34 / 80
3/Anxious in the Rainy noise
3-6
しおりを挟む
◇
そういえばというほどでもないが、彼女の名前を俺は知らなかった。そして、聞くタイミングもなかったので、会話をする際にはぎこちなさが生まれてくる。
そのぎこちなさの範疇で名前を聞くことができればよかったのだけれど、なかなかそういう空気感を作り出すのは難しい。彼女も俺の名前を知らなければ解決することもできただろうが、彼女は一方的に俺の名前を知っているのだ。そのことに対して後ろめたく思ってしまうのは人としてしょうがないことだと思う。
道中、コンビニに二人で寄った。一応、風邪ということで休んでいる伊万里にお土産でも買っていこう、そんな会話がきっかけになった。
俺は伊万里が体調不良ではないと疑っているけれど、それでもスポーツドリンクを買ってあげた。彼女はスムージーやらデザートやらを買い上げた。俺が買ったポカリスエットは、彼女が一緒に買った袋に入れておいた。一応、持たせるということが気まずかったので、持ったりしてみたり。というか、自然と手が伸びていた。
「うお、男子力じゃん」
「男子力……?」
聞き慣れない言葉に返しながら、俺は前の道を見据えている。
「自然と女子のために行動する辺りが男子力高い」
「男子力概念がそもそもわからんです」
「そうだなぁ、まあ、男子力は男子力だよ」
彼女はそう適当に返した。きっと特に意味はなかった。
◇
「……アパート?」
伊万里の家にたどり着いて最初に吐いた言葉はそれだった。
なんとなく伊万里は一軒家に住んでいる印象があったのだ。別にそれを彷彿とさせる高級感というか、そんな雰囲気が彼女にあったわけではなかったのだけれど。
「伊万里ちゃんは結構前から独り暮らしだったと思うよ」
「……そうなのか」
そんな会話をしながら、俺たちは階段を昇っていく。鉄の足場にカンカンと耳障りな音が身体に響いてくる。少し錆びている足場の所々が気持ち悪く感じた。
二階に昇って、そうして最奥の方へ。彼女は見知っているように歩きだした。
表札などはない。伊万里、という苗字を玄関前で探すことはできなかった。でも、アパートに表札がそもそもあるのかを俺は知らないから、どちらでもいい。
インターフォンを押しこむと、中から電子音が響いてくるのが聞こえてくる。ダメ押しに物理的にもドアをノックしてみる。
しばらくの沈黙。特に会話をする事項も彼女に対して持ち合わせていないから、とりあえず伊万里の家族や伊万里が出てくることに待機をする。
「……寝てるのかな?」
「どうだろう」
俺はもう一度インターフォンを鳴らして、またドアをノックする。ノックをする際には少しだけ力を強くこめた。別に待たせてくる伊万里に対して苛立ちを覚えたわけではない。
『……どなた、ですか』
ドアの奥の方から声が聞こえてくる。伊万里の声だった。
別に、ドアの覗き口から見ればいいだろうに。そんな気持ちが俺の中を反芻して、適当に遊ぶことにした。
一度咳払いをして、喉の調子を整えながら。
「科学部顧問の重松ですが」
低い声でそれっぽく似せてみる。ドアの奥の方でがたんと何かが落ちる音がした。隣にいる彼女についてはくすくすと笑っている。
「いやあね、配布物を届けに来たんですよ。ええと、京子さんいらっしゃいます?」
俺がそう言うと、伊万里は「は、はい! 今出ます!」と慌てたような口調をして、そうしてドアが開く。
「──え?」
伊万里は、訳が分からなそうな顔をして俺と彼女を交互に見つめた。
「よう、サボり魔」
「……えっ、サボりだったの?」
目の前にいる伊万里は、特に何か風邪をひいている様子ではない。声の調子もいつもと変わらなかったし、気だるげな雰囲気を感じさせる様相がない。だから、俺の疑念はきちんと確かだったことを改めて口に出すことで納得をすることにした。
「そ、そんなわけないですよ。こ、こほん」
「そんなあからさまな咳があるかよ」
俺がそう言うと、伊万里は困ったように苦笑した。
「立ち話もなんなんで、とりあえず上がっちゃってください」
俺たちは、伊万里に促されるままに部屋へと上がり込んだ。
そういえばというほどでもないが、彼女の名前を俺は知らなかった。そして、聞くタイミングもなかったので、会話をする際にはぎこちなさが生まれてくる。
そのぎこちなさの範疇で名前を聞くことができればよかったのだけれど、なかなかそういう空気感を作り出すのは難しい。彼女も俺の名前を知らなければ解決することもできただろうが、彼女は一方的に俺の名前を知っているのだ。そのことに対して後ろめたく思ってしまうのは人としてしょうがないことだと思う。
道中、コンビニに二人で寄った。一応、風邪ということで休んでいる伊万里にお土産でも買っていこう、そんな会話がきっかけになった。
俺は伊万里が体調不良ではないと疑っているけれど、それでもスポーツドリンクを買ってあげた。彼女はスムージーやらデザートやらを買い上げた。俺が買ったポカリスエットは、彼女が一緒に買った袋に入れておいた。一応、持たせるということが気まずかったので、持ったりしてみたり。というか、自然と手が伸びていた。
「うお、男子力じゃん」
「男子力……?」
聞き慣れない言葉に返しながら、俺は前の道を見据えている。
「自然と女子のために行動する辺りが男子力高い」
「男子力概念がそもそもわからんです」
「そうだなぁ、まあ、男子力は男子力だよ」
彼女はそう適当に返した。きっと特に意味はなかった。
◇
「……アパート?」
伊万里の家にたどり着いて最初に吐いた言葉はそれだった。
なんとなく伊万里は一軒家に住んでいる印象があったのだ。別にそれを彷彿とさせる高級感というか、そんな雰囲気が彼女にあったわけではなかったのだけれど。
「伊万里ちゃんは結構前から独り暮らしだったと思うよ」
「……そうなのか」
そんな会話をしながら、俺たちは階段を昇っていく。鉄の足場にカンカンと耳障りな音が身体に響いてくる。少し錆びている足場の所々が気持ち悪く感じた。
二階に昇って、そうして最奥の方へ。彼女は見知っているように歩きだした。
表札などはない。伊万里、という苗字を玄関前で探すことはできなかった。でも、アパートに表札がそもそもあるのかを俺は知らないから、どちらでもいい。
インターフォンを押しこむと、中から電子音が響いてくるのが聞こえてくる。ダメ押しに物理的にもドアをノックしてみる。
しばらくの沈黙。特に会話をする事項も彼女に対して持ち合わせていないから、とりあえず伊万里の家族や伊万里が出てくることに待機をする。
「……寝てるのかな?」
「どうだろう」
俺はもう一度インターフォンを鳴らして、またドアをノックする。ノックをする際には少しだけ力を強くこめた。別に待たせてくる伊万里に対して苛立ちを覚えたわけではない。
『……どなた、ですか』
ドアの奥の方から声が聞こえてくる。伊万里の声だった。
別に、ドアの覗き口から見ればいいだろうに。そんな気持ちが俺の中を反芻して、適当に遊ぶことにした。
一度咳払いをして、喉の調子を整えながら。
「科学部顧問の重松ですが」
低い声でそれっぽく似せてみる。ドアの奥の方でがたんと何かが落ちる音がした。隣にいる彼女についてはくすくすと笑っている。
「いやあね、配布物を届けに来たんですよ。ええと、京子さんいらっしゃいます?」
俺がそう言うと、伊万里は「は、はい! 今出ます!」と慌てたような口調をして、そうしてドアが開く。
「──え?」
伊万里は、訳が分からなそうな顔をして俺と彼女を交互に見つめた。
「よう、サボり魔」
「……えっ、サボりだったの?」
目の前にいる伊万里は、特に何か風邪をひいている様子ではない。声の調子もいつもと変わらなかったし、気だるげな雰囲気を感じさせる様相がない。だから、俺の疑念はきちんと確かだったことを改めて口に出すことで納得をすることにした。
「そ、そんなわけないですよ。こ、こほん」
「そんなあからさまな咳があるかよ」
俺がそう言うと、伊万里は困ったように苦笑した。
「立ち話もなんなんで、とりあえず上がっちゃってください」
俺たちは、伊万里に促されるままに部屋へと上がり込んだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる