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1/Train of Thought
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◇
彼女と久しぶりに肩を並べて歩くさまは、いつかの恋人のような関係を思い出させて仕方がない。歩くたびに揺れて流れる長髪の束、ポニーテールで今日はひとつまとめていて、時々見える後ろの素肌がちらつくたびに俺は視線をそらしてしまった。
……まあ、これは男としてはしょうがない仕様と言えるべきものだ。何度か見た彼女の肌を思い出すのはよくないことだけれど、それが抑えられるのであれば、俺はきっとここにいない。
それを何度か繰り返した後、俺はじれったくなって、彼女の前の方へと出ていく。彼女は一瞬疑問を覚えるような、そんな視線を俺に映したが、そんな視線も数秒で終わった。彼女は特に気にしていないようだった。
歩く道のりは長いようで短い感覚。結局のところ、目的地としたショッピングモールまでは数分でたどり着くだろう。
坂道があった。夕陽が垂れていく。影が俺たちを侵食するたび、そうして一部となった背中の二つはより身長を伸ばしている。それを風情と言えば風情かもしれない。でも、それは単純な光と影の減少でしかなかった。
夕方のショッピングモールは人がまばらだった。毎週末には家族連れが賑わいを見せて、子どもの騒ぐ声、もしくは夫婦の会話する音、さらに紛れる喧騒のようなものがあるけれど、平日のこんな日に誰かが騒ぐ要素もない。静かに静かにと、それぞれが足音を響かせる。だから俺も愛莉も特に会話をせずに、淡々と歩みを進めた。
ゲームセンターに行こうとした。彼女と出かけるときには、必ず俺はゲームセンターに行って、適当なUFOキャッチャーでぬいぐるみをとるのが日常だった。
愛莉はそんな俺の手を引っ張る。
引っ張られることで思い返すのは、別に今の彼女と俺はそういう関係性を紡いでいないということ。
単純な幼馴染。恋人でもない、なんでもない関係性。振り返らなくても分かる自分たちの関係性。そんな関係性にぬいぐるみのプレゼントは、少し気持ち悪く感じた。
俺は何を考えているのだろう。よくわからない。
でも、彼女は先ほどこれをデートと称した。それならば、そんな行動も肯定されるべきだろうに、彼女はそれを許さなかった。それなら俺はどうすればよかったのだろう。
エスカレーターに乗り上げて、そうして向かうのはフードコート。フードコートは夕食の時間も近いことがあってか、高校生のような身なりをした人間がまばらにいる。ショッピングモール前で人が少なかったのは、きっとここに密集するように蔓延っていたからかもしれない。
彼女はフードコートの、アイスクリームを売っている店に俺を引きずった。
彼女とここに赴くのは何度目だろう、と反芻する。毎回、ここに来るたびにそんなことを考えている気がする。考えるたびに、その回数については不明となって、どうしようもないな、という感情で結末を迎える。
彼女はカップの容器で三つのアイスを選択した。俺はそこまで食べる気にはならなかったから、適当に一つ、少し大玉と思えるアイスを選択した。無難にバニラ。それ以外のものに対して興味は生まれなかった。
まばらはまばらに空いている席を浮き立たせる。俺たちはアイスクリームの売店近くにある空席に腰を下ろした。彼女はアイスをテーブルに置くと、一度立ち上がって自販機に向かう。俺はそれとおかれたアイスを見守りながら、適当に携帯の画面を開いた。
縋るように配置されている待ち受けの写真。無愛想な顔を晒した俺と、愛想を振りまく愛莉の姿。彼女は名前の通りに、誰に対しても愛を振りまいている。だからこそ、俺は彼女が振りまいた愛の対象に嫉妬を抱くことがあった。
それを醜く思う自分がいる。人は誰のものでもないのに、それを自分の所有物だというのは身勝手な支配だ。独占欲とは甚だ気持ちが悪くて醜い欲求だろう。それを誰に対しても抱くのは俺自身が気持ち悪いと思えて仕方がない。家族関係、友人関係、恋人関係、そのどれにおいても気持ちが悪い。
俺は彼女には悟られないように中学生の振舞をしていたことを思い出す。
嘘は彼女には見破られるが、隠し事は今のところ彼女に見抜かれたことはない。だから、俺の独占欲めいた嫉妬心は、彼女に知られていないだろう。知られたら、きっと軽蔑するに違いない。
「ふーん」
後ろから声が聞こえた。
一瞬、背中を撫でるような声にぎくりとしながら振り返れば、そこには愛莉がいる。確か前方にある付近の自販機へと向かっていたはずなのに、いつの間にか背後にいた彼女に俺は慌てて画面の明かりを消した。
「背後霊かよ」
「わ~」
彼女はあからさまな棒読みで驚かせるようなアクションをとる。でも、その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいて、今にも俺を揶揄おうとする様子が見てとれた。
……逃げ出してしまおうか。
そんなことを考えたけれど、そんなことをすれば彼女の思うつぼかもしれない。何より彼女に負けた、という事実が俺の心に作用するのが変に嫌だ。
まあ、勝ちも負けもないだろうし、なんならいつも彼女の不戦勝だろうが。
ふう、と息をついた。
俺は目の前にあるバニラアイスを掬って、そうして口にほおばり入れる。
うん、甘いな。
彼女と久しぶりに肩を並べて歩くさまは、いつかの恋人のような関係を思い出させて仕方がない。歩くたびに揺れて流れる長髪の束、ポニーテールで今日はひとつまとめていて、時々見える後ろの素肌がちらつくたびに俺は視線をそらしてしまった。
……まあ、これは男としてはしょうがない仕様と言えるべきものだ。何度か見た彼女の肌を思い出すのはよくないことだけれど、それが抑えられるのであれば、俺はきっとここにいない。
それを何度か繰り返した後、俺はじれったくなって、彼女の前の方へと出ていく。彼女は一瞬疑問を覚えるような、そんな視線を俺に映したが、そんな視線も数秒で終わった。彼女は特に気にしていないようだった。
歩く道のりは長いようで短い感覚。結局のところ、目的地としたショッピングモールまでは数分でたどり着くだろう。
坂道があった。夕陽が垂れていく。影が俺たちを侵食するたび、そうして一部となった背中の二つはより身長を伸ばしている。それを風情と言えば風情かもしれない。でも、それは単純な光と影の減少でしかなかった。
夕方のショッピングモールは人がまばらだった。毎週末には家族連れが賑わいを見せて、子どもの騒ぐ声、もしくは夫婦の会話する音、さらに紛れる喧騒のようなものがあるけれど、平日のこんな日に誰かが騒ぐ要素もない。静かに静かにと、それぞれが足音を響かせる。だから俺も愛莉も特に会話をせずに、淡々と歩みを進めた。
ゲームセンターに行こうとした。彼女と出かけるときには、必ず俺はゲームセンターに行って、適当なUFOキャッチャーでぬいぐるみをとるのが日常だった。
愛莉はそんな俺の手を引っ張る。
引っ張られることで思い返すのは、別に今の彼女と俺はそういう関係性を紡いでいないということ。
単純な幼馴染。恋人でもない、なんでもない関係性。振り返らなくても分かる自分たちの関係性。そんな関係性にぬいぐるみのプレゼントは、少し気持ち悪く感じた。
俺は何を考えているのだろう。よくわからない。
でも、彼女は先ほどこれをデートと称した。それならば、そんな行動も肯定されるべきだろうに、彼女はそれを許さなかった。それなら俺はどうすればよかったのだろう。
エスカレーターに乗り上げて、そうして向かうのはフードコート。フードコートは夕食の時間も近いことがあってか、高校生のような身なりをした人間がまばらにいる。ショッピングモール前で人が少なかったのは、きっとここに密集するように蔓延っていたからかもしれない。
彼女はフードコートの、アイスクリームを売っている店に俺を引きずった。
彼女とここに赴くのは何度目だろう、と反芻する。毎回、ここに来るたびにそんなことを考えている気がする。考えるたびに、その回数については不明となって、どうしようもないな、という感情で結末を迎える。
彼女はカップの容器で三つのアイスを選択した。俺はそこまで食べる気にはならなかったから、適当に一つ、少し大玉と思えるアイスを選択した。無難にバニラ。それ以外のものに対して興味は生まれなかった。
まばらはまばらに空いている席を浮き立たせる。俺たちはアイスクリームの売店近くにある空席に腰を下ろした。彼女はアイスをテーブルに置くと、一度立ち上がって自販機に向かう。俺はそれとおかれたアイスを見守りながら、適当に携帯の画面を開いた。
縋るように配置されている待ち受けの写真。無愛想な顔を晒した俺と、愛想を振りまく愛莉の姿。彼女は名前の通りに、誰に対しても愛を振りまいている。だからこそ、俺は彼女が振りまいた愛の対象に嫉妬を抱くことがあった。
それを醜く思う自分がいる。人は誰のものでもないのに、それを自分の所有物だというのは身勝手な支配だ。独占欲とは甚だ気持ちが悪くて醜い欲求だろう。それを誰に対しても抱くのは俺自身が気持ち悪いと思えて仕方がない。家族関係、友人関係、恋人関係、そのどれにおいても気持ちが悪い。
俺は彼女には悟られないように中学生の振舞をしていたことを思い出す。
嘘は彼女には見破られるが、隠し事は今のところ彼女に見抜かれたことはない。だから、俺の独占欲めいた嫉妬心は、彼女に知られていないだろう。知られたら、きっと軽蔑するに違いない。
「ふーん」
後ろから声が聞こえた。
一瞬、背中を撫でるような声にぎくりとしながら振り返れば、そこには愛莉がいる。確か前方にある付近の自販機へと向かっていたはずなのに、いつの間にか背後にいた彼女に俺は慌てて画面の明かりを消した。
「背後霊かよ」
「わ~」
彼女はあからさまな棒読みで驚かせるようなアクションをとる。でも、その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいて、今にも俺を揶揄おうとする様子が見てとれた。
……逃げ出してしまおうか。
そんなことを考えたけれど、そんなことをすれば彼女の思うつぼかもしれない。何より彼女に負けた、という事実が俺の心に作用するのが変に嫌だ。
まあ、勝ちも負けもないだろうし、なんならいつも彼女の不戦勝だろうが。
ふう、と息をついた。
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うん、甘いな。
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