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3/Anxious in the Rainy noise

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「……ええと」

 俺は答えに困ってしまって、呼吸のような返答だけをした。

 見知っている女子ならば、適切な返答を考えることは容易だったのかもしれない。適当な冗談を交えながら、俺なりの対応をすることができただろう。

 だが、目の前にいる彼女は見知らぬ女子である。どこまでも他人であり、見かけたためしも──。

 ──いや、彼女の姿を見たことはある。なんなら昼間に見かけたばかりだった。

 俺が伊万里を探していた時に話しかけてくれた女の子が目の前にいる。顔については特に意識をすることはなかったから、きちんと彼女を認識するまでは気づけなかった。……まあ、それでも結局は他人でしかないのだろうけれど。 

 どうして彼女はここにいるのだろうか。物理室の赴く用事など俺には想像することもできない。科学同好会の部員であるのならば、来る理由についてはなんとなく察するところではあるものの、悲しきかな、部員は今のところルトを含めて三人である。これ以上に増える気配も無いところがどうしようもない。

 伊万里がもし休みではなく物理室にいたのならば、彼女がここに来る理由についても察することはできるのだが、伊万里はここにはいない。そして、彼女自身も伊万里が休んでいるということは一番に知っているはずだ。そう考えると、彼女の事情なるものを想像することは俺にはできない。

「……」

「……」

 沈黙が重なる。用件があれば、彼女から言葉を吐きだすのが礼儀だと思うのだが、彼女は今のところ何も言葉を吐く様子はない。気をきかせてこちらも言葉をかけたいのはやまやまなのだが、そんなコミュニケーション能力は培った記憶がないので、ここは沈黙を選択するほかないだろう。

 そうして、数瞬ほど沈黙を煩ったあと、ふと思いついたことがあったので、俺はその思い付きに任せて言葉を吐くことにする。

「……もしかして、見学とか……?」

 一昨日までは熱心に勧誘活動をしていたのだ。もしかしたら、今日になってから科学同好会に参加する、という気概が彼女に生まれた可能性もある。

 だが、俺がその言葉を吐いて、目の前の彼女が咀嚼をし終えると、首を横に振った。首を横に振った後、しっかりと俺の目を見つめてくるのがどこか気まずい。俺はそれだけであたふたしそうになった。

 見知っている人間であれば、見つめ返すこともできただろうが、目の前にいる彼女はやはりどうしようもないほどに他人なのだ。

 目の前にいるのは誰でもない誰かである。

「……それじゃあ、なぜ──」

 俺がそう聞くと、言葉をかき消すように彼女は言葉を吐く。

「──お願いしたいことがあって……」

 彼女は気まずそうにする。俺はその後の言葉を静かに聞いた。





 彼女の言っていたことを要約すると、端的に手伝ってほしいことがあるらしい。

 伊万里と同じクラスである彼女は、教師から依頼ごとをされたらしい。それは近所に住んでいる伊万里に対して配布物を届けること。

 だが、彼女はそこまで伊万里と接点や関わりはなかったらしく、どうしても独りで行くには気まずさがあったらしいのだ。

 そこで、今日の昼間に見かけた、伊万里を探す俺にお願いすることにした、という経緯らしい。

「昨日から配布物を預かっているんだけれど、なかなか気まずくていけないんだよね」

 彼女は少し困ったような表情をして、そう呟いた。まあ、気持ちはわからないでもない。俺がもし教師にそんな依頼をされたのならば、適当に机に放り込むだけで終わらせると思う。人の気まずさとは厄介なものだから。

「それだったら、俺が届けに行ってくるよ。だいたいの場所を教えてくれたら、それで──」

「──いやあ、人任せにするのはすごく申し訳ないから、ちゃんと一緒に行くよ」

 彼女は俺の言葉をかき消しながら、そう言葉を吐く。彼女はそそっかしい性格のようだ。

 ……正直、俺一人の方がやりやすいというか、目の前にいる彼女と沈黙を道中で共有する想像が現実になりそうだから、独りで行きたいのだが、彼女はそれを譲ることはなかった。

 彼女は俺に対して、一方的に仕事を任せることに負い目があるらしい。言葉の節々にため息が混じるのが、それを強調させているような気がする。

「別に気にしなくていいのに」

 彼女の思いを察して、そう言葉を吐くけれど、彼女は首を振って頑なに譲ってはくれない。

「いや、それは本当に申し訳ないから一緒に行くって」

 ……彼女が譲らないのであればしょうがない。

 俺は心の中で溜息を吐いた。

 ……まあ、別にどうでもいい。伊万里に配布物を一緒に届けに行くだけだ。

 俺は彼女に軽い返事だけをして、一緒に下駄箱の方に向かう。物理室の戸は静かに閉められた。



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