疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 〜彩る季節を選べたら〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

文字の大きさ
上 下
51 / 80
4/I'm in love

4-10

しおりを挟む
◇◇◇

「ひとつ、報告したいことがあるんだ」

 夏という太陽を長く佇ませる季節の中で、完全に暗闇だけが彩られてしまった時間帯。夜というには遅すぎる時間帯。帰宅の道をゆっくり歩きすぎたからか、いつもとは変える時間が異なってしまった、そんな頃合い。俺は返ってきた拍子に皐にそう声をかけた。

 家の中にいるのは、俺を含めて二人だけ。母と父はそこにはいない。そこにいるのは、俺と皐だけである。

 別に、とりわけイレギュラーというわけでもない。いつも通りの事、普遍的なこと。それに違和感を覚えることはない。それでも浮足立つように心がソワソワとする感覚を覚えているのは、いつもとは違う空気感を俺が心の中に抱いているからかもしれない。

「報告……?」

 彼女は、俺たちが遊園地で買い上げてきたお土産を手に持ちながら、訝し気にそうっと呟いた。

 とりあえず、玄関で話すという事柄でもない。そもそもが重要な案件ではないけれど、玄関を開けた拍子に皐がいたから、改まって声をかけてしまっただけ。だから、居間に移動して、会話の続きを紡ごうとする。

 皐はお土産を食卓の上に広げる。お土産の中身としては、俺たちが言ってきた遊園地のマスコットのぬいぐるみが二つ、ペアとなっているマスコットだったから、合わせて買ってみた。皐なら喜ぶだろう、と愛莉が選んでくれたものだ。俺は適当に菓子の類を買ってきた。甘いものが好きだったはずだから、はずれはないと見越してのものだった。

 皐はそんなお土産を広げながら、特に気にしていないという体風を装っている。だが、長年の兄妹関係から伝わってくるのは、彼女なりの動揺。どこか動きがぎこちない、機械仕掛けというわけではないけれど、あえて自然な風にそんな動作をするところが不自然であった。

 彼女なりに警戒をしているのかもしれない。やはり、改まって声をかけたことは間違いだったかもしれない。

 こういった内容の話をそもそもすることがないため、経験不足から声をかけてしまったけれど、ふとした会話の流れで世間話と同様のレベルで入れ込めれば、それで住むだけの話だった。どうして俺はここまで人付き合いが苦手なのだろう。そんな気持ちが心に反芻する。

 彼女が動揺するのも、俺が俺自身に落ち着きがないのも仕方がない。そう思うけれど、いざ言葉を紡ごうとすると、どういった言葉を選ぶべきなのかに対して衒いがうまれてくる。

 彼女は食卓に広げ終わったお土産を見た後、空間の静けさを強調するように、喧噪を鳴らしていたテレビの電源をリモコンで落とした。

 静けさ、静けさ、静けさ。

 居間という空間は広いから、彼女の呼吸音は聞こえてこない。だが、俺の焦る息遣いについては確かに耳元に響いてくる。

 彼女なりの空気づくり。俺に対して言葉を紡げと示唆するような、動作のすべて。

 俺は、深く息を吸い込んで、吐く。呼吸を何度か繰り返した。

 俺だけではなく、皐も似たような動作を繰り返す。少しばかり身体の波が上下するような、そんな動きを視界に入れる。兄妹と言うべきなのだろう、こんなときに所作が似通っていることに可笑しさを感じた。

 そうだ、別に大したことを話すわけではないのだ。だから、緊張する必要なんてない。

 単純に、遊園地であった出来事を妹に共有するだけ。そこまでかしこまる必要はない。

 深呼吸を重ねて、ふっと力強く息を吐いて、言葉を紡ぐ。

「愛莉と付き合うことになったんだ」



◇◇◇

「──ありがとう」

 俺は、愛莉にそう言葉を呟いた。

 しばらくの沈黙があった。沈黙があったのは、俺が言葉を選ぶのに時間がかかり過ぎていたからだった。

 彼女にどんな言葉を伝えればいいか、俺の心をどう伝えればいいかを迷い続けて、そうして選んだ言葉がこれだった。

 彼女は、愛莉は俺を肯定してくれる。許容してくれる。そのすべては彼女から紡がれている。振舞いから言葉まで、すべて彼女に紡がれてしまった。俺が吐くべきだった言葉も、するべきはずだった告白も、すべてを呑み込んで。

 彼女は、そんなどうしようもない俺を選んでくれたのだ。この手を引いてくれるように、彼女はそこにいてくれる。

 そのことに対して惨めさを抱かずにはいられないのは正直なところだ。どうやったって自己嫌悪感をぬぐうことはできない。でも、彼女の申し出を、彼女の告白を拒絶する姿は自分自身で思い浮かばない。

 俺は彼女が好きなのだ。

 だからこそ、同じように俺も彼女を受容している。

「……俺の方が、先に言いたかったんだけどな」

 少し、不貞腐れたように言葉を吐く。単純な本音を呟いたつもりだったけれど、感情がこもった俺の声音はいつもよりも喉を鳴らして低く重なる。そんな折に聞こえる彼女のくすくすとした笑い声。

「知ってる、そんな顔してたし」

 彼女はそんな俺の思惑も覆い隠すように、そうしてにこやかに笑う。

 きっと、これがドラマだったのならロマンチックとも言える行為を、行動を互いにしたのかもしれない。

 でも、俺たちに行為は、行動は、今のところ必要ない。言葉だけで確かめ合えることが、俺は一番うれしかったから。

 彼女は身体の位置を戻す。ゆっくりと観覧車の椅子に座る。

 固着していた観覧車はタイミングを合わせたように、ゆっくりと動き出す。上部で軋んでいく鉄の音が響いている。いつもなら鬱陶しいという感情を抱くかもしれない環境音、でも、今は特に何かを抱くことはない。

 夕焼けの空がきれいに見えた。見下ろしていたばかりの景色の中に、見上げれば綺麗な景色があるだなんて、俺は考えようともしなかった。

 きっと、これが恋人という関係性で見る世界観なのだろうか。そんなことを思いながら、彼女と世界を見渡してみる。

 幼馴染という関係性から、恋人というものに対する変遷。俺たちは、確かに変化することができたのだ。



◇◆

 きっと、ここからがすべての狂いは始まったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...