疎遠になった幼馴染の距離感が最近になってとても近い気がする 〜彩る季節を選べたら〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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3/Anxious in the Rainy noise

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 夏の空気が近づくのを肌で感じる。

 そこに日射があるわけではない。だが、どことなく茹だるような湿気が身体にまとわりついている感覚がどこまでも拭えない。

 そんな感触を覚えて、なんとなく部屋の窓を通して空を見てみる。

 花村と来た時の光景とは違って、どこか曇天を飾っている灰色の空。自分の心の色を反映したかのような、そんな空。きっと、夏の気配というよりも梅雨の気配という具合だった。

 伊万里に作ってもらった料理は、なんとか胃袋に収めることができた。どうにも時間経過が遅いような感覚はぬぐうことができなかったが、携帯の画面を開いて時刻を確認してみれば、相応の時間が経過をしている。皐に連絡していた時間帯になろうとしていた。

「ごちそうさま」

 礼儀というか、習慣として彼女に言葉を吐きだした。彼女は俺のそんな言葉を聞くと、小声で「お粗末様でした」と静かに言葉を呟く。俺は非現実的な感覚を覚えずにはいられない。

 花村が一緒にいたときには感じることのなかった雰囲気。今は彼女と俺だけの空間だからこそ、そんな感覚を覚えるのかもしれない。彼女の空間を独占しているからこそ、非日常感がそこにあるのだろう。屋上に一緒にいたときにも、物理室にいたときにも感じなかった、そんな感覚が目の前にある。

「──ありがとうございました」

 そんな感覚に浸っていると、伊万里が唐突に口を開いた。

「……いや、こっちこそ作ってもらってありがとう、って感じだけれど」

 若干、食事の量については抗議を挙げたい気持ちもあるが、それはそれとして作ってくれたことには感謝をしなければいけない。

「ええと、そうではなくてですね……」

 伊万里は呼吸を整えた。

「お見舞いに来てくれたこととか、科学同好会の勧誘についてとか」

「……あー。別に気にしなくてもいいのに」

 お見舞いに来たのは、なんとなくそういう流れだったからだ。俺自身がお見舞いに行こうと思ったわけではない。花村が提案してくれなければ、伊万里の家に向かうことはできなかったのだ。

 科学同好会の勧誘についても言うことはない。それさえも流れのままだった。なんとなくの流れで、そういうタイミングがあったからそうしただけだ。

 すべてがなんとなく。流れのままに。

 俺の意志はそこに介在していない。

 そう考えると、俺が俺として為したことは、ここまで何一つ存在しない。それで彼女に感謝の言葉を紡がれるのは、どこか違うだろう。

「……そうですか? コミュニケーション下手なりに頑張っていた印象がありますけど」

「失礼だな……。でも俺が頑張っていた、というのは誤りだと思う」

 俺は、本当に何もしていない。何かをしたというのならば、俺はが勝手に正しさを求めて行ったものでしかない。

「──なんか、さっきから無理してません?」

 ──息が詰まる宇感覚がした。

「ほら、あからさまに場の空気を作るために、それっぽくないキャラクターを演じてませんでした? 花村さんのために、というか、私のために」

「……別にそうでもないと思うけど」

 認識したくない事実が頭の中に反芻する。きっと、彼女の言う通りだからこそ、認識したくない事実がそこにある。

 あえて過剰に明るく振舞ったり、もしくは茶化したり位。でも、それは自分の意志であり、自分の感覚の上でも楽しかった。それは自分が無理をしていたことにつながっているのだろうか。別に、無理をしていたわけではない。そう思い込みたい。

「高原くん、この前の屋上の時と同じ顔をしています」

「……」

「憂鬱を詰め込んでいるような、そんな顔です。どうです? 鏡でも見てみますか?」

 彼女は揶揄うようにそう言った。

「高原くんはいろんなことを考えすぎなんですよ。別に、これでいいや、で終わらせればいいのに、それに納得できないのか、なんか苦しそうな表情をいつもしているように感じます」

 ……彼女の表現は的を射ている。俺は何事にも納得をするために理由を探している。衝動的に行動することを許されていないから、理由を求めないといけない。理由がなければ行動ができない。理由を求めたうえでも、それで行動できることと行動できないことがある。

 俺は、なんなんだろう。

 伊万里に関連する事項で、彼女にとってメリットがある行動、そう落とし込むことで行動をしている。だが、その行動の果てを見出してしまえば、行動することに対して億劫になる。自分が自分でない感覚をずっと拭うことができない。人間的な欠陥を感じずにはいられない。

 ──あの夏の日から、ずっと。

「なにか悩み事があるなら相談してほしいです。ほら、私、部長ですから」

「……」

「高原くんは私のことで頑張り過ぎだと思います。もしかして、わたしのことが好きなんですか?」

 彼女は苦笑しながら言葉を吐く。

 あからさまな冗談。いつもなら否定するはずの言葉。彼女に好意はないと吐き出す場面。

 でも、答えることはできなかった。

 今の俺には、好意さえもよくわからない。理解することができない。

 俺が抱いている感情は本当に俺の感情なのだろうか。

 ずっと、そんなことを悩み続けている。

 それがどうしようもなさすぎて気持ちが悪い。

 人間としての欠陥を感じずにはいられない。

 あの夏の日から、すべて狂っている気がする。

 あらゆることに対して罪悪感を覚えずにはいられない。この罪悪感をぬぐう方法を俺は知らない。

「ねえ、吐き出しちゃいましょうよ、全部」

 ──窓を打つ雨の音が、耳に聞こえてきた。

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