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変わらない毎日だったのに

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私の毎日は高校生になって、いや中学2年生の時から変わらない。
無機質なアラームに朝5時に起こされ、毎日同じテレビ番組をつけて、今日もアナウンサーが淡々とニュースを知らせている。朝ごはんを食べて、制服に着替えて6時に家を出る。
半分寝ぼけたまま「いってきます」と駅まで送ってくれた父に車のドアを閉めながら言う。
降りるのは6つ先の駅。田舎なこともあって駅の間隔は都会に比べると長いし、途中の町の中心の駅で13分時間調整のため停まる。だから私は電車に乗っている約20分まだ人の少ない車内で2度目の眠りにつく。駅につくたびに扉の開く音と数人が電車に乗ってくる足音を感じるが、目を閉じたまま浅い眠りのまま降りる駅に到着することを知らせるアナウンスが鳴るのを待つ。電車を降りると少し高くなった太陽に目が開かない。まだ少し残った眠気を吹き飛ばすように自転車のペダルを踏みだした。5月の朝はペダルを漕ぐごとに爽やかな風が全身の包み込む。学校に着き頃にはすっかり目は覚めて、うっすらと汗をかくくらいだ。学校の正門の奥に建つ時計の針は6時53分を指していた。
この時間は学校にはほとんど人がいない。1000人を超える生徒がいるのに、電気が点いている教室は1つか2つ。
自転車を駐輪場にに止め、自分の教室の方に目をやるとやっぱり電気はついていない。そしてもう1つ確認する部屋。「えっ…」いつもは点いていない電気が点いている。あの部屋は私にとって朝の時間を過ごす大事な部屋。誰からも邪魔されない1人の空間のはずなのに。私の居場所がなくなった気がして少し動揺しながら、とりあえず自分の教室に荷物を置きに行く。誰もいない長い廊下に誰もいない教室。止まっていた空気が私が歩くことによって約半日ぶりに動くような感覚。初めのころは怖かったが最近はこの何とも言えない空気感が心地よく感じるようになった。教室の電気をつけて教室のをぐるりと見渡す。机の上に置きっぱなしにされている教科書。後ろの黒板に書かれた数学の公式。忘れて帰ってしまっただろうお弁当袋。休み時間は友達と教室の隅で静かに過ごしているけど、この時間だけはこの教室は自分の教室なんだと感じることができる。自分の席に荷物を置いて、筆箱と水筒だけを持ってあの部屋に向かう。(誰もいませんように、誰もいませんように)心のなかでそう言いながら階段を上る。扉の上にある看板。そこに書かれた『音楽室』という文字。1つ目のドアを開けるとやっぱり電気は点いていて、かすかに楽器の音が聞こえる。弦楽器の音ではない。でも吹奏楽をあまり知らない私は音だけでは何の楽器なのか分からなかった。優しくてきれいな音。2つ目のドアを開ける前にガラス越しに音楽室を見渡すと、そこには肩につくくらいの髪の長さの女の子がフルートを吹いていた。私に背中を向けていて静かにドアを開けてもその子は私に気づかない。手前の机に筆箱と水筒を置いて、「あの、」なんで声をかけたのか、人がいたのにどうして部屋に入ってしまったのか自分でも理解できなかったが、気づけばその女の子に声をかけていた。でも私の小さな声はフルートの音にかき消され届かなかった。人見知りな私は2度声をかける勇気は出ず、手を震わせながら肩を優しく叩いた。その女の子はビクッと肩を一瞬上げて私の方に振り向いた。優しい音に包まれていた音楽室が一瞬にして静かになる。誰もいない私だけの音楽室だったはずなのに、突然現れた女の子。この子の存在がこれまで代わり映えのしなかった私の毎朝を変えるなんてこの時は思ってもなかった。
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