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第21話

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ピンポーン。

くり返されるパターン。

朝、目覚めれば一人。
チャイムが鳴る。
ドアを開ければ中田が立っている。

中田の持ってきてくれた朝メシ。

風呂場の洗面台の鏡に映る疲れたオレの顔。
それから…。

灰谷がカラダ中につけた〈しるし〉は、どれもこれもうっすらとして、今にも消えそうだった。
首筋についた指の痕だけが、かろうじて残っていた。

灰谷。
灰谷。
灰谷。

ザーザーとオレのカラダを滑り落ちる水が排水口に吸い込まれていく。
それをただ見つめる。


「真島。真島」

風呂場の外から中田の声がする。

「真島、遅刻する。学校行こう」

学校…。


そうだ。灰谷がいるかもしれない。
灰谷が。
いる…かもしれない。
昼間は学校にいるのかもしれない。
そうだ。ミルハニのシークレットを渡してやろう。
いらないなんて言ってたけど本当は欲しいはず。

オレはシークレットをポケットに入れて学校へ向かった。



相変わらず、壁際一番後ろの灰谷の机の上には花瓶がのっている。
灰谷には花なんか似合わないのに。

オレはゆっくりと灰谷の席に近づいた。
もしかしたら灰谷の姿が見えるんじゃないかと。
気配を感じ取れるんじゃないかと。
「真島」とオレの名を呼ぶ灰谷の声が聞こえるんじゃないかと。

でも、灰谷の姿は見えず、気配も感じず、声も聞こえなかった。
灰谷は沈黙していた。
そう、学校ではオレたちはそんなに親しくもない、ただのクラスメイト。
だからなんだろ灰谷。
でも、これでオマエも黙ってはいられないはず。

ポケットからボトルキャップフィギアを取り出す。
シークレットのミルハニ。
灰谷の机の上に置いた。

「灰谷、これでフルコンプリートだよ」

返事はない。
そっかなんだっけ。ええと…。

「野郎ども、天国の門にキッスしな。ミル~ク。ハニ~。ヘブンズキーッス」

そんで、そうそうドロップキック。
オレはフィギアを持ち上げて、花瓶にドロップキックさせた。
そいでパンチラと。
灰谷、オマエの好きな巨乳ミニスカTバックだぞ。
しかもシークレットの赤Tバック。白じゃないんだぞ。
うれしいだろ。

「エロっ!」て言う灰谷の声を待った。
灰谷は言わなかった。
いつまで待っても言わなかった。
言わないの?言わないのか…。そっか。そっか。
やっぱオマエ、ムッツリじゃん。

トントンと肩を叩かれる。
ふり返れば中田で。

「真島。予鈴鳴った。ホームルームはじまる」

中田は痛々しそうな顔をして言った。

あれ?オレ、イタイの?
そうか…。

「…ああ」

自分の席に戻ろうとしてはじめて気がついた。
クラス中の視線がオレに集まっている。
何アイツ、とでもいうような。
ビックリしたような、引いたような。
ああ…オレ、やらかしちゃったみたい。
まあ、いいけど。

そして七瀬。七瀬と目があった。
ちっちゃくて白くて胸がデカくて男のオレとは真反対の女。
灰谷が付き合っていた女。
夏休みの間、灰谷を独り占めにしていた女。
そしてたぶん、灰谷が抱いた女。
死の直前まで会っていた女。

でも…灰谷が最後に会いに来たのはオレだ。
誰も知らないけれど。誰にも言えないけれど。

オレは口角だけを持ち上げてニッと笑ってみせた。
七瀬はビクッとして目をそらした。

席に着くと佐藤が寄ってきた。

「真島ー。お前どうしちゃったの。大丈夫か」
「佐藤、やめろよ」

中田が言う。

「いや、だって真島がさー。いきなり大声でヘブンズキッスとか言い出すからさ~」

ああ…そんな大きな声出しちゃってたか…。

「やめろって」
「どうしちゃった?マジマジックリン」

マジマジックリン…ああ…灰谷、オレにあだ名つけてたって言ってたな。ツーカー。

「マジに頭がクリックリンしちゃったか」
「佐藤、てめえホントに、ちっとは人のこと考えてモノを言え!」

中田がめずらしく感情的になっている。

「なんだよなんだよ。中田は真島には優しいけどオレにはいっつも冷てえよな」

佐藤がむくれている。

「お前、なんでそういうこと…ガキか」
「ガキで悪いか!」

ククク…オレは思わず笑ってしまう。

「お前らホントにいいヤツだよ。オレにはもったいねえ」

佐藤が目を丸くして、中田が困った顔をした。

その時、本鈴が鳴り、「ほらー席つけー」と担任が入ってきた。

また、始まる。
日常が。
灰谷がいないことなんて、まるで関係ないみたいに。


息を吸って、吐いて。
息を吸って、吐いて。
あと、どれ位くり返せば灰谷が今いるところに行けるんだろう。

灰谷。
灰谷。
灰谷。

会いたい。
会いたい。
会いたい。

オレの心はただくり返す。

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