上 下
5 / 109
第一章 灰色の現実

1-4 ──ええと、よろしく?

しおりを挟む
 「だから、今日から君は魔法使いだ!以上!」

 「それがよくわかんないって言ってるんですけど!?」

 僕がそう返すと立花さんはため息をついた。ため息を吐きたいのは確実にこちらなのだけれども。

 彼はそのまま見ていた僕の左手の甲を僕の眼前にまで持ってくる。

 「──なんですこれ」

 そして目に見えるのは僕の手の甲。手の甲といえばそうなんだけれど、そこには見慣れないタトゥーのようなものが書いてある。黒色の、刺又みたいな、そんな模様。

 当たり前だけれど、タトゥーを彫った記憶はない。高校生だし。

 「それは紋章だ。魔法使いにだけ現れる魔法使いの証のようなものだ。

 なるほどなるほど。さっきから君の体が巻き戻らない理由っていうのは、魔法使いの素養があったということだったんだろう。

 これはすごい!本当にすごいよ!君という身体に興味が湧いてくるねぇ!」

 立花は手の甲を元の位置に戻して、まじまじと紋章とやらを見つめながら楽しそうにぶつぶつと呟いている。

 「……紋章?……というか、葵の手の甲でそんなの見たことないんですけど」

 「……魔法使いは秘匿される存在って言ったろう?普通に隠していたに決まっているじゃないか」

 「……葵、そうなの?」

 僕が葵にそう聞くと、「あ、うん」と言って、彼女は保健室から出ていく。急に出ていくもんだから何事かと思えば、その後すぐに戻ってきて、彼女は右手の甲を見せてくる。

 赤色の、炎のような形のタトゥー、というか紋章。

 「いつもはファンデーションで隠してるんだよ。……ほら、やっぱりバレちゃいけないし」

 「まあ、さっき葵ちゃんは普通に魔法を見せたし、魔法使いだって告白しちゃったんだけどね」

 立花さんは少し苦笑しながらそう呟いた。

 「いやあ、それでも君が魔法使いでよかったよ。君が魔法使いなら僕もいやなことをしなくて済むからね。魔法使い同士の輸血ということならば、単純に婚姻ということで片が付くし、葵ちゃんを処刑する必要もない。めでたしめでたしだ!」

 「──ちょっと待って、本当に待って。いや、待ってください。

 さっきから本当にすべての状況がわからないんですよ。死んでたとか蘇生とか、魔法とか魔法使いとか、それで婚姻って何ですか!?」

 葵はそんな僕の言葉を聞いて、返す。

 「──ええと、よろしく?」

 ……更にややこしくしてんじゃねえぞお前。





 「……はあ、君ねぇ」

 立花さんは呆れたような動作をとる。

 「これからはこんなことの連続になるんだから、理解ができなくとも納得して受け容れるしかないんだよ?」

 「……こんなことが連続になるんですか?」

 「うん。だって今度から君は僕の生徒だから」

 ……本当に、何が起きているんだろう。そして彼は何を言っているんだろう。

 「……もう、無理ぃ」

 僕は理解の範疇を超えた意識を外に追いやりたくなるけれど、そんなに都合よく眠ることもできやしない。

 「ま、そんなに悲観することはないさ。君がわからないって思ってることをすべて知れるのが僕の教室だ。憂う必要はない。なんなら、さっき葵ちゃんがやったみたいに君も魔法を使えるようになるんだからさ」

 悲観する必要はない、ってそう言われても……。

 ……って。

 「──え?僕も魔法が使えるんですか?」

 「だから君はもう魔法使いなんだから使えるに決まっているじゃないか」

 立花さんは続ける。

 「でも、魔法には知恵が必要だ。知識が必要だ。崇高な精神と、非現実を受け容れる心の器量も必要だ。それができるようになって、ようやく魔法を使うことができる。

 君にとってはすごい遠い道かもしれない。それでも、一般の人間には体験できない非現実を君は味わうことができる。

 それは凄く価値のある経験だと、僕はそう思うけどね」

 彼のそんな言葉を聞いて、僕は考える。

 魔法だとか、魔法使いとか、紋章とか正直よくわからないし、別にそんなファンタジー的な何かはわからないままでいいような気もするけれど。

 ──好奇心は殺せない。どこまでいっても人間の好奇心は未知に惹かれていくものだ。葵がさっきやったように、僕にも魔法を使える可能性があるというのならば、その可能性に惹かれてしまうのは、人間の性だと言えるだろう。

 その裏で、葵が僕をそこまでして助けた思惑に責任を取らなければいけない感情が付きまとう。

 秘匿される存在である魔法使いというものを、自分の命を考えずに僕に明かして、そして僕を助けてくれた。処刑されることもきっと半ばで分かっていただろうに。とぼけた顔をしてはいたけれど、その裏にある覚悟は本物だったはずだ。

 それなら、僕は責任をとらなければいけない。

 ぶっちゃけ婚姻とかそういうのは、正直真面目には受け取れないけれど、それでも彼女が命を懸けてくれた分、僕を助けてくれた分は彼女の責任は取らなければいけない。

 「──いい目になったじゃないか」

 立花さんは、僕の顔を見つめてそう呟く。

 「ということで今日から君は僕の生徒だ。

 尊敬と崇拝の念を抱きながら、僕のことを先生と呼ぶがいい」

 銀色の長髪を揺らしながら、彼は、──先生は僕を見下ろしてそう言った。



 ……というわけで、僕は今日から魔法使いになったらしいです。





 「あ、ちなみに拒否権とかってなかったから、受け容れなかったとしても強制的に入校させるんだけどね」

 「……さいですか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノリオ
ファンタジー
今から約200年前。 ある一人の男が、この世界に存在する数多の人間を片っ端から大虐殺するという大事件が起こった。 犠牲となった人数は千にも万にも及び、その規模たるや史上最大・空前絶後であることは、誰の目にも明らかだった。 世界中の強者が権力者が、彼を殺そうと一心奮起し、それは壮絶な戦いを生んだ。 彼自身だけでなく国同士の戦争にまで発展したそれは、世界中を死体で埋め尽くすほどの大惨事を引き起こし、血と恐怖に塗れたその惨状は、正に地獄と呼ぶにふさわしい有様だった。 世界は瀕死だったーー。 世界は終わりかけていたーー。 世界は彼を憎んだーー。 まるで『鬼』のように残虐で、 まるで『神』のように強くて、 まるで『鬼神』のような彼に、 人々は恐れることしか出来なかった。 抗わず、悲しんで、諦めて、絶望していた。 世界はもう終わりだと、誰もが思った。 ーー英雄は、そんな時に現れた。 勇気ある5人の戦士は彼と戦い、致命傷を負いながらも、時空間魔法で彼をこの時代から追放することに成功した。 彼は強い憎しみと未練を残したまま、英雄たちの手によって別の次元へと強制送還され、新たな1日を送り始める。 しかしーー送られた先で、彼には記憶がなかった。 彼は一人の女の子に拾われ、自らの復讐心を忘れたまま、政府の管理する学校へと通うことになる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...