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3/Anxious in the Rainy noise
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◇
にぎやかな食卓の雰囲気……、とはいかないまでも、暖かな日常の空気というのが、伊万里の部屋にはあるような気がする。それを醸し出す原因となっているのは、伊万里が狭い台所に向かって、俺に適当な食事を作ってくれるという行動だ。休んでいたはずの彼女にそんな行動をとらせているのが後ろめたい。
「ちょっと待っててくださいね」
俺が彼女に対して断りの文句をかけても、伊万里は譲ることはなく、そのまま調理を始めてしまった。そうなると、俺はもうどんな行動も選択することができないような気がして、そうして先ほどから座っている小テーブルの前で、部屋を見渡すことしかできなかった。
伊万里の部屋は、見れば見るほどに素朴な雰囲気を覚えるほどに質素である。必要なものだけを必要なだけ買っているだけの印象。家具については少なく、そこまでインテリアにこだわっている様子は感じられなかった。きっと、俺が独り暮らしを始めたら彼女と同じような部屋になるかもしれない。
そんな部屋の傍らには一冊のノートパソコン、大きさ的にはノートブックと言えるようなものがある。固定電話の横のケーブルが直接ノートパソコンに接続されており、一応ネット環境については整っているのかもしれない、そんなことをみていて思った。
「お前、インターネット出来るのか」
なんとなく思ったことを彼女に伝えると、一瞬何のことかわからない、と言うように首を傾げた後、どこか納得した様子を見せる。
「一応できるんですよ。そこまで使い方はわからないですけど」
「なら、これで連絡とか取れるじゃないか」
「取れるんですか?」
彼女は興味がなさそうに呟いた。
「今どき、ネットさえ繋いでいればなんでもできるだろ。SNSとかネットありきなわけだし」
「そうなんですね……」
やはり彼女は興味がなさそうに呟いた。
「というか、もしSNSをやっていないなら、普段はパソコンで何をやっているんだよ」
「そーですねぇ。適当に動画とか見てますよ。ユーチューブの」
「へぇ」
俺は彼女のそんな一面を想像したことがなかったから意外な気持ちがした。
「誰見るの?」
「うーん。固定的な人はいませんね。急上昇とかで上がっている動画を適当に見たりします」
「へぇ……」
……俺と同じだ、こいつ。
愛莉とかは固定の動画投稿者を見ていたり、新規開拓で急上昇を覗いたりするけれど、俺はそんな風に好きなものを探すのが苦手だった。
「音楽とかいいぞ、おすすめの曲とかあとで教えてやるよ」
「あー、了解です」
彼女は適当に返事をして、目の前の調理に向き合った。俺は料理ができるらしい間、適当にスマホを見ることにした。
『今日は何時に帰ってきますか』
携帯には皐からのメッセージが入っていた。
とりわけ、特に遅くなる用事でもない。伊万里の手料理を食した後は、そのまま帰ってしまえばいい。
『あと一時間くらい?』
『了解です』
やはり、他人行儀な敬語が嫌に目についてしまう。
皐との距離感は、この先も変わらないのだろうか。
俺がこう考えるということは、俺は皐との関係を改善したいと思っているのだろうか。
俺は自分自身を理解することができていない。俺はどんな欲望を持っているのだろう。俺はどんなことをしたいのだろう。
「お待たせしましたぁ」
伊万里は、声に息を孕ませながら言葉を吐いた。
そうして彼女が持ってきた料理、というかパスタ。白色の皿に映えるように、彩のあるものが添えられている。俺はこれについてをよく知らない。
結構な量が盛られている。適当な言い訳として昼食をあげたけれど、その選択は間違えていたのではないか、そんな気持ちが反芻する。
……いや、作ってもらっているわけだし、残すということは絶対にしないけれど。
少しばかりの覚悟めいた気持ちを心に持って、俺は目の前の皿と向き合う。
……頑張るぞ。
にぎやかな食卓の雰囲気……、とはいかないまでも、暖かな日常の空気というのが、伊万里の部屋にはあるような気がする。それを醸し出す原因となっているのは、伊万里が狭い台所に向かって、俺に適当な食事を作ってくれるという行動だ。休んでいたはずの彼女にそんな行動をとらせているのが後ろめたい。
「ちょっと待っててくださいね」
俺が彼女に対して断りの文句をかけても、伊万里は譲ることはなく、そのまま調理を始めてしまった。そうなると、俺はもうどんな行動も選択することができないような気がして、そうして先ほどから座っている小テーブルの前で、部屋を見渡すことしかできなかった。
伊万里の部屋は、見れば見るほどに素朴な雰囲気を覚えるほどに質素である。必要なものだけを必要なだけ買っているだけの印象。家具については少なく、そこまでインテリアにこだわっている様子は感じられなかった。きっと、俺が独り暮らしを始めたら彼女と同じような部屋になるかもしれない。
そんな部屋の傍らには一冊のノートパソコン、大きさ的にはノートブックと言えるようなものがある。固定電話の横のケーブルが直接ノートパソコンに接続されており、一応ネット環境については整っているのかもしれない、そんなことをみていて思った。
「お前、インターネット出来るのか」
なんとなく思ったことを彼女に伝えると、一瞬何のことかわからない、と言うように首を傾げた後、どこか納得した様子を見せる。
「一応できるんですよ。そこまで使い方はわからないですけど」
「なら、これで連絡とか取れるじゃないか」
「取れるんですか?」
彼女は興味がなさそうに呟いた。
「今どき、ネットさえ繋いでいればなんでもできるだろ。SNSとかネットありきなわけだし」
「そうなんですね……」
やはり彼女は興味がなさそうに呟いた。
「というか、もしSNSをやっていないなら、普段はパソコンで何をやっているんだよ」
「そーですねぇ。適当に動画とか見てますよ。ユーチューブの」
「へぇ」
俺は彼女のそんな一面を想像したことがなかったから意外な気持ちがした。
「誰見るの?」
「うーん。固定的な人はいませんね。急上昇とかで上がっている動画を適当に見たりします」
「へぇ……」
……俺と同じだ、こいつ。
愛莉とかは固定の動画投稿者を見ていたり、新規開拓で急上昇を覗いたりするけれど、俺はそんな風に好きなものを探すのが苦手だった。
「音楽とかいいぞ、おすすめの曲とかあとで教えてやるよ」
「あー、了解です」
彼女は適当に返事をして、目の前の調理に向き合った。俺は料理ができるらしい間、適当にスマホを見ることにした。
『今日は何時に帰ってきますか』
携帯には皐からのメッセージが入っていた。
とりわけ、特に遅くなる用事でもない。伊万里の手料理を食した後は、そのまま帰ってしまえばいい。
『あと一時間くらい?』
『了解です』
やはり、他人行儀な敬語が嫌に目についてしまう。
皐との距離感は、この先も変わらないのだろうか。
俺がこう考えるということは、俺は皐との関係を改善したいと思っているのだろうか。
俺は自分自身を理解することができていない。俺はどんな欲望を持っているのだろう。俺はどんなことをしたいのだろう。
「お待たせしましたぁ」
伊万里は、声に息を孕ませながら言葉を吐いた。
そうして彼女が持ってきた料理、というかパスタ。白色の皿に映えるように、彩のあるものが添えられている。俺はこれについてをよく知らない。
結構な量が盛られている。適当な言い訳として昼食をあげたけれど、その選択は間違えていたのではないか、そんな気持ちが反芻する。
……いや、作ってもらっているわけだし、残すということは絶対にしないけれど。
少しばかりの覚悟めいた気持ちを心に持って、俺は目の前の皿と向き合う。
……頑張るぞ。
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