそうなの?」

 皐は、諦めたような視線をしながら呟く。

 俺は、苦しそうな顔をしているのだろうか。しているはずだ。俺自身で理解をしているじゃないか。

「その正体、私が教えてあげるよ」

 皐は言葉を紡ぐ。

「翔兄は被害者なんだよ。どこまでも、被害者なの」

 皐は言葉を紡ぐ。

「だから、苦しいの。ずっと縛られてるんだよ」

 皐は、言葉を紡いだ。

 違う。違うはずだ。違うはずなんだ。

 俺が加害者で、皐が被害者でなければいけないはずなのだ。

 でなければ、説明のしようがないのだ。

「それなら……、なんでお前は──」

 敬語を使うんだ。距離をとるように、彼女は振舞ったのか。

 その正体は、どこにあるというのだ。

 彼女が加害者である俺から距離をとるための別離の言葉だったはずでは──。

 そんな意図を孕ませた言葉は、彼女の声にかき消された。

「私の言葉は、贖罪なの。許されちゃいけないんだよ」

 皐は、言葉を紡ぐ。

「だって、禁忌を犯したのだから」

 ──彼女の罪を、言葉に吐く。

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