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2/Hypocrite
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◇
互いに食事を終えると、俺たちは一階の方に降りて文具店に向かった。文具店というよりかは雑貨店とも言えるような場所。
相応な値段を晒している筆記用具などを見たりして、利便性がありそうなシャープペンを買い上げる。伊万里に聞けば「まあ、いいんじゃないですかね」と言われた。彼女がそう言うのならば、特に何か間違えているということもないのだろう。
時間は短く過ごしたつもりではあるが、適切な放課後の時間になっているようで、夕陽が見えてくる。
「今日はもう解散ですね」
彼女はそんな夕焼けを視界に入れながら呟いた。俺はそれに同意した。
「すまないな、いろいろ助けてもらっちゃって」
「助けたつもりはないですけどね。暇だっただけなので」
彼女はふふん、と慎ましい胸を張る。やはり彼女はどこか子どもっぽい。
「明日はさ、きちんと勧誘活動してやるよ」
俺は彼女にそう答える。彼女はにこにこと笑いながら「言質とりましたからね」、と悪戯っぽく笑った。
◇
帰り道。モールでケーキを買う気にはならなかったから、俺はコンビニに寄って適当なケーキを買うことにした。
コンビニの入店音、少しばかり温い空気が身体を反芻する。
ついでに、何か買っておくべきなのかを考えながら、俺はジュースのコーナーに向かう。その道中。
「あっ」と俺は声を出した。目の前にいる彼女の姿を見て。
……愛莉がそこにいるのだ。
雑誌のコーナー、さらに詳細を言うのならば漫画のコーナーで、適当な少年漫画を読みふけっている。彼女は読書に集中していたようだけれど、俺が声を上げてしまったことで、一瞬俺に視線がちらつく。何度か本と俺とを行き来した後「あっ」と彼女も声を上げた。
「立ち読みは感心しないな」
「私もそう思うっす」
それならやるなよ、と言葉が出かけたけれど、彼女をとがめることは俺にはできない。彼女にものをいう権利がないような気がした。
「家には帰らないのか?」
「帰りたくない時だってあるもんですよ」
彼女はそう言うと、読んでいた本をゆっくりと閉じて、大きくため息を吐いた。
何かいやなことがあった、それを示すような仕草。きっとその要因は俺なんだろう。思い当たる節しかない。
だから俺は、早々に彼女から立ち去ろうとするのだが、彼女の後方から進もうとすれば制服の裾が引っ張られる。
「ねえ、今から暇?」
「……いや」
実際、暇ではない。
さっさとケーキなり飲み物なりを買って、家に帰らなければいけない。
「これから皐の誕生日会の予定だから、お前には付き合ってやれない」
「……あっ、そうか。今日はさっちゃんの誕生日だもんね」
うんうん、そうだそうだ、と彼女は聞こえるか聞こえないくらいに声を吐き出す。
途端に何か思いついたように、悪戯っぽい表情をする。その後のことっ場を聞くのに、俺は嫌な予感を心の中に反芻させた。
「──それなら、ついていってもいい?」
「……」
──予想通りの、彼女の言葉。
「……いや、どうだろう。皐に聞いてみないとわからないかもしれない」
「えー、いいじゃん。サプライズゲスト、みたいな感じで」
「……昨日の皐の空気がわからなかったわけじゃないだろう」
俺は、昨日愛莉が家に上がったときの皐の表情を思い出す。
愛莉を見た瞬間に、どこか空虚な視線を晒して、彼女には無言で会釈だけを返した、そんな表情。
それでいて、本来ならば俺たちも気まずい状況に立たされているのだ。元恋人というか、幼馴染という関係性から。
「でも、お祝いしたい気持ちについては嘘じゃないよ?」
愛莉は、特に気にしていないように言葉を吐く。
愛莉には、昔からそういう側面がある。
ある一定の距離を踏み込むことのできる器量がある。それを拒否されても、それを無視して、度外視して人と関わろうとする。まるで、愛と敵意とは関連しない、そう振舞うことを示すように。
「……皐に聞いてみてもいいか?」
「サプライズじゃなくなるけど、まあいいよ」
俺は彼女に承諾を取ると、学生鞄から携帯を取り出す。慣れていない動作で皐に連絡する画面を呼び出し、そこから電話をかけてみる。メッセージよりかは迅速でいいだろう。
耳に携帯を当てて、耳に数度のコール音。ぷつんと弾けるような音がして『もしもし』と皐の声が耳元に響く。
「ええと、あのさ」
俺は言いづらいという気持ちを含ませながら彼女に言葉を吐く。はい、と彼女も俺の言葉を待ったので、結論だけ先に話す。
「……愛莉が、来たいって言っているんだけど……」
『……』
五秒くらいの沈黙。どこか気まずさを意識してしまう数秒の中で。
『──本当に、来るんですか』
彼女は戸惑うように言葉を吐く。
「ああ、行きたいって」
話しながら愛莉を視界に入れる。親指を立てて、グッジョブというようなジェスチャーをとった。やかましい。
『……まあ、いいですけど。断る理由もないですし』
「皐がいいなら、このまま一緒に帰るよ」
『はい、了解です』
どこか、他人行儀な彼女のふるまい。彼女の返事を聞いてから、俺は通話の画面を閉じる。
「いいってさ」
「よかった。それじゃあ行こうよ」
彼女は楽しそうな表情をいつまでも崩さない。
何を考えているのだろう。愛莉も、皐も。
彼女らの気持ちを想像できないまま、俺は適当にコンビニで目的のものを買い上げることにした。
互いに食事を終えると、俺たちは一階の方に降りて文具店に向かった。文具店というよりかは雑貨店とも言えるような場所。
相応な値段を晒している筆記用具などを見たりして、利便性がありそうなシャープペンを買い上げる。伊万里に聞けば「まあ、いいんじゃないですかね」と言われた。彼女がそう言うのならば、特に何か間違えているということもないのだろう。
時間は短く過ごしたつもりではあるが、適切な放課後の時間になっているようで、夕陽が見えてくる。
「今日はもう解散ですね」
彼女はそんな夕焼けを視界に入れながら呟いた。俺はそれに同意した。
「すまないな、いろいろ助けてもらっちゃって」
「助けたつもりはないですけどね。暇だっただけなので」
彼女はふふん、と慎ましい胸を張る。やはり彼女はどこか子どもっぽい。
「明日はさ、きちんと勧誘活動してやるよ」
俺は彼女にそう答える。彼女はにこにこと笑いながら「言質とりましたからね」、と悪戯っぽく笑った。
◇
帰り道。モールでケーキを買う気にはならなかったから、俺はコンビニに寄って適当なケーキを買うことにした。
コンビニの入店音、少しばかり温い空気が身体を反芻する。
ついでに、何か買っておくべきなのかを考えながら、俺はジュースのコーナーに向かう。その道中。
「あっ」と俺は声を出した。目の前にいる彼女の姿を見て。
……愛莉がそこにいるのだ。
雑誌のコーナー、さらに詳細を言うのならば漫画のコーナーで、適当な少年漫画を読みふけっている。彼女は読書に集中していたようだけれど、俺が声を上げてしまったことで、一瞬俺に視線がちらつく。何度か本と俺とを行き来した後「あっ」と彼女も声を上げた。
「立ち読みは感心しないな」
「私もそう思うっす」
それならやるなよ、と言葉が出かけたけれど、彼女をとがめることは俺にはできない。彼女にものをいう権利がないような気がした。
「家には帰らないのか?」
「帰りたくない時だってあるもんですよ」
彼女はそう言うと、読んでいた本をゆっくりと閉じて、大きくため息を吐いた。
何かいやなことがあった、それを示すような仕草。きっとその要因は俺なんだろう。思い当たる節しかない。
だから俺は、早々に彼女から立ち去ろうとするのだが、彼女の後方から進もうとすれば制服の裾が引っ張られる。
「ねえ、今から暇?」
「……いや」
実際、暇ではない。
さっさとケーキなり飲み物なりを買って、家に帰らなければいけない。
「これから皐の誕生日会の予定だから、お前には付き合ってやれない」
「……あっ、そうか。今日はさっちゃんの誕生日だもんね」
うんうん、そうだそうだ、と彼女は聞こえるか聞こえないくらいに声を吐き出す。
途端に何か思いついたように、悪戯っぽい表情をする。その後のことっ場を聞くのに、俺は嫌な予感を心の中に反芻させた。
「──それなら、ついていってもいい?」
「……」
──予想通りの、彼女の言葉。
「……いや、どうだろう。皐に聞いてみないとわからないかもしれない」
「えー、いいじゃん。サプライズゲスト、みたいな感じで」
「……昨日の皐の空気がわからなかったわけじゃないだろう」
俺は、昨日愛莉が家に上がったときの皐の表情を思い出す。
愛莉を見た瞬間に、どこか空虚な視線を晒して、彼女には無言で会釈だけを返した、そんな表情。
それでいて、本来ならば俺たちも気まずい状況に立たされているのだ。元恋人というか、幼馴染という関係性から。
「でも、お祝いしたい気持ちについては嘘じゃないよ?」
愛莉は、特に気にしていないように言葉を吐く。
愛莉には、昔からそういう側面がある。
ある一定の距離を踏み込むことのできる器量がある。それを拒否されても、それを無視して、度外視して人と関わろうとする。まるで、愛と敵意とは関連しない、そう振舞うことを示すように。
「……皐に聞いてみてもいいか?」
「サプライズじゃなくなるけど、まあいいよ」
俺は彼女に承諾を取ると、学生鞄から携帯を取り出す。慣れていない動作で皐に連絡する画面を呼び出し、そこから電話をかけてみる。メッセージよりかは迅速でいいだろう。
耳に携帯を当てて、耳に数度のコール音。ぷつんと弾けるような音がして『もしもし』と皐の声が耳元に響く。
「ええと、あのさ」
俺は言いづらいという気持ちを含ませながら彼女に言葉を吐く。はい、と彼女も俺の言葉を待ったので、結論だけ先に話す。
「……愛莉が、来たいって言っているんだけど……」
『……』
五秒くらいの沈黙。どこか気まずさを意識してしまう数秒の中で。
『──本当に、来るんですか』
彼女は戸惑うように言葉を吐く。
「ああ、行きたいって」
話しながら愛莉を視界に入れる。親指を立てて、グッジョブというようなジェスチャーをとった。やかましい。
『……まあ、いいですけど。断る理由もないですし』
「皐がいいなら、このまま一緒に帰るよ」
『はい、了解です』
どこか、他人行儀な彼女のふるまい。彼女の返事を聞いてから、俺は通話の画面を閉じる。
「いいってさ」
「よかった。それじゃあ行こうよ」
彼女は楽しそうな表情をいつまでも崩さない。
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