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第四章 異質殺し
4‐18 空間なう
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■
なんでなの、と私はお父さんに言った。
遠い昔の記憶。きっと、私が一番最初に、私として目覚めた、物心の始まりの時の話。
父は、いつも注射器を持っていた。
頭の中で、私は父が医者であること、そして魔法使いであることを理解していた。
父は、よく私に注射器を刺して、その血液を抜き取る。
血については日常茶飯事のようなもので、私は特に注射器について怖がった記憶がない。でも、どうして父が私の血を使うのか、それが知りたくて、そんな声をかけたような気がする。
「──」
何か、言っている。でも、その詳細は思い出せない。
遠い昔のことだから、それを思い出すことはできない。モザイクがかかったみたいに、すべての景色が惚けていく。音は野島尻になって、自分がその後に、仕方ないな、という感情を抱いたことだけはよく覚えている。
私は、よく父親に「なんで?」と聞くことが多かった。それほどまでに父の行動には不思議なことが多かった。
私に母がいないこと、それでいて私がいること、家族がいること。
父が異様に私の血に執着していること。魔法使いであることを誇示せよと、ひたすらに私に対して炎の魔法を教え込んだこと。
なんで。なんで。なんで。
その疑問はいつだって、毎日だって、そして今だって生まれている。でも、父はきっと、いつまでもはぐらかすのだ。
はぐらかし続けるのだ。
■
「……これが、スマホ……」
私は、在原さんにいただいた携帯を眺めながら、そう呟いた。
部屋に私は一人。誰もいない。誰もいないから独り言。おそらく感嘆とも言える意思のこもった声は、私以外聞くことはない。
手のひら大のサイズをした、手帳の形をした電子機器。私はこれらを手に取った記憶がない。父がそういった機会を嫌っていたのもある。アナログな性格だから、仕方ないのかもしれない。
それが、今手元にある非現実的な感覚。それでいて、さらにそれを自分が買い上げるでもなく、他人に渡された衝撃がどうしようもないほどの蟠りを見せる。
お店に行けば、いろいろな契約の話をされた。私にはよくわからなかった。彼ならなんとなくわかるのかな、とか思っていたら、彼も同じようによくわからない顔をしていた。なんなら彼は同じ機種を二つ買った。私と彼の分で一つずつ。そこからわかるのは、彼も電子機器に触れることは今までなかったという事実だった。
そんな人が、唐突に私にこれを渡してくる
私とは、どういう存在なんだろう。
彼と出会ってからは、そんなことばかりが頭の中に占有する。
──私の中には、私の知らない何かがいる。それについての正体を、きっと彼は知っているはずだ。
それに対してのモヤモヤした感情はぬぐえないし、それが晴れることはないのだろう。だから、抱えて生きていくしかないわけだけれども。
「……それにしたって、高い買い物だよなぁ」
彼は一括の料金でスマートフォンを買い上げた。その金額は今までの日常で見る買い物の値段としてはあまりにも大きすぎるものであり、それを奢られるほどの私の価値が、さらによくわからなくなる。
……知りたい。私がどういう人間なのか。
その答えを知っている彼に聞けば、わかる。
……でも、聞けない。
彼が話せることは話していたわけだし、それで話してくれないということは、単純に話せない事実なのだ。
彼の縋る目が脳裏に投影される。その目は、どこか自罰的にも感じることができた。
……今度。
今度聞こう。そうしよう。
そんなことを思いながら、私は夜の魔法教室に向けての準備として仮眠をとった。
■
「え?! 葵ちゃんスマホ買ったの?!」
私が主張しないようにスマートフォンを隠していると、それを見破るように立花先生がそう言ってくる。
……まあ、正直、少し自慢したい気持ちもあったから、出したり出さなかったり、を繰り返していたのだけれど。
私はそれに肯定の意を示すように頷く。事情について説明することは、なんとなくいけないような気がしたので黙っておいた。
立花先生のそんな声を聞きつけて、遠方でナイフとにらめっこをしていた明楽くんがこちらにかけてくる。
傍目に雪冬くんを見る。彼も少し興味があるようで、こちらを一瞥したけれど、すぐに視線を逸らして、また希う魔法の詠唱を始めた。
「お、葵ちゃんスマホ買ったんだ! アンドロイド? アップル?」
「……よくわからない、かな」
アンドロイド……、ロボット? リンゴ?
それなら貸してみてよ、と明楽くんに言われるので、そのまま貸してみると「ああ、アイフォンじゃん! おそろってやつだ」ととても楽しそうにつぶやく。
立花先生は「アンドロイドも悪くはないもんだよ? ファイル操作とかも簡単だし、いろいろカスタマイズできるし」とかぼそぼそと呟いている。よく、わからなかった。
「あっ、葵ちゃん。なんか通知来てるよ」
明楽くんはそう言って、私にスマートフォンを返す。通知欄は見ないようにしているのか、その時に明楽くんの目が閉じていたのが、少し可笑しかった。
そして、彼に言われた通知欄を覗いてみる。
『SMS 在原 環:空間なう』
……彼は暇なんだろうか。
なんでなの、と私はお父さんに言った。
遠い昔の記憶。きっと、私が一番最初に、私として目覚めた、物心の始まりの時の話。
父は、いつも注射器を持っていた。
頭の中で、私は父が医者であること、そして魔法使いであることを理解していた。
父は、よく私に注射器を刺して、その血液を抜き取る。
血については日常茶飯事のようなもので、私は特に注射器について怖がった記憶がない。でも、どうして父が私の血を使うのか、それが知りたくて、そんな声をかけたような気がする。
「──」
何か、言っている。でも、その詳細は思い出せない。
遠い昔のことだから、それを思い出すことはできない。モザイクがかかったみたいに、すべての景色が惚けていく。音は野島尻になって、自分がその後に、仕方ないな、という感情を抱いたことだけはよく覚えている。
私は、よく父親に「なんで?」と聞くことが多かった。それほどまでに父の行動には不思議なことが多かった。
私に母がいないこと、それでいて私がいること、家族がいること。
父が異様に私の血に執着していること。魔法使いであることを誇示せよと、ひたすらに私に対して炎の魔法を教え込んだこと。
なんで。なんで。なんで。
その疑問はいつだって、毎日だって、そして今だって生まれている。でも、父はきっと、いつまでもはぐらかすのだ。
はぐらかし続けるのだ。
■
「……これが、スマホ……」
私は、在原さんにいただいた携帯を眺めながら、そう呟いた。
部屋に私は一人。誰もいない。誰もいないから独り言。おそらく感嘆とも言える意思のこもった声は、私以外聞くことはない。
手のひら大のサイズをした、手帳の形をした電子機器。私はこれらを手に取った記憶がない。父がそういった機会を嫌っていたのもある。アナログな性格だから、仕方ないのかもしれない。
それが、今手元にある非現実的な感覚。それでいて、さらにそれを自分が買い上げるでもなく、他人に渡された衝撃がどうしようもないほどの蟠りを見せる。
お店に行けば、いろいろな契約の話をされた。私にはよくわからなかった。彼ならなんとなくわかるのかな、とか思っていたら、彼も同じようによくわからない顔をしていた。なんなら彼は同じ機種を二つ買った。私と彼の分で一つずつ。そこからわかるのは、彼も電子機器に触れることは今までなかったという事実だった。
そんな人が、唐突に私にこれを渡してくる
私とは、どういう存在なんだろう。
彼と出会ってからは、そんなことばかりが頭の中に占有する。
──私の中には、私の知らない何かがいる。それについての正体を、きっと彼は知っているはずだ。
それに対してのモヤモヤした感情はぬぐえないし、それが晴れることはないのだろう。だから、抱えて生きていくしかないわけだけれども。
「……それにしたって、高い買い物だよなぁ」
彼は一括の料金でスマートフォンを買い上げた。その金額は今までの日常で見る買い物の値段としてはあまりにも大きすぎるものであり、それを奢られるほどの私の価値が、さらによくわからなくなる。
……知りたい。私がどういう人間なのか。
その答えを知っている彼に聞けば、わかる。
……でも、聞けない。
彼が話せることは話していたわけだし、それで話してくれないということは、単純に話せない事実なのだ。
彼の縋る目が脳裏に投影される。その目は、どこか自罰的にも感じることができた。
……今度。
今度聞こう。そうしよう。
そんなことを思いながら、私は夜の魔法教室に向けての準備として仮眠をとった。
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「え?! 葵ちゃんスマホ買ったの?!」
私が主張しないようにスマートフォンを隠していると、それを見破るように立花先生がそう言ってくる。
……まあ、正直、少し自慢したい気持ちもあったから、出したり出さなかったり、を繰り返していたのだけれど。
私はそれに肯定の意を示すように頷く。事情について説明することは、なんとなくいけないような気がしたので黙っておいた。
立花先生のそんな声を聞きつけて、遠方でナイフとにらめっこをしていた明楽くんがこちらにかけてくる。
傍目に雪冬くんを見る。彼も少し興味があるようで、こちらを一瞥したけれど、すぐに視線を逸らして、また希う魔法の詠唱を始めた。
「お、葵ちゃんスマホ買ったんだ! アンドロイド? アップル?」
「……よくわからない、かな」
アンドロイド……、ロボット? リンゴ?
それなら貸してみてよ、と明楽くんに言われるので、そのまま貸してみると「ああ、アイフォンじゃん! おそろってやつだ」ととても楽しそうにつぶやく。
立花先生は「アンドロイドも悪くはないもんだよ? ファイル操作とかも簡単だし、いろいろカスタマイズできるし」とかぼそぼそと呟いている。よく、わからなかった。
「あっ、葵ちゃん。なんか通知来てるよ」
明楽くんはそう言って、私にスマートフォンを返す。通知欄は見ないようにしているのか、その時に明楽くんの目が閉じていたのが、少し可笑しかった。
そして、彼に言われた通知欄を覗いてみる。
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