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第108話 母・久子の告白②
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「そう。女なの」
久子にそう告げられて灰谷は寿司を喉に詰まらせそうになった。
「まあすぐにじゃなくて、ゆくゆくは、みたいな事なんだけど。その位の気持ちって事。まずは峰岸と一緒に退職して新しい会社を始める」
お茶で寿司を流しこみながら灰谷は言った。
「……なんて言っていいかわかんないんだけど」
「だよね」
灰谷の中で様々な思いが渦を巻いた。
退職、会社設立はまあいいとして、結婚、しかも会社の部下で同性と?
同性?
いつからそういう……いや、もしかして元から……え?じゃあオレの父親って……。
「いいよ。なんでも聞いて?」
灰谷は母の顔を改めて見つめた。
息子の目から見ても母親はいい女だった。
仕事を妥協なくバリバリこなして、時々酔っ払ってベタベタしてくるけれど、弱音は決して吐かない。
子供の頃は正直淋しかったし、もっと一緒にいて欲しいと思った事もあった。
良く言えば放任、でも、それも灰谷自身を信頼してくれているからなのだ、と折りに触れ感じてもいた。
そんな母に公私共にパートナーができる。
相手が同性だからといって、なんの問題もなかった。
「おめでとう」
「え?」
「おめでとう。良い人見つかって良かった」
「健二」
不安そうな顔が一転、久子の顔が輝いた。
「いや、老後世話しなくてもいいし。助かった」
「あんたね」
「いや冗談だけど。ホントにおめでとう。オレ、来年高校卒業だし。大学は行きたいんだけど。そしたら自立するから。それまではよろしくお願いします」
「喜んで」
「居酒屋か!」
「はあ~」
久子は大きく息を吐いた。
「何?」
「いやだって。緊張するわよ。子供へのカミングアウトは」
久子はビールをグビグビと飲み干した。
「プハーッ。ウマイ。でね、真島くんちにも報告がてらご挨拶に行こうかなって思ってんの。節子さんと久しぶりにおしゃべりもしたいし」
「真島、今、家にいないよ」
「何、家族旅行?」
「いや、真島だけ。一人旅だってさ」
「あんたは誘われなかったんだ?」
「うん」
「そう。まあ、たまには離れてみるのもいいんじゃない」
以前、中田にも同じことを言われたことを灰谷は思い出した。
「オレたちって、そんなにベッタリかな」
「ん~?いいんじゃない。仲良きことは美しきかな。あたしが働いてばっかりで、あんた一人にしてたからね。真島くんと真島くんちには本当に感謝してるわ」
そうなんだよな。
ガキの頃から一緒で、親同士もよく知ってて。
親友……。
それがオレたちなんだよな。
そこに新しい関係が果たして生まれるのか。
オレはどうしたい?
真島とどうしたい?
今と何が変わって、何が変わらないんだ?
いや、つうかそもそも真島はオレとどうしたいと思ってるんだろう。
考えてみればオレが勝手に知っちゃっただけで告白されたわけでもねえしな……。
「ふう~」
「何よ、ため息なんて」
「母ちゃん」
「ん?」
「その人の事、好き?」
「好きだよ」
なんの躊躇もなく久子は答えた。
そのレスポンスの速さに、答えの迷いのなさに灰谷は少しだけ感動した。
「同性でも?」
「同性でも。っていうかそこはあんまり関係ないけど」
「関係ないんだ」
「関係ない事もないか。女性として生きてきた彼女を好きになったんだから」
「そこは障害にはなんなかったの?」
「ん~」
久子は少し考えこんだ。
「……障害にはならなかったけど、多少物事を見にくくしてたかもね」
「?」
「お互いの考えてる事が手に取るようにわかって。あたしに足りないところを埋めてくれて。一緒にいると楽しくて好きで大好きでいつも一緒にいたい。でも、それは友情、親友とかでもいいんじゃないかって」
「うん」
「でもね、相手も自分の事を同じ様に感じてくれているって知った時にね、足りないって思ったの。もっともっとミネの事を知りたい。あたししか知らないミネが欲しい。全部が欲しいって思った。そしたら、もう同性だとかなんだとか全部ふっとんじゃって。ほら、母さん欲張りで自分の欲望に忠実だから。わかったら、後は速いよ。全力で奪いに行く。というか、行った」
母のキラキラ光る眼は肉食獣のようだった。
「あら、息子にする話じゃないね、こういうの」
「我が母ながら、怖い。峰岸さんも驚いただろうな」
「驚いたって。でも、嬉しかったって」
「ノロケか!」
「あんた、いくらダメでしょ。頂戴」
「うん」
久子はいくらの寿司をつまんで口に入れた。
「あんたのお父さんも、いくらがダメで、あたしがいつも食べてあげてた」
「ふうん」
母の口から父の話が出たのは久しぶりだった。
「健二、あんたのお父さんの事ね、母さん、すごく好きだった。結婚して、あんたが生まれて、でも、仕事も好きでやめられなかった。仕事も家庭も育児もって、でも実際問題それは無理だった」
「うん」
「あんたには淋しい思いさせたし、正直キツイ時もいっぱいあった。でも、その選択に後悔はしてないよ」
「うん」
「あんたも、全力で奪い取りたいものができるといいね」
「……それって奪わないとダメなの?」
「奪わなくてもいいけどさ。いや、心を奪い奪われ、人生は弱肉強食。欲望に忠実な者が……」
♪~。
久子のスマホが鳴った。
「あ、ミネだ。もしもし~……うん。今話した。……大丈夫。思ったよりも大人だったよ……」
恋人と電話で話す母は自分に見せる親の顔ではなく、一人の人を愛し、愛される、とても幸せそうな顔をしていた。
衝撃の母の告白……だったはずだけれど、なぜだか自然に受け入れている灰谷自身がいた。
久子にそう告げられて灰谷は寿司を喉に詰まらせそうになった。
「まあすぐにじゃなくて、ゆくゆくは、みたいな事なんだけど。その位の気持ちって事。まずは峰岸と一緒に退職して新しい会社を始める」
お茶で寿司を流しこみながら灰谷は言った。
「……なんて言っていいかわかんないんだけど」
「だよね」
灰谷の中で様々な思いが渦を巻いた。
退職、会社設立はまあいいとして、結婚、しかも会社の部下で同性と?
同性?
いつからそういう……いや、もしかして元から……え?じゃあオレの父親って……。
「いいよ。なんでも聞いて?」
灰谷は母の顔を改めて見つめた。
息子の目から見ても母親はいい女だった。
仕事を妥協なくバリバリこなして、時々酔っ払ってベタベタしてくるけれど、弱音は決して吐かない。
子供の頃は正直淋しかったし、もっと一緒にいて欲しいと思った事もあった。
良く言えば放任、でも、それも灰谷自身を信頼してくれているからなのだ、と折りに触れ感じてもいた。
そんな母に公私共にパートナーができる。
相手が同性だからといって、なんの問題もなかった。
「おめでとう」
「え?」
「おめでとう。良い人見つかって良かった」
「健二」
不安そうな顔が一転、久子の顔が輝いた。
「いや、老後世話しなくてもいいし。助かった」
「あんたね」
「いや冗談だけど。ホントにおめでとう。オレ、来年高校卒業だし。大学は行きたいんだけど。そしたら自立するから。それまではよろしくお願いします」
「喜んで」
「居酒屋か!」
「はあ~」
久子は大きく息を吐いた。
「何?」
「いやだって。緊張するわよ。子供へのカミングアウトは」
久子はビールをグビグビと飲み干した。
「プハーッ。ウマイ。でね、真島くんちにも報告がてらご挨拶に行こうかなって思ってんの。節子さんと久しぶりにおしゃべりもしたいし」
「真島、今、家にいないよ」
「何、家族旅行?」
「いや、真島だけ。一人旅だってさ」
「あんたは誘われなかったんだ?」
「うん」
「そう。まあ、たまには離れてみるのもいいんじゃない」
以前、中田にも同じことを言われたことを灰谷は思い出した。
「オレたちって、そんなにベッタリかな」
「ん~?いいんじゃない。仲良きことは美しきかな。あたしが働いてばっかりで、あんた一人にしてたからね。真島くんと真島くんちには本当に感謝してるわ」
そうなんだよな。
ガキの頃から一緒で、親同士もよく知ってて。
親友……。
それがオレたちなんだよな。
そこに新しい関係が果たして生まれるのか。
オレはどうしたい?
真島とどうしたい?
今と何が変わって、何が変わらないんだ?
いや、つうかそもそも真島はオレとどうしたいと思ってるんだろう。
考えてみればオレが勝手に知っちゃっただけで告白されたわけでもねえしな……。
「ふう~」
「何よ、ため息なんて」
「母ちゃん」
「ん?」
「その人の事、好き?」
「好きだよ」
なんの躊躇もなく久子は答えた。
そのレスポンスの速さに、答えの迷いのなさに灰谷は少しだけ感動した。
「同性でも?」
「同性でも。っていうかそこはあんまり関係ないけど」
「関係ないんだ」
「関係ない事もないか。女性として生きてきた彼女を好きになったんだから」
「そこは障害にはなんなかったの?」
「ん~」
久子は少し考えこんだ。
「……障害にはならなかったけど、多少物事を見にくくしてたかもね」
「?」
「お互いの考えてる事が手に取るようにわかって。あたしに足りないところを埋めてくれて。一緒にいると楽しくて好きで大好きでいつも一緒にいたい。でも、それは友情、親友とかでもいいんじゃないかって」
「うん」
「でもね、相手も自分の事を同じ様に感じてくれているって知った時にね、足りないって思ったの。もっともっとミネの事を知りたい。あたししか知らないミネが欲しい。全部が欲しいって思った。そしたら、もう同性だとかなんだとか全部ふっとんじゃって。ほら、母さん欲張りで自分の欲望に忠実だから。わかったら、後は速いよ。全力で奪いに行く。というか、行った」
母のキラキラ光る眼は肉食獣のようだった。
「あら、息子にする話じゃないね、こういうの」
「我が母ながら、怖い。峰岸さんも驚いただろうな」
「驚いたって。でも、嬉しかったって」
「ノロケか!」
「あんた、いくらダメでしょ。頂戴」
「うん」
久子はいくらの寿司をつまんで口に入れた。
「あんたのお父さんも、いくらがダメで、あたしがいつも食べてあげてた」
「ふうん」
母の口から父の話が出たのは久しぶりだった。
「健二、あんたのお父さんの事ね、母さん、すごく好きだった。結婚して、あんたが生まれて、でも、仕事も好きでやめられなかった。仕事も家庭も育児もって、でも実際問題それは無理だった」
「うん」
「あんたには淋しい思いさせたし、正直キツイ時もいっぱいあった。でも、その選択に後悔はしてないよ」
「うん」
「あんたも、全力で奪い取りたいものができるといいね」
「……それって奪わないとダメなの?」
「奪わなくてもいいけどさ。いや、心を奪い奪われ、人生は弱肉強食。欲望に忠実な者が……」
♪~。
久子のスマホが鳴った。
「あ、ミネだ。もしもし~……うん。今話した。……大丈夫。思ったよりも大人だったよ……」
恋人と電話で話す母は自分に見せる親の顔ではなく、一人の人を愛し、愛される、とても幸せそうな顔をしていた。
衝撃の母の告白……だったはずだけれど、なぜだか自然に受け入れている灰谷自身がいた。
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