ナツノヒカリ ~親友への片思いをこじらせる高校生男子・真島くんのひと夏の物語~

カノカヤオ

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第102話 真島家の食卓/見送り

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真島と灰谷がゴミ捨てを終えて戻るとダイニングには朝食が用意されていた。
そこには真島の父親の姿もあった。

「あっ、おはようございます」
「おはよう。灰谷くん、久しぶりだね」

灰谷には父親の記憶がない。
物心ついた時には母は離婚していて母子家庭だった。

そのせいか、灰谷にとって父親のイメージと言えば真島の父親だった。
あまりしゃべらないけど、ひょうひょうとしていて、たまに面白いことをポツリと言う。
真島や真島の母節子といる時のような気楽さよりは少し緊張するというかピリッとする。

節子の作った朝食は美味しかった。
炊きたてのご飯、わかめと豆腐の味噌汁、甘い玉子焼き、きんぴらごぼう、焼き鮭、大根おろし。
ザ・日本の食卓。

灰谷が自分で作るのはトーストにハムエッグぐらいだった。
めんどくさい時はそれすらも省いてしまう。
こういうのを家庭の味って言うんだな。
真島家で食事をごちそうになる度に灰谷は思う。

「灰谷くん、お母さん、久子さんは相変わらずお忙しいの?」
「はい。なんか海外とのやり取りが増えたとかで、ここの所、ほとんど家に帰ってこないですね」
「そう。灰谷くんも淋しいわね」
「オレは別に。一人のほうが気楽だし。もう慣れました」
「そうだ灰谷。オマエ、うちに養子に来たいって言ってたじゃん」
「そんなこと言ってたの?」

節子が嬉しそうな声を上げる。

「いや、妹がいたら嫁に貰いたかったって言ったんだよ」
「んで、婿に入るんだろ」
「キャーいいわ~。それステキぃ~ね~お父さん」

「灰谷くん」

真島の父が真剣な表情をして箸を置いた。

「はい」

一瞬にして張り詰めた空気に灰谷は緊張する。

なんだ?



「――――マコは君にやらん」

真島の父はたっぷり間を取ってからそう言った。


???

灰谷の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。


ギャハハハハ~~~。

真島家の三人が突然弾けたように笑い出した。


灰谷は一人、キョトンとする。

「もう~親父ぃ~灰谷がビックリしてんじゃ~ん!!」
「アハハハ。灰谷くんごめんなさいね」
「でも、間が良かったろ」
「グッジョブ」

真島がサムズアップ。

???

「あのね、昔、信が子供の頃、よく女の子に間違えられたのよ」

節子が話し始めた。
それは灰谷も知っていた。
実際初めて見た時はそう思った。

「でね、幼稚園で同じ組の男の子が信のこと気に入っちゃって。
『マコちゃんをお嫁さんにする~』って。
それを聞いたお父さんが。
『マコは君にやらんっ』て真剣にその子に」
「つうかオレ、女じゃねーし、って。でも母ちゃん、オレの事マコって呼んでたし」
「その日からマコじゃなくて信って呼ばされるようになったのよ」

なるほど。それでもし真島に妹がいたらって話になった時、マコって名前が出たのか。

灰谷は一人納得した。

「久しぶりに出たな。オヤジの必殺、『マコは君にやらん』」
「ふふん」


真島も節子も真島の父もニコニコ笑っていた。

ホントに仲がいいな、真島家は。
笑いのハードルはかなり低いけど。
いいな。
この家に婿で入れたら楽しかっただろうな。


「でも母さん、この間、マコって言ってたな」
「え?いつ?」
「熱中症で倒れてた時。『お父さーん、マコ、マコが。お父さーんって』」
「あらそう?気がついてなかったわ。やだ、とっさに出ちゃったのね」
「まあ、たとえ背丈が追い抜かされそうになったとしても、親にとっては、子供はいつまで経っても子供のままだって事だな」

それを聞いた真島の顔が少し曇ったように灰谷には見えた。

「母ちゃん、おかわり」
「は~い。灰谷くん、おかわりは?」
「ああ、じゃあお願いします」
「は~い。遠慮しないでいっぱい食べてね」

真島はモリモリとご飯を口にかきこんだ。

ま、食べれるうちは、大丈夫か。

灰谷もご飯をかきこんだ。




「んじゃあな」

玄関先で真島が見送ってくれる。

「うん。明日バイト、何時からだっけ?十一時?」
「おう。十時半に迎えに来るな」
「いや、もうチャリあるし。迎えに来なくていいよ」
「ああ、そっか。だな。じゃ、明日店でな」
「おお。灰谷、タカユキしてくれてありがとうな」
「おう」

灰谷は真島を見つめた。
いつもと変わりない真島の顔だった。

こいつ、本当にオレのこと……?

「どした?」
「なんでもない。んじゃな」
「ウィーッス」

玄関のドアから顔を出して真島が手を振っている。
灰谷は自転車を漕ぎ出した。
いつものように振り返らずに手を振った。
だから気がつかなかった。
真島がこの日も姿が見えなくなるまで灰谷の背中を見つめ続けていたことを。

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