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5/A Word to You.

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 彼女は孤独を誇示するように独りでいた。屋上で、そんな姿が目に焼き付いてしようがなかった。自分がそうなりたかったから、自分がそうなることができたなら、そんなことを考えて、彼女に見とれていた自分がいた。でも、結局はそれさえも言い訳だったのだ。どうしようもなく醜い自分に対しての防御機制でしかない。

 俺が彼女に見とれたのは、孤独な自分でも関われると思ったから。唯一関わることができる相手だと思ったから。

 愛莉や皐から逃げた先の道として用意した彼女。そのために正しさを振りかざして、関わろうとした。

「本当に空が好きなんだな」

 俺は屋上にいた彼女にそう聞いた。

 いつも屋上にいた彼女は、ぼうっと空だけを見上げている。それ以外はなにもしない。だから、空が好きなんだと、適当な言葉を吐いた。

「綺麗ですから」

 彼女はそう呟いた。空に見とれながら。

「それなら、『空観察部』でも作ればいいのに」

 ──そんな文言から、彼女は科学同好会を作り上げた。

 わからない、俺がそれをきっかけにしているだけで、彼女のきっかけは別のところかもしれない。

 わからないんだ。結局、人のことなんて。





 吐き出した声は上ずっていた。すすり泣く声さえ混じっていたような気がする。涙は流れなかった。滲んでいただけで、それを垂らすことは俺が許さなかった。彼女を逃した手で、かき消すようにそれを拭った。そんな俺の様子を彼女はずっと見ていた。

 俺は、それ以上に言葉を思いつかない。

 だから、また沈黙。沈黙、沈黙。

 動悸がする感覚、昨日の体調不良を思い出すほどに、気が狂いそうなほどの酸素の薄さ。呼吸の混濁、意識の酩酊、酒気を帯びたような身体の鈍感さ、太陽の日射ですら遠くに感じる。風だけが身を包んでいる。

 彼女は、はあ、と息を吐いた。

 溜息とは違う、どこか意気込むような、そんな呼吸。何か言葉を話すかもしれない。俺を拒絶する言葉かもしれない。わからない。言葉を交わさないと、人とは分かり合えない。

「──わたし、敬語やめようって、きちんと思ってたんです」

 彼女はそう呟く。俺はそれを耳に咀嚼した。

「高原くんは、わたしと似た者同士だと思ってたから、きっと、これからも楽しい時間を過ごせるって思ってたんです。だから、高原くんには言葉を吐きだしてほしかった……」

 彼女は言葉を紡ぐ。

「わたし、高原くんのことが好きです。これは恋愛とか、そういうことじゃないですよ。人付き合いとして好きってことです。あまり言葉には出したくはありませんが、友達っていわれるベクトルの好意です」

 彼女は言葉を続ける。

「友達っていう言葉は一つの欺瞞です。仮初の関係です。それを受け容れられるほど、わたしは強くなかったから、だから高原くんならいいな、って思ってたんです。

 科学同好会を何とかしてくれようとしたり、こんな私にお見舞いをしてくれたり、いろいろやってくれたじゃないですか。だから、わたしも高原くんのために何かできないかって」

 彼女は──。

「──でも、私は選ばれなかった」

 ──どうしようもなく、ちらつく皐の顔を振り払う。その言葉の面影を思い出すことをやめる。

「雨の降った日、わたしは高原くんに言葉を吐きだしてほしかった。一緒に悩みを、苦悩を共有したかったんです。もしくは私のことを理解してほしかった。だから、あの日はとてもショックでした」

 彼女は目を伏せた。

「だから、今日も少しだけ不貞腐れただけです。気にしないでください。明日からはちゃんとやりますから」

 伏せた視線を、彼女は上げて微笑む。

 慈愛、諦観、杞憂。そのすべてを背負いあげたような瞳。

 そんな瞳を俺は、許せない。

「……いやだ」と言葉を吐く。子供っぽいまま、言葉を吐く。

「……はい?!」と伊万里は素っ頓狂な声を上げる。

「いやだって言った。それ以上も以下もない」

「い、いやだって、別に今日だけはって──」

「それがいやだって言ってるんだよ。いやなんだよ、これまでの関係がリセットされるのは」

「……結局高原くんは、私とどうなりたいんですか」

 彼女は呆れてため息をついた。

 そんなの、俺にだってわかりようはない。今までと同じようでいたい。仲を特別深くしたいわけでもない。それだけでしかない。彼女と関わる上で杞憂を思いたくない、憂鬱になりたくない。彼女と話すときは、適当に笑いあえるだけの関係でいたい。気まずさを還元したいだけだ。

 それならば、俺の吐くべき言葉は。

「──また、始めたいんだよ。俺は、お前と適当な関係をさ」

「……言葉だけなら最低な言葉ですね」

「言葉だけなら最低だけど、お前は『友達』って言葉が嫌いなんだろ? それならこう表現するしかないじゃないか」

「それにしても言葉の選びようってあるじゃないですか……」

 彼女は苦笑した。俺も自分で何を言っているのかわからなくなって苦笑をした。

「勝手な解釈だけどさ、俺はお前を友達だと思ってる。お前は俺のことは友達だとは思ってないだろうけどさ」

「それだと私が酷い人みたいじゃないですか」

「酷い人間性だろうに。お前、目の前でハッキリ『お前は友達じゃない』って伝えてるんだぞ」

「それを言うなら高原くんだってそうじゃないですか! あそこでいろいろ相談してくれていたのなら、ここまで拗れていませんよ!」

「うるせぇ! 人には言えない事情があるんだよ!」

「へー、ふーん! そうですか!」

 彼女は納得がいかないような雰囲気で言葉を吐きだす。なんなら言葉を散らしている。その勢いに乗っかって、俺も言葉を吐いてしまう。

「じゃあなんだ?! どんだけ重い事情でも相談に乗ってくれるって言うのか?!」

「勿論そうですよ! それが友達ってやつじゃないですか!!」

「……ということは、今話したら友達ってことでいいんだな?」

 急ブレーキをかけるように一気に落ち着いた声を出すと、途端に伊万里は、うっ、と弱った声を出して怯んだ。

「そ、それは違うじゃないですか」

「いいや違わない。違うことにしたくない。もう俺は言葉を吐きだすぞ。いいか、いいよな、行くからな」

「ずるいですよ高原くん! こうなったら私も耳を塞ぎま──」

 彼女はそう言って耳を塞ごうとするから、勢いよくその手をつかむ。

 聞かせる。塞がせてなるものか。

「俺は、お前と友達になりたいんだ」

「ひょえっ……」

 彼女は情けない声を出した。





「うぅ……」

 彼女は恥ずかしそうにしている。その振舞いがどこか可笑しくて、俺は笑ってしまう。

 それを睨みつけてくる伊万里。それでも笑っていると、彼女に脛を蹴られた。

「いって」

「高原くんが悪いです。悪いから仕方ないんです」

「仕方ないなら仕方ないな」

「……そうです、仕方がないんです」

 彼女は不貞腐れたように言葉を呟いた。

「……というか、よくもあんな恥ずかしいこと言えますね。やっぱり体調悪いんじゃないですか?」

「今日は世界を変えられそうなんだ。なんとなくな」

「……はあ」

 彼女は溜息と紛うような呆れた声を吐き出した。俺はそれをどうでもよく思った。

「……それで、答えは?」

 俺はいつまでも帰ってこない返答を彼女に促す。

「答え?」と一瞬彼女はわからない、というような表情をした後、照れたような顔をする。

「ま、まあ? 友達なら相談に乗らなきゃですよね。相談、乗らなきゃ友達じゃないですもんね。高原くん、わ、わたしと友達になりたいんですもんね。仕方ないなー、ここはわたしがひと肌脱ぐしかないですなー」

 あからさまな棒読みを重ねながら、彼女は言葉を吐く。

「あっ、敬語」

「……あっ」

 互いにその言葉の意味を反芻して、ぷっと弾けるように笑いだす。

 今のこの空気は、呼吸がしやすかった。

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