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第一章 夢魔もどきのありふれた生活

1-6 久しぶりのアレ

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「……変なことに使わないだろうな」

 俺が佐城にお願いをすると、佐城は渋々という具合で、俺にそれを渡す。

「……逆にどうやって変なことに使うんですか?」

「……いや、ええと、その。なんていうか、ストーカーみたいな?」

 佐城も何を言っているのかわからないみたいで、言葉の表現がまとまっていない。その様子に俺は笑うしかなくて、彼女の言葉を汲み取って、想像力を働かせてみる。

 まあ、これを使うってなると、俺の言葉の大部分が胡散臭くなる気がする。一つのマニア向けの性癖を思わせるかもしれない。

「大丈夫ですよ。俺に特殊性癖とかないし、先生はそこまでタイプではないので」

 俺の言葉に佐城は言葉を吐く。呆れながらも苦笑を浮かべて「それならよかった」と言葉を出した。

 どこまでも呆れがついているような仕草。俺はそれに苦笑を浮かべながら、とりあえず帰路につくことにした。

「まあ、明日を楽しみにしててくださいよ」

 俺は彼女にそれだけ言葉を残して、そうして空き教室から出ていく。

 夕焼けに彩られる外の世界を眺めながら、ぼんやりとする眠気のある意識を叩いて、佐城からもらったものを見つめる。

 ──髪の毛。

 俺が彼女から受け取ったのは、一本の髪の毛。ぶっちゃけ、彼女の体の情報が取れるものならばなんでもいい。体液でも毛でも、もしくは皮膚の細胞でも、何でも構わない。でも、個人的に両者ともにハードルが低いのは髪の毛だと思う。

 俺はもらった髪の毛を、──そのまま口に含む。

 そういう性癖があるわけではない、と誰にも伝わらない自己弁護をする。この先、必要なことだから、俺はこうするしかないのだ。

 少しばかりの不快感を呑み込んで、そうして体に佐城の髪の毛を取り込む。

 ──決行は今夜。とりあえず深夜に眠っておけば、いつかは扉が開かれるはずだ。佐城がよほど疲れていない限りは、確実に扉は現れる。

 今は家に帰って、ゆっくり休もう。

 俺は帰路につくことにした。





「あっ」と声が出た。

 帰り道、なんとなくで買い上げた菓子パンとミルクティーを持って、途中の公園を通る。公園の中を覗いてみれば、子供に紛れてブランコを独占している男子高校生が視界に入る。

 見覚えのある背丈と髪型。茶の色をしている髪、チャラ男を思わせる風体。

 思いの外大きく出てしまった俺の声に反応して、茶髪のそいつが俺に視線を向ける。「お」と興味をいだいたような声を出して、そいつはブランコから勢いよく飛び上がった。

 勢いよく弾んだブランコは錆びたチェーンを絡ませる。ブランコの滑車が軋んだ音を響かせて、一瞬耳を抑えたくなる衝動にかられる。

 結局、手で抑えることはしなかったけれど、背中が震える感覚を抑えることはできなくて、びくんと体が弾んでしまう。その様子を、徐々に近づいてくる茶髪の男──綿辺 創志──はくつくつと笑った。

 創志は俺の幼馴染。男の幼馴染というのもなんだか気色悪い気もするが、現実はこんなもんである。世知辛いような気もする。

「お前、いきなりいなくなってビビったんだけど」

「……いやぁ」

 俺は綿辺の言葉に気まずそうに答える。

 彼は日中の屋上の話をしているのだろう。それに対して言い訳をするのもいいけれど、それをすることはみっともないような気がする。

 まあ、そういうこともあるよね、と適当な言葉を返して、俺は公園の中に入り込む。創志も俺の後ろに続いて、一緒にベンチの方に座り込んだ。

「食べる?」と、俺は手に持っているコンビニから買い上げてきたものを創志に渡そうとする。創志はそれを、いいや、とだけ返して、公園の中を見つめる。

 幼い頃に遊んだ公園。いつも子どもたちは騒ぎ立てていて、その雰囲気がいつになっても崩れることはない。それに対して、一種のノスタルジーを感じ微笑みそうになる。

「楽しそうだな」

 創志はそう言葉を呟く。何が、と聞きそうになったけれど、俺の表情を見て彼は呟いたみたいだから、俺のことなんだろう。

 別に楽しさを感じているわけではない。でも、彼が俺の顔を見てそうつぶやいたのなら、きっと楽しそうなんだろう。なんとなく久しぶりの仕事をする感覚にワクワクしているのかもしれない。

「まあ、久しぶりのだからさ」

「へえ、をねぇ」

 創志は興味がなさそうに言葉を吐く。実際、他人のことだから興味はないんだろうと思う。

 とりま頑張りな、とだけ創志は言葉を吐いて、先程いたブランコの方に戻る。

 ……どうせ、日中に話をすることになるのだから、こんなくらいの会話でいいのかもしれない。

 だからこそ、今日、俺は決行する。

 ──佐城の夢に入り込んで、悩みのタネを解決するのだ。
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