疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 〜彩る季節を選べたら〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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◇◇◇

 そうして俺たちは遊園地を楽しんだ。

 愛莉と一緒に向かったコーヒーカップの乗り物は、俺の三半規管を揺らしに揺らして、止めどなく吐き気を催すことになった。えづく俺の姿を見て、愛莉は楽しそうに微笑む。それを恨めしいと思う気持ちもあるけれど、それに愛着を抱く自分自身もいて楽しい。

 そんな愛莉に仕返しをするように、今度は彼女が避けたがっていた絶叫系のアトラクションに乗り上げてみる。屋内のアトラクションで、暗がりの中で星空を体感するようなジェットコースター。愛莉は視界がひらけないからこその緩急に特大の悲鳴を上げたりうなだれていたり。その様子を俺が笑いあげると、脇腹を小突くようにする。割と攻撃力のあるそれは皮膚に感触を残すようだった。

 その後、乗り物のアトラクションは互いに得手・不得手があるということで、今度は迷路のアトラクションに入ってみる。そこは錯覚に重きをおいた施設らしく、鏡が無限に自分と愛莉を繰り返し反射する。無数に映っていくその光景に、行先の道がわからなくなり、そうして自分自身とぶつかる場面もあった。それを愛莉が笑う様子。俺は苦笑して強がる様子を見せたけれど、どんな仕返しをしてやろうか、そんなことを迷路の中でも反芻していた。

 そうして思いついた仕返しはお化け屋敷。彼女が見るからに嫌そうな顔で入場するさまを笑いながら、あえて彼女を先導させて、後ろから彼女を楽しむ。そうしてゾンビの格好をしたおっさんと邂逅して悲鳴を上げる姿に腹を抱えて笑った。

 互いに悪戯をするような行為。それらは微笑ましい状況だったように想う。心の底から嫌だ、ということは何一つなくて、互いにそれらを楽しむことができた。どれだけ悲鳴を上げても、どれだけ苦痛にあえぐ表情を作っても。互いに遊園地という場所を満喫することができたと言えるだろう。

「ねえ」と愛莉は俺に声をかけた。

 夕焼けが景色をオレンジ色に染め上げる。時間は圧縮したかのように一瞬で過ぎ去って言って、そうして俺たちはそろそろ最後の乗り物を決めなければいけない段階になった。

 愛莉は売店でホットドッグを貪りながら景色を見渡している。彼女がその後にどんな言葉を続けるのかを予想しながら、俺も同じように適当に買ったポテトを胃にしまい込む。

 そうして彼女は言葉を吐く。ぐるぐると大きく回転する巨大な天体物のようなもの。それに指を指す。最後の乗り物はあれにしよう、そう囁くように彼女は指を向けている。

 夏の日射を感じずにはいられない。夕暮れであっても、人を殺すように光を降り注ぎ続ける大きな日光は、そうしてどこまでも終わりなく廻り続ける観覧車を照らした。

「それじゃあ、いこうか」

 俺たちは、自然と手をつなぎあって、観覧車の方へと足を進める。

 影がすべてを伸ばしていく。身体の長さも、時間の長さも。それとは異なって近づく心の距離感のようなもの。

 愛莉と、もっと一緒にいたい。

 そんな感情が、もっと素直に心を包んでいくのだ。



◇◇◇

 観覧車の列は短かった。実際、自分が入ることを考えると、鉄の檻のような環境は、夏という空気には鬱陶しいかもしれない。なにせ、熱がこもりそうな雰囲気があるのだ。車の中で放置されているような温度がありそうな印象がするから。

 でも、ここの観覧車は違っていた。中に冷房がついていた。冷房の効き目については弱めではあったけれど、それでも居心地の良さを感じる要素がそこにはあった。

「涼しいね」と彼女は言った。俺はそれにうなずいた。

 体重をかけてもぐらつくことはない、安定した鉄の檻の中、だんだんと高くなる景色に身を委ねて、夕焼けの色に染まりつつある先程までの光景を見下ろしてみる。

 高いところにいると、落ちてしまいたくなる感覚に溺れてしまいそうになる。高所にいるとき、いつもそんなことを考えてしまう。もし、空の色が青色だったのなら、なおさらそんな気持ちは高ぶっていたかもしれない。

 別に死にたいという感情についてはない。生きていることは楽しいことだ。愛莉と一緒に入れることは幸福の一つだ。それらは生命を否定する要因にはなりえない。だが、それはそれとして、高いところにいるときは身を投げ出してしまいたいという感情が、どこまでも反芻するのだ。

 高所からの外の風は強いようだ、窓から隙間に漏れてくる風は、高い音を奏でている。それに重なって冷房の音、更には彼女と俺の呼吸音。

 ドキドキする感覚がある。いつもとは違う環境に彼女といるからかもしれない。違和感のすべてが俺に何かを演出させてくる。

 何か行動をしろと選択を迫ってくる。

 ここでなら、言葉を吐くことはできるかもしれない。言葉を紡ぐことはできるかもしれない。ひたすらにわだかまる愛莉への感情のすべて、それが無意識にも意識的にも言葉を吐き出させようと作用する。心臓が高鳴るのは止められない。

 沈黙がこだまをつづけている。気まずいわけでもないのに、胃の中をかき回すような衝動が止められない。きりきりと締め付ける感覚が反響している。呼吸をすることに対しても億劫だ。行動しなければいけないのに、行動を許せない理性的ななにかがある。

 この言葉で、彼女との関係性が変わること。

 もし、この言葉を受容してもらっても、拒絶されても、そのどれもが俺たちの関係性を代えてしまう。幼馴染という関係性には戻ることはできない。

 男女の間での友情など成立はしない。俺がそう考えているからこそ、そんなあるかもしれない未来に恐怖感を覚えて仕方ない。

 俺は、臆病なのだ。

 どこまでも予測がついてしまうから億劫なのだ。すべてに対して臆病になるのだ。人に対して踏み込むことができないのだ。愛莉にしか言葉を捧げることはできないのだ。

 でも、ここで前を向かなければ、前に足を進めなければ、彼女に対して踏み込まなければ、それ以降に彼女に踏み込むことはできそうにない。

 そっと、深呼吸。ぐらついていないのに、床のきしみを頭の中で演出している自分の脳裏に、落ち着きを取り戻すように深く深く呼吸を繰り返す。

 心臓は止まってくれない。耳元で反芻する鼓動の音がうるさい。死んでもいいから黙っていてほしい。

「──あのさ」

 そうして、言葉を吐いた。

 ──俺ではなく、彼女が。

 俺は、言葉を返すことができず、愛しいと思える彼女の声に耳を浸す。どこまでも心地がいい感覚を拭うことができない。

 それから吐き出される言葉、それがすべて怖いけれど、それでも彼女の言葉に身を委ねた。

「──付き合っちゃおっか」

 そんな言葉を、彼女は吐いたのであった。


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