疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 〜彩る季節を選べたら〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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5/A Word to You.

5-13

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 床下から聞こえてくる怒声は子供の心を殺すものだった。きっと、その内容が自分たちのものでなかったとしても、自分の見知っている人間が口論をしている様子は精神衛生上良くなかった。眠るふりを何度も繰り返したけれど、時折聞こえる物音で目を覚ましてしまう。意識を閉じようと頑張って視界を暗くしても意味はなかった。耳を塞ぐことも億劫になって、そうしてぼうっと自分の布団の中に潜った。

 そんな時に、皐が俺の部屋にやってきたことを覚えている。ノックはなかった。静かにドアが開いたことを認識した。一瞬、下の物音が大きくなって小さくなったから。皐が入ってきたことを布団の中でも認識した。

 皐は静かに俺のベッドに座り込んだ。眠るふりを続けようかと思った。でも、それは兄としては役割を果たせていないと思った。だからゆっくりと起き上がった。皐は別に動揺もせず、隣に座り込んだ俺を許すように、ただただ沈黙を飾る。俺はその沈黙がどうしようもない苦しさになった。

 何を話せばいいのかはわからなかった。言葉を吐くことはできなかった。憶測で物事を語ることはできなかった。でも、嫌な予感だけは続いていた。

 夕方に帰ってきた父のこと、父が憤った声を俺たちにあげたこと、帰りが遅くなった母のこと、そのどれもがとある可能性を探らせてくる。だが、その可能性を考えたくなかったのは、それでも自分たち家族は仲がいいことを認識していたかったから。浸っていたかったからだ。

 父は忙しいだけ、忙しい父に負担をかけないように母も働いているだけ。その働きに負担をかけないように、俺たちも自立をして過ごすだけ。自立なんて言葉、当時でさえ成立していなかっただろうけれど、幼いなりに二人だけで生活する力を持つという意味では十分だったように思う。言ってもカップ麺を自分たちで食べるくらい、帰ってきたら洗濯などの家事は母がやってくれていたから、本当の意味での自立はどこにもなかったんだけれど。

 沈黙が苦しくなった。……皐に床下から聞こえてくる怒号を聞かせることが申し訳なくなった。

 だから、俺は彼女の後ろに移動して、そうして彼女の耳を塞いだ。本当は俺の耳を塞ぐための両手だったけれど、家族として、兄としての真似事をすれば、いつかは報われることを信じて、彼女の耳を塞いだ。皐は特に拒絶するでもなく、すべての力を抜いた。寄りかかってくる背中の感触を確かめた。俺は下から聞こえる声を無視するために、寄りかかる温もりを確かめた。

 いつの間にか俺たちは二人で寝てしまっていたらしい。起きたら隣には皐がいた。布団がかかっていたことを覚えている。誰がかけたのかはわからないけれど、居間から聞こえてくるギクシャクとした雰囲気はなくなっていた。

 俺は独りで下を見に行くことが怖かった。だから皐を揺さぶって起こした。目をこすりながら起きる皐と一緒に下を見に行った。

 下にはいつも通りの世界、というかいつも以上の日常があった。

 父はコーヒーを飲んでテレビを見て、朝ごはんを作る母の姿があった。日曜日じゃないのに週末のような雰囲気を漂わせる空気がそこにはあった。まるで何事もなかったかのように振舞う彼らが俺は少し怖く感じた。でも、仲直りした、と思いこむには十分な空気だった。それを肺一杯に吸い込んで、皐に目配せをした。皐もその視線を呑み込んで、いつも通りを演じた。

 どこか不和を感じるのはしょうがない。しょうがないけれど、それを呑み込むことで日常を営むことができれば俺たちはそれでよかった。

 まだ、朝早くで、起きるにしても早すぎた時間だったけれど、俺たちは支度をした。支度をして、互いの部屋に隠れていた。その間にも居間から何か聞こえてこないか不安に思いながら、学校に行かなければいけない時間になるまで様子を伺った。どこまでも静かだった。静かだったから、たまにはそういう日もある、と納得することにした。

 登校の道の中、皐は特に俺に話しかけてくることはない、俺も特に何かを話すことはない。でも、思っていることは同じだったかもしれない。

 視線を逸らしている二人に入るように、愛莉が後方から話しかけてきた。愛莉の姿を見て、どこか落ち着く気持ちがした。皐もそれは同じだった。

 昨日のことは昨日のこと、今日は今日でやりきればいい。幼い心の中でもそんなことを考えていたような気がする。どうしても過る彼らの口論が耳元で反芻したけれど、とりあえず朝の状況を思えば、きっと何とかなると思った。



 でも、そうはならなかった。


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