35 / 80
3/Anxious in the Rainy noise
3-7
しおりを挟む
◇
「敬語」と俺は言った。俺がそう発言した瞬間、小テーブルの対面に座り込んだ伊万里についてはびくりと身体を弾ませて、そして隣に座った彼女はよくわからない、という顔をした。
「それはさておき、“体調”とやらは大丈夫なのか?」
俺が伊万里に聞くと、彼女は困ったように「え、ええ」と答える。
「おかげさまで休んだ甲斐がありました。昨日までは熱がすごかったんですけど、なんというか今日の昼くらいから大分と下がってきたなぁ? みたいな感じで──」
「敬語」
「──うぎ……」
伊万里はよくわからない擬音を口から漏らしながら、はあ、と大きなため息をついた。
「……それにしても、なんで花村さんが……、というか、本来なら別クラスである高原くんも来るわけないで──、んんっ、来るわけない……よね?」
本当に不慣れなんだろう、言葉の節々が震えているのが面白い。ここで笑うといじけて二度と敬語をつかってくれなさそうだから、俺は顔に出さないように気を付ける。
「えっとね。笠中先生が昨日から配布物をよろしく頼むね、って渡してきて……。ついでに高原くんも巻き込んじゃえって」
「……えっ、お二人そんなに仲が良かったの?」
「一時間前にできた仲だ」
意外そうな目で伊万里が見てくるので、弁明をするように言葉を返す。
まあ、気まずいから来てほしいということだったが、それを本人に対して話すというのも違うだろう。
「……ていうか、花村っていうんだ。知らなかった」
「ずっとキミキミ言ってたもんね。どこかのお偉いさんみたいで面白かったから」
から、という言葉を吐いた。となると、彼女が名前を教えてくれる空気感を出さなかったのはわざとということになるのだろう。
なるほど、彼女自身も俺に名前を呼ばれないように仕向けていたということか。別に悔しくはない。悔しくはないけど、なんだか腑には落ちない。
「というわけでなんだが、新入部員だ」
「……え」
伊万里は訳が分からないというように表情を歪ませた。未知と喜びが一瞬で高まったような顔をしている。
「だから、新入部員の花村さんだ。下の名前は知らない。よろしく頼むぞ花村さん」
「はい、よろしくお願いします、高原くん、伊万里ちゃん」
彼女も俺のノリに合わせて返してくれる。
伊万里は尚更意味が分からないというように、ずっと「えっ」という言葉を押し出してくる。
まあ、理解させるつもりは毛頭ない。勢いだけで押し流す。
俺を物理室という孤独に閉じ込めた報いだ、とくと味わうがいい。
◇
「それでどうして休んだんだよ」
粗方の混乱を伊万里に押し付けた後、俺は彼女にそう聞いた。それを隣にいる花村 沙那は興味深そうに伊万里の目を見つめている。
「ん、いやあ、別にサボったわけとかではなくですね」
彼女は気まずそうに言葉を吐く。
「実際、昨日までは体調が悪かったんですよ。すごい悪寒がするというか、見る夢もろくでもなかったし」
「一昨日あたりはすごく元気そうだったけどな」
「私にもわかりませんが、本当に昨日は体調不良だったんですよ? 本当に、本当にですからね」
伊万里は強調しながらそう呟く。
「で、今日の朝目覚めたら、一応元気にはなっていたんですけど」
「ですけど?」
「……どうせ、そんなに休めることもないから、まあ休んじゃってもいいか、とそんな気分になりまして」
「……」
「というわけでお休みしました! 以上!」
俺と花村は伊万里の言葉を聞き終えると、互いに目を合わせる。
「な? サボりだったろ?」
「うん。サボりだったね」
俺と彼女は呆れたように溜息をつく。伊万里が戸惑う顔が面白いから、俺たちはこれを続けている。
「い、いや、昨日までは体調不良で──」
「でも、今日は別に元気だったのに休んだんだろう。孤独な部員を一人残して」
「い、いや、ルト先輩とかいるじゃないですか」
「今日、あの人顔を出してくれなかったなぁ」
「え、え、えとぉ……、そのぉ……」
彼女が限界を迎えたあたりで、俺は弾けたように笑った。
「いいよ。誰にだって休みたくなる時はあるもんな」
俺がそう言うと、花村は苦笑する。
「高原くん、なんかドSって感じだね」
ドSなのかどうかは知らないが、こうすると楽しいのだから、仕方ないというやつである。
「でも、明日からは学校来いよ。花村さんが科学同好会に入ってくれるって言うんだから、科学同好会から科学部だぞ。顧問がつくぞ。天体観測がやれるぞ」
俺は淡々と事実を呟く。
これで部員は四人になる。俺がルトの言うことを聞いていれば、特に問題もない。生徒会に入る、という面倒くささはあるけれど、これで伊万里の目的を果たすことができる。彼女の悩みを解決することができれば、どこか心に安堵感が生まれる。だから、これでいいのだ。
──本当に、そうだろうか。
そんな、一筋の不安が、俺の心にどうしようもなく伝った。
「敬語」と俺は言った。俺がそう発言した瞬間、小テーブルの対面に座り込んだ伊万里についてはびくりと身体を弾ませて、そして隣に座った彼女はよくわからない、という顔をした。
「それはさておき、“体調”とやらは大丈夫なのか?」
俺が伊万里に聞くと、彼女は困ったように「え、ええ」と答える。
「おかげさまで休んだ甲斐がありました。昨日までは熱がすごかったんですけど、なんというか今日の昼くらいから大分と下がってきたなぁ? みたいな感じで──」
「敬語」
「──うぎ……」
伊万里はよくわからない擬音を口から漏らしながら、はあ、と大きなため息をついた。
「……それにしても、なんで花村さんが……、というか、本来なら別クラスである高原くんも来るわけないで──、んんっ、来るわけない……よね?」
本当に不慣れなんだろう、言葉の節々が震えているのが面白い。ここで笑うといじけて二度と敬語をつかってくれなさそうだから、俺は顔に出さないように気を付ける。
「えっとね。笠中先生が昨日から配布物をよろしく頼むね、って渡してきて……。ついでに高原くんも巻き込んじゃえって」
「……えっ、お二人そんなに仲が良かったの?」
「一時間前にできた仲だ」
意外そうな目で伊万里が見てくるので、弁明をするように言葉を返す。
まあ、気まずいから来てほしいということだったが、それを本人に対して話すというのも違うだろう。
「……ていうか、花村っていうんだ。知らなかった」
「ずっとキミキミ言ってたもんね。どこかのお偉いさんみたいで面白かったから」
から、という言葉を吐いた。となると、彼女が名前を教えてくれる空気感を出さなかったのはわざとということになるのだろう。
なるほど、彼女自身も俺に名前を呼ばれないように仕向けていたということか。別に悔しくはない。悔しくはないけど、なんだか腑には落ちない。
「というわけでなんだが、新入部員だ」
「……え」
伊万里は訳が分からないというように表情を歪ませた。未知と喜びが一瞬で高まったような顔をしている。
「だから、新入部員の花村さんだ。下の名前は知らない。よろしく頼むぞ花村さん」
「はい、よろしくお願いします、高原くん、伊万里ちゃん」
彼女も俺のノリに合わせて返してくれる。
伊万里は尚更意味が分からないというように、ずっと「えっ」という言葉を押し出してくる。
まあ、理解させるつもりは毛頭ない。勢いだけで押し流す。
俺を物理室という孤独に閉じ込めた報いだ、とくと味わうがいい。
◇
「それでどうして休んだんだよ」
粗方の混乱を伊万里に押し付けた後、俺は彼女にそう聞いた。それを隣にいる花村 沙那は興味深そうに伊万里の目を見つめている。
「ん、いやあ、別にサボったわけとかではなくですね」
彼女は気まずそうに言葉を吐く。
「実際、昨日までは体調が悪かったんですよ。すごい悪寒がするというか、見る夢もろくでもなかったし」
「一昨日あたりはすごく元気そうだったけどな」
「私にもわかりませんが、本当に昨日は体調不良だったんですよ? 本当に、本当にですからね」
伊万里は強調しながらそう呟く。
「で、今日の朝目覚めたら、一応元気にはなっていたんですけど」
「ですけど?」
「……どうせ、そんなに休めることもないから、まあ休んじゃってもいいか、とそんな気分になりまして」
「……」
「というわけでお休みしました! 以上!」
俺と花村は伊万里の言葉を聞き終えると、互いに目を合わせる。
「な? サボりだったろ?」
「うん。サボりだったね」
俺と彼女は呆れたように溜息をつく。伊万里が戸惑う顔が面白いから、俺たちはこれを続けている。
「い、いや、昨日までは体調不良で──」
「でも、今日は別に元気だったのに休んだんだろう。孤独な部員を一人残して」
「い、いや、ルト先輩とかいるじゃないですか」
「今日、あの人顔を出してくれなかったなぁ」
「え、え、えとぉ……、そのぉ……」
彼女が限界を迎えたあたりで、俺は弾けたように笑った。
「いいよ。誰にだって休みたくなる時はあるもんな」
俺がそう言うと、花村は苦笑する。
「高原くん、なんかドSって感じだね」
ドSなのかどうかは知らないが、こうすると楽しいのだから、仕方ないというやつである。
「でも、明日からは学校来いよ。花村さんが科学同好会に入ってくれるって言うんだから、科学同好会から科学部だぞ。顧問がつくぞ。天体観測がやれるぞ」
俺は淡々と事実を呟く。
これで部員は四人になる。俺がルトの言うことを聞いていれば、特に問題もない。生徒会に入る、という面倒くささはあるけれど、これで伊万里の目的を果たすことができる。彼女の悩みを解決することができれば、どこか心に安堵感が生まれる。だから、これでいいのだ。
──本当に、そうだろうか。
そんな、一筋の不安が、俺の心にどうしようもなく伝った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる