90 / 109
第四章 異質殺し
4-5 モノクロな世界
しおりを挟む
◇
ジェットコースターについては遊園地の目玉となっているだけあって、相応に人が混んでいた。家族連れや、もしくは恋人を連れているような、そんな人ばかり。そのどれもが楽しそうな顔をしていて、見ているだけでその幸福が分け与えられるような、そんな錯覚を覚える。
隣にいる天音の顔を見る。ずっと、ジェットコースターのレールや、動体に対して視線を追いかけていて、今か今かと天音は待ち望んでいるようだ。彼女は彼女で楽しそうにしている。
きっと、俺たちの光景をほかの人間が見たら、その人間は恋人なのではないかと勘繰るかもしれない。
半年という期間は、確かにそれを思わせる関係の紡ぎ方はしたけれども、天音に対してそういったベクトルの感情は生まれていない。彼女が俺のことをどう思っているのかは知らないし、察する気もないけれど、俺は彼女については何も思わないようにしている。
そうでなければ、天音に対して申し訳ないから。
俺が孤独だと感じるすべての精神要素は、葵がいないことが所以している。その感情を埋めるための行動は、その代償行為を求めることで、天音に何か感情を覚えてしまってはいけないのだ。
天音は、葵ではない。
天音は俺の幼馴染だろう。自分の過去の記憶がそう言っている、対極がそれを思い出させてくれた。
でも、幼馴染だからと言って、彼女は葵にはなりえない。
こんな時でも、彼女の色を考えずにはいられない。
葵だったら。ここにいるのがアオイだったのならば。そんなことばかりを考える自分が情けない。そして、それ以上に天音に対して申し訳ない。
──列の波にのまれて、徐々に前へと足を進ませる。
今だけでもそんなことを考えないようにしなければいけない。ここにいるのは天音だ。天音のことを考えなければいけない。
「たのしみだね」
天音は俺に言葉を吐いた。
「……そうだね」
俺はそれに返答をする。適当な返事だった。きっと、そこに感情は介在していない。
■
水月先輩は違和感を覚えずにはいられない様子だったけれど、集団で歩いているときに明楽くんに話を聞いて、ようやく諦めたようだった。
立花先生本人に聞いても、そんな記憶がない、と答えられてしまったのだ。だから、それ以上に掘り下げる意味もないだろう。
気のせい、というか一つの夢、ということで水月先輩は片づけて、明楽くんと腕を組みながら一緒に歩いているのを後ろから見つめる。水月先輩は明楽くんを揶揄うのが好きだからそんなことをしている。明楽くんはそれに振り回されてデレデレとしているけれど、私にはそんな様子がうらやましかった。
──心の中に違和感がある。
本当に私とは私だったのだろうか。
そんな無意味な思考が続いて仕方がない。
私は私だ。赤原葵だ。それ以上の何物でもない。でも、それを考えるたびに、どこか頭を掻きむしりたくなる衝動に駆られる。
これは私がモノクロだからこそ、考えてしまうのかもしれない。
魔法教室の面々は、相応に彩があふれているようにふるまっている。そのどれもが、私には取り込むことのできないから、私が私であることを肯定することができない。
『世界は、何色だと思う?』
いつか会った、彼の言葉を思い出す。
しきりに私が赤色だと言ってくれた彼の姿。それが脳裏に過って仕方がない。
誰だか、思い出すことができない。心に引っかかるところがある。でも、思い出せないし、私がその人と関わったのは、それ一回のみだ。だから考えるだけ無駄なのに。
──心が引きずられる。思い出すだけで心は締め付けられる。
たまに、夢に出てくるのだ。
私と彼が、仲良く話し合っている様子を。
夢の中での彼は髪が黒色だった。そっちの方が正しいような気がする。そんな彼といつも家で話していたり、もしくは出かけたりしていたり。……そんな夢を見てしようがない。
私は、恋に落ちたのだろうか。
……見知らぬ誰かに?
馬鹿らしくなった。考えるだけ無駄でしかない。
「やっぱ遊園地の醍醐味ってジェットコースターだよねぇ!」
「……僕はちょっとそこらで休憩していますね」
「おい!俺だって苦手なのに雪冬だけ逃げてんじゃねぇ!」
「えぇ~? 明楽くんジェットコースター苦手なのぉ~? 私意外だなぁ~」
「い、いや違いますよ! 今のは雪冬を慰めるために言っただけで……」
「僕を言い訳に使わないでください……」
「フン、軟弱者が!」
「……まあ、こういうのは得手不得手あるから! 気ままに楽しんでいこうじゃないか君たち!」
──私も、彼らのように彩を得ることができればいいのに。
そんな彼らの進めた歩行について行きながら、どうでもいい考えを巡らせてしまった。
ジェットコースターについては遊園地の目玉となっているだけあって、相応に人が混んでいた。家族連れや、もしくは恋人を連れているような、そんな人ばかり。そのどれもが楽しそうな顔をしていて、見ているだけでその幸福が分け与えられるような、そんな錯覚を覚える。
隣にいる天音の顔を見る。ずっと、ジェットコースターのレールや、動体に対して視線を追いかけていて、今か今かと天音は待ち望んでいるようだ。彼女は彼女で楽しそうにしている。
きっと、俺たちの光景をほかの人間が見たら、その人間は恋人なのではないかと勘繰るかもしれない。
半年という期間は、確かにそれを思わせる関係の紡ぎ方はしたけれども、天音に対してそういったベクトルの感情は生まれていない。彼女が俺のことをどう思っているのかは知らないし、察する気もないけれど、俺は彼女については何も思わないようにしている。
そうでなければ、天音に対して申し訳ないから。
俺が孤独だと感じるすべての精神要素は、葵がいないことが所以している。その感情を埋めるための行動は、その代償行為を求めることで、天音に何か感情を覚えてしまってはいけないのだ。
天音は、葵ではない。
天音は俺の幼馴染だろう。自分の過去の記憶がそう言っている、対極がそれを思い出させてくれた。
でも、幼馴染だからと言って、彼女は葵にはなりえない。
こんな時でも、彼女の色を考えずにはいられない。
葵だったら。ここにいるのがアオイだったのならば。そんなことばかりを考える自分が情けない。そして、それ以上に天音に対して申し訳ない。
──列の波にのまれて、徐々に前へと足を進ませる。
今だけでもそんなことを考えないようにしなければいけない。ここにいるのは天音だ。天音のことを考えなければいけない。
「たのしみだね」
天音は俺に言葉を吐いた。
「……そうだね」
俺はそれに返答をする。適当な返事だった。きっと、そこに感情は介在していない。
■
水月先輩は違和感を覚えずにはいられない様子だったけれど、集団で歩いているときに明楽くんに話を聞いて、ようやく諦めたようだった。
立花先生本人に聞いても、そんな記憶がない、と答えられてしまったのだ。だから、それ以上に掘り下げる意味もないだろう。
気のせい、というか一つの夢、ということで水月先輩は片づけて、明楽くんと腕を組みながら一緒に歩いているのを後ろから見つめる。水月先輩は明楽くんを揶揄うのが好きだからそんなことをしている。明楽くんはそれに振り回されてデレデレとしているけれど、私にはそんな様子がうらやましかった。
──心の中に違和感がある。
本当に私とは私だったのだろうか。
そんな無意味な思考が続いて仕方がない。
私は私だ。赤原葵だ。それ以上の何物でもない。でも、それを考えるたびに、どこか頭を掻きむしりたくなる衝動に駆られる。
これは私がモノクロだからこそ、考えてしまうのかもしれない。
魔法教室の面々は、相応に彩があふれているようにふるまっている。そのどれもが、私には取り込むことのできないから、私が私であることを肯定することができない。
『世界は、何色だと思う?』
いつか会った、彼の言葉を思い出す。
しきりに私が赤色だと言ってくれた彼の姿。それが脳裏に過って仕方がない。
誰だか、思い出すことができない。心に引っかかるところがある。でも、思い出せないし、私がその人と関わったのは、それ一回のみだ。だから考えるだけ無駄なのに。
──心が引きずられる。思い出すだけで心は締め付けられる。
たまに、夢に出てくるのだ。
私と彼が、仲良く話し合っている様子を。
夢の中での彼は髪が黒色だった。そっちの方が正しいような気がする。そんな彼といつも家で話していたり、もしくは出かけたりしていたり。……そんな夢を見てしようがない。
私は、恋に落ちたのだろうか。
……見知らぬ誰かに?
馬鹿らしくなった。考えるだけ無駄でしかない。
「やっぱ遊園地の醍醐味ってジェットコースターだよねぇ!」
「……僕はちょっとそこらで休憩していますね」
「おい!俺だって苦手なのに雪冬だけ逃げてんじゃねぇ!」
「えぇ~? 明楽くんジェットコースター苦手なのぉ~? 私意外だなぁ~」
「い、いや違いますよ! 今のは雪冬を慰めるために言っただけで……」
「僕を言い訳に使わないでください……」
「フン、軟弱者が!」
「……まあ、こういうのは得手不得手あるから! 気ままに楽しんでいこうじゃないか君たち!」
──私も、彼らのように彩を得ることができればいいのに。
そんな彼らの進めた歩行について行きながら、どうでもいい考えを巡らせてしまった。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー
ノリオ
ファンタジー
今から約200年前。
ある一人の男が、この世界に存在する数多の人間を片っ端から大虐殺するという大事件が起こった。
犠牲となった人数は千にも万にも及び、その規模たるや史上最大・空前絶後であることは、誰の目にも明らかだった。
世界中の強者が権力者が、彼を殺そうと一心奮起し、それは壮絶な戦いを生んだ。
彼自身だけでなく国同士の戦争にまで発展したそれは、世界中を死体で埋め尽くすほどの大惨事を引き起こし、血と恐怖に塗れたその惨状は、正に地獄と呼ぶにふさわしい有様だった。
世界は瀕死だったーー。
世界は終わりかけていたーー。
世界は彼を憎んだーー。
まるで『鬼』のように残虐で、
まるで『神』のように強くて、
まるで『鬼神』のような彼に、
人々は恐れることしか出来なかった。
抗わず、悲しんで、諦めて、絶望していた。
世界はもう終わりだと、誰もが思った。
ーー英雄は、そんな時に現れた。
勇気ある5人の戦士は彼と戦い、致命傷を負いながらも、時空間魔法で彼をこの時代から追放することに成功した。
彼は強い憎しみと未練を残したまま、英雄たちの手によって別の次元へと強制送還され、新たな1日を送り始める。
しかしーー送られた先で、彼には記憶がなかった。 彼は一人の女の子に拾われ、自らの復讐心を忘れたまま、政府の管理する学校へと通うことになる。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる