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第四章 異質殺し
4-7 彼らの思索
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◇
「……たまき?」
天音は、何も気づいていないようだった。もしくはそう振舞っていた。
俺も、そうすればよかった。
でも、視線は彼女を追いかけていた。
──彼女が無表情に涙を零す姿を、ずっと追いかけていた。
■
彼と目が合っている。
泣いている私を見ている。
彼はずっと私を見ている。
でも、そんな彼を、隣にいる彼女が腕を引いている。
──彼が、視線を逸らしたのを、私は見逃さなかった。
◇
視線を逸らした。それ以上に彼女のことを見ていても、どうしようもなかったから。
今の俺に、僕に何ができるというのだろう。
関わることを許されない僕が、彼女に対して何ができるというのだろう。
彼女に拒絶された僕に、何が許されるというのだろう。
視線を逸らしても、彼女がこちらを見ていることに気づいてしまっている。
──でも、どうせ覚えていないんだろう。
だから、仕方がないのだ。
■
彼は諦めたように視線を逸らした。
前にいる人に心配そうに声をかけられた。
でも、私は彼から視線を逸らすことができなかった。
心臓が、心がずっと軋んで音を立てている。
俯瞰で、フラットにいる私の裏腹に、叫びをあげている誰かがいる。
『私が拒絶したのに、何が許されるというのだろう』
彼は、そのまま彼女とともに歩みを進めていく。
──ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ただひたすらに、感情を紡ぐ心とともに、私は彼から視線を逸らした。
◇
「まさか、いるだなんてね」
天音はジェットコースターの列から抜けてから、ぼそっと独り言のように呟いた。
「……気づいてたのか?」
「だって、立花先生、目立つし」
そう言われれば、立花先生は白衣でジェットコースターの列に並んでいたような気がする。
葵の事ばかりに意識が向いて、詳細に彼の姿を思い出すことはできない。でも、きっと楽しく魔法使いとしての生活を送っていることだろう。
──でも、彼女の涙は。
彼女が涙を流す姿を見たことは、これまで一度だって存在はしなかった。
幼い頃からの付き合いだ。そんな付き合いだからこそ、彼女のことについては一番理解していると、おそらく彼女の肉親以上に理解していると思っている。
葵は弱さを隠す人間だ、魔法使いだ。
俺が弱いから、それを覆い隠すように優しさですべてを塗り替えてくれる。だからこそ、彼女は強くあろうとしてくれた。彼女は強く、人まで弱さを見せることはない。
だから、あの彼女の涙を俺は知らない。
どうして涙を流しているのか。
どうして彼女は俺を見たのか。
どうして彼女は縋るような瞳をしていたのか。
彼女を知っているからこそ、そんな疑問がやまなくてしようがない。
「きっとさ」と天音が呟く。
「わたしたち、髪の色が変だからだよ」
「……それは、そうかもしれないけれど」
この髪色をしていると、確かに人の視線を買ってしまう。
天音だってそうだ。銀のようにきらめく白色の髪は、今日だっていろんな人の視線を集めていた。だから、それが理由だと言われれば理解はすることができる。
理解することはできても、納得はできない。
見るだけなら、別にそれでいい。
でも、それから涙を流す理由はあっただろうか。
記憶を取り戻した?
いいや、そんなわけがない。
記憶の封印について確証があるわけじゃない。
でも、彼女がもし記憶を取り戻したというのならば、確実に俺のことを殴りに来るはずだ。容易に想像することができるほどに、彼女は強くあろうとするからこそ、俺を見つけた瞬間に声を上げて実行に移すのだろう。
きっと、そんな感じだ。
だから、彼女の記憶は戻ってきてはいない。それは絶対だ。
──だとしたら、なんで……。
「──たまき、次、あれ乗りたい」
天音は俺の首を無理に曲げて、そうして彼女が乗りたいといったアトラクションに視線を向けさせる。
考えても無駄だ、と天音は伝えているのだ。
確かに、その通りだ。
考えても無駄。考えるだけ、救われないだけ。
救うこともできないし、救われることもないだけ。
だから。
「──じゃあ、いこうか」
彼女の言葉を受容した。
慣れたもんだ。自分の心を殺すことくらいなんて。
──本当にそれでいいのか、と受容した対極は呟くのだけど。
「……たまき?」
天音は、何も気づいていないようだった。もしくはそう振舞っていた。
俺も、そうすればよかった。
でも、視線は彼女を追いかけていた。
──彼女が無表情に涙を零す姿を、ずっと追いかけていた。
■
彼と目が合っている。
泣いている私を見ている。
彼はずっと私を見ている。
でも、そんな彼を、隣にいる彼女が腕を引いている。
──彼が、視線を逸らしたのを、私は見逃さなかった。
◇
視線を逸らした。それ以上に彼女のことを見ていても、どうしようもなかったから。
今の俺に、僕に何ができるというのだろう。
関わることを許されない僕が、彼女に対して何ができるというのだろう。
彼女に拒絶された僕に、何が許されるというのだろう。
視線を逸らしても、彼女がこちらを見ていることに気づいてしまっている。
──でも、どうせ覚えていないんだろう。
だから、仕方がないのだ。
■
彼は諦めたように視線を逸らした。
前にいる人に心配そうに声をかけられた。
でも、私は彼から視線を逸らすことができなかった。
心臓が、心がずっと軋んで音を立てている。
俯瞰で、フラットにいる私の裏腹に、叫びをあげている誰かがいる。
『私が拒絶したのに、何が許されるというのだろう』
彼は、そのまま彼女とともに歩みを進めていく。
──ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ただひたすらに、感情を紡ぐ心とともに、私は彼から視線を逸らした。
◇
「まさか、いるだなんてね」
天音はジェットコースターの列から抜けてから、ぼそっと独り言のように呟いた。
「……気づいてたのか?」
「だって、立花先生、目立つし」
そう言われれば、立花先生は白衣でジェットコースターの列に並んでいたような気がする。
葵の事ばかりに意識が向いて、詳細に彼の姿を思い出すことはできない。でも、きっと楽しく魔法使いとしての生活を送っていることだろう。
──でも、彼女の涙は。
彼女が涙を流す姿を見たことは、これまで一度だって存在はしなかった。
幼い頃からの付き合いだ。そんな付き合いだからこそ、彼女のことについては一番理解していると、おそらく彼女の肉親以上に理解していると思っている。
葵は弱さを隠す人間だ、魔法使いだ。
俺が弱いから、それを覆い隠すように優しさですべてを塗り替えてくれる。だからこそ、彼女は強くあろうとしてくれた。彼女は強く、人まで弱さを見せることはない。
だから、あの彼女の涙を俺は知らない。
どうして涙を流しているのか。
どうして彼女は俺を見たのか。
どうして彼女は縋るような瞳をしていたのか。
彼女を知っているからこそ、そんな疑問がやまなくてしようがない。
「きっとさ」と天音が呟く。
「わたしたち、髪の色が変だからだよ」
「……それは、そうかもしれないけれど」
この髪色をしていると、確かに人の視線を買ってしまう。
天音だってそうだ。銀のようにきらめく白色の髪は、今日だっていろんな人の視線を集めていた。だから、それが理由だと言われれば理解はすることができる。
理解することはできても、納得はできない。
見るだけなら、別にそれでいい。
でも、それから涙を流す理由はあっただろうか。
記憶を取り戻した?
いいや、そんなわけがない。
記憶の封印について確証があるわけじゃない。
でも、彼女がもし記憶を取り戻したというのならば、確実に俺のことを殴りに来るはずだ。容易に想像することができるほどに、彼女は強くあろうとするからこそ、俺を見つけた瞬間に声を上げて実行に移すのだろう。
きっと、そんな感じだ。
だから、彼女の記憶は戻ってきてはいない。それは絶対だ。
──だとしたら、なんで……。
「──たまき、次、あれ乗りたい」
天音は俺の首を無理に曲げて、そうして彼女が乗りたいといったアトラクションに視線を向けさせる。
考えても無駄だ、と天音は伝えているのだ。
確かに、その通りだ。
考えても無駄。考えるだけ、救われないだけ。
救うこともできないし、救われることもないだけ。
だから。
「──じゃあ、いこうか」
彼女の言葉を受容した。
慣れたもんだ。自分の心を殺すことくらいなんて。
──本当にそれでいいのか、と受容した対極は呟くのだけど。
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