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第一章 灰色の現実

1-22 反発の性質

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 「……まず、君の体質を整理しなければいけないかもね」

 立花先生は、一緒に転移をしようとした僕の身体をまさぐるように見つめている。どうせなら保健室まである距離も転移をした方が楽だよね、っていうことで先生の転移魔法に付き合ったのだけれども、結局転移は行われず、そうして以前葵が行ったときのように青い光は霧散して何も起こることはなかった。

 「それじゃあ、とりあえず君の体質を理解するために、今から僕は君に魔法を当てようと思う。さっきは目を閉じてもらったけれど、今度は自分から触れてみようとしてくれたまえ」

 「……本当に大丈夫なんですか?」

 「まあ、大丈夫じゃない?」

 あまり気乗りのしない返事をされるものの、僕の体質を理解するためだというのなら、安易に逆らうことはできないだろう。

 僕は先生が魔法を発動するのを目前にした。

 「Enos Dies,Magna Dhirr」

 先ほどやった通り、炎の魔法を詠唱する先生。気づかぬうちに血液は垂れていて、そうして魔法の発動が確約されている。

 先生の手元を眺めてみれば、そこには普通に火の玉がある。手品だと思えるほどに信じられない非現実的事象。

 先生はそれを僕に──投げつける。覚悟はしていたけれど、その一瞬の動作に戸惑いを覚えて一瞬身構えてしまうが、先生に言われたとおりにその火の玉に触れてみた。

 ──弾ける感覚がする。

 手元に確かに熱い温度が重なるけれど、それは一瞬で終わり、そうしてその火の玉は、真っすぐに先生へと返っていく。

 「おっとっと」

 返ってきた火球を先生は避けると、返り主を失った球は、ただそこに落ちて転がり、そうして霧散した。

 確かに、反発している感覚。 

 「うん、これで確定だね」

 先生はそう言うと、どうしたもんかな、と言葉をつけ足して、話を続けた。

 「……君、まだ魔法を信じることができていないだろう」

 「……どうでしょうか」

 一応、自分自身で魔法を目の当たりにしているのだから、それを信じるだけの材料は僕の中にあるはずだ。そして、僕自身も魔法を発動したいという気持ちがあるから、きちんと上辺だけでも信じようとはしているのだが。

 「ええと、きっとこれは副作用みたいなもんなんだろうねぇ。もともと現実的な人間であった君が非現実を信じ切れないからこそ、君に非現実的なものが干渉すると、それを無意識のうちに反発してしまう。君は魔法を反発してしまうんだろう」

 それに対して何か言葉を返そうと思ったものの、特になにかが思いつくわけでもない。

 心の底ではどうなのか、自分自身でも把握がついていない。無意識のうちに非現実的な部分を見ないようにしているのかもしれないのだから。

 「……それって、僕は魔法が使えないってことですか」

 「さっきも言ったけれど、君が魔法を”ありえない”と考えているから、そんな現象が起こるんだと僕は考えている。だから、君が心の底から魔法をあり得ると考えれば、魔法の道は遠くないと思うよ。まあ、確約はできないけどね」

 立花先生はそう語る。

 ……本当に思い込む。真に魔法を信じるということだ。僕にそれができるだろうか。それができなければ、僕は一生魔法を使うことはできないのだろう。

 「そんなに憂う必要はないさ。なるようになるよ。君が信じればね」

 そんな言葉で僕と先生は空間を後にする。そして赴く先は、天原が眠っている保健室だった。



 ◇

 「今日も行くの?」

 葵のその声に僕は頷くと、静かに空間を出ていった。

 後ろに人はついてこない。立花先生も僕が保健室に行くことを承諾していて、いつもカギを開けてくれている。

 昼間にお見舞いに行きたい感情はあるけれども、高校生の身分ではそれは難しいし、なによりもともと不法侵入でしかない。だから、こんな夜遅くの時間に行くしかないのだ。

 慣れたように保健室への道のりを歩く。もともと通っていた学校ということもあり、特に迷うことはなくいつも通りに保健室に行く。立花先生が融通を聞かせて、体育館通路の扉を開けて本校舎から入ることができる。僕はそれを最近は毎日繰り返していた。

 天原は、今のところ目が覚める気配はない。先生から面会をすることを提案された日から、五日ほど経っているけれども、いつ彼の顔を覗いてみても、起きる兆しは見られない。

 まるで、そのまま永遠に眠りにつきそうな、そんな雰囲気。……そんな考えを抱くのは失礼だと思って、すぐに頭から振り払う。

 保健室のドアを開ける。当たり前だけれど暗闇の中。特に電気をつけることもなく、僕は天原が寝ている保健室の奥にあるベッドまで移動する。

 「……?」

 いつもなら寝息を立てている姿が見られるのに、どうしてか、いつもの光景は目の前にはない。

 彼の姿がベッドには見られない。

 起きたのだろうか。僕たちが空間に行っている間に帰宅でもしたのだろうか。それとも入れ違いになって彼は空間に行ったのだろうか、よくわからない。

 そうして思考を巡らせるけれど、特に答えにはたどり着かない。

 とりあえず現状を伝えなければいけないと、僕は空間へと戻ろうと振り返る──。

 「動かないでください」

 聞き覚えのある言葉。背中から感じる人の気配。

 ──おそらくそこには、天原がいる。
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