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第39話 佐藤が見たもの
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「灰谷ぃ~」
その晩、灰谷のバイト先のコンビニを佐藤が訪れた。
両手に紙袋を下げている。
「おっ、どしたの珍しいな佐藤。つうかなんだその大荷物。一人?中田は?」
「あいつは例によって服屋でバイトしてその後、杏子ちゃんとデートだよ。確か」
「ふう~ん。で、どした。あっ、真島は今日シフト入ってないよ」
真島のフレーズに佐藤はピクリとした。
「し、知ってる。灰谷、今日何時まで」
「ん~、あと15分くらいかな」
「じゃあ、オレ待ってるわ。いっしょにメシでも食って帰ろう」
「いいけど。どした?」
「うん。あ~、あとで話す」
いつも元気な佐藤がなんだかしょんぼりしている。
珍しいこともあるもんだ。
灰谷は思った。
バイトも終わり、灰谷は雑誌コーナーで立ち読みをしていた佐藤に声をかける。
「お待たせ。メシ、どこにする?吉牛?」
「吉牛?いや、もっと落ち着けるとこがいい」
「そっか、マック?サイゼ?」
「うんにゃ、ファミレス行こ」
「オレ、今日あんま金持って来てないわ」
「ああ、オレあるから。貸すわ。いつでもいい」
いつも金欠の佐藤にしては珍しいことだった。
「今日貯金おろしたからさ」
「貯金おろしたの?」
「うん」
ファミレスに着いても、佐藤はイマイチ元気がなかった。
「おい、どした」
「ん?」
「元気ねえじゃん」
「ああ。うん。まあ」
いつもなら自分の分をペロリと平らげて、「ちょっと頂戴」と言っては仲間のものをガバガバ奪うように食べるのに、佐藤の皿にはまだ半分以上パスタが残っていた。
「食うか?」
灰谷は自分の皿の付け合せのポテトフライを勧めてみた。
「ん。いいわ」
灰谷の知っている限りで佐藤が食べ物の誘いを断ったのはこれが初めてだった。
なんか……よっぽどだな。
灰谷はまず近いところから話題を振ってみることにした。
「その荷物、何?」
「ああ。フィギュア。新しく専門店ができてさ」
嬉しそうに佐藤が話し始めた。
「へえ~どこに?」
「北口の奥の方」
「あ~ホテル街の方か」
「そ……そう。そっちに」
佐藤の顔が少し引きつったように見えた。
「で、行ってみたら探してたの見つけたから買ってきた」
「へえ~。あ、それで貯金おろしたのか。高いんだろ」
「ん~まあ。でも限定であんまり出回ってないしプレミアついちゃってるからさ。見つけたら即買わないと」
「ふ~ん。そんなもん?」
「そんなもんだよ」
いつもなら、聞いてもいないのに手に入れたお宝について話し始めるのにそれもせず、佐藤はなんだかソワソワと落ち着かない様子を見せていた。
「佐藤、オマエ、どした?」
「ん?ああ。いや……灰谷、最近真島と会ってる?」
「おととい泊まったけどあいつんち」
「そっか。真島、どう?」
まさかセフレの話はできないな佐藤には刺激が強すぎる、と灰谷は思った。
「ん~。バイトばっかりしてるよ」
「そっか」
「何?真島がどうかした?」
「ん~」
佐藤はしばらくアイスコーヒーをストローでチューチュー吸っていたが、突然、叩きつけるようにテーブルに置いた。
「ダメだ!オレ、黙ってるとかできねえわ。もう話したい。話す。いいか灰谷」
「なんだよ」
いつもヘラヘラしているくせに、いつになく真面目な表情の佐藤に灰谷は驚いた。
「オレ、今日昼間、真島を見たんだよ」
「へえ」
「すんげえとこでさ」
「すんげえとこ?」
「だからその、フィギュア買いに行った時さ。その……ホテル街の入口で」
「ああ」
「知ってんの?」
佐藤が目をむいた。
「いや、知らないけど。別にホテル街にいたっておかしくねえだろ」
「まあ、おかしくはねえけどさ。オレもね、べつに女と入ってくの見たってんだったら、ショックだけど」
「ショックって」
「だってようチェリーボーイズが……っ」
興奮した佐藤の声が大きくなって周囲の視線が集まった。
「声大きいって」
「ワリぃ」
佐藤は自分と真島をチェリーボーイズと呼んでいた。
「で?女と入って行ったからショックなの?」
「いや……だからそうじゃなくて、さ」
「ああ」
「ああってもう。で、気になったからすぐ真島に電話したんだよ。したら電源切れててさ。それってなんかこう」
灰谷は思った。
ああ、例のセフレだな。
なんだそれ見てショック受けちゃたのか佐藤。
「佐藤、それはさ……」
「男とホテルって、ありえなくねえ」
「は?」
「だからさ、真島よく、オレにホモるかっていうじゃん。あれって本気だったのかなって」
「待て、佐藤。真島が男とホテルに入って行ったの?」
「そうだよ。つうか路地に消えていったんだって。だからオレ、パニクってんじゃん」
男?
「あいつわりとモテんのに女っ気ないしさ。ホントにホモなのかなってさ」
「……見間違いじゃねえの」
「じゃねえよ。オレ、目はいいもん。見てない見てないって思いこもうとしたけど、あれ、間違いなく真島だったもん」
「でも、オマエが見たのは路地に入っていっただけで、ホテルに入って行ったところを見たわけじゃないんだろ?」
「そ……それはそうだけど。そん時まさに男同士のカップルがイチャイチャしながら出てきたんだよ。だからそういう通りだろ、あそこ。そうじゃないのにあんなとこ行く必要ないじゃん」
一人でまくし立てると佐藤はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「男ってどんな?」
「ん~なんかスーツ来たリーマン」
「何歳ぐらいの?」
「後ろ姿だけだけど。若いと思うよ。20代後半じゃないかな。すらりとして真島より背が高かったし」
「情況証拠だけじゃなあ」
「いや、オレの推理は完璧だっつーの。だから絶望してんじゃんか」
――真島が男とホテルに。
――ホモ。
まさかなあ~。
ふいに灰谷の頭に真島の言葉が蘇った。
『付き合えないんだからしょうがねえだろ』。
付き合いたいけど付き合えない。
男だから?
いやいやまさか。
「どうしよう灰谷~。オレ、今度真島と会っても普通でいられる自信がねえ。んでもカミングアウトとかされても受け止めきれる自信もねえし」
「佐藤。オマエ、一旦考えるのやめろ。妄想力豊かなオマエの推理は当てにならない」
「ん~そうかなあ。そんなことないと思うけど……」
「とりあえずオレが真島と話してみるから。あと、中田にも黙ってろよ」
「え~」
「多分、なんかあんだよ。オマエの勘違いだよ」
「だといいけど~。あ~でもなんか灰谷に話したらお腹すいてきた」
佐藤はパスタの残りをガツガツと頬張りはじめた。
なんか……。
灰谷は思う。
なんか、真島の事で知らないことなんかなかった気がしてたけど。
つうかそんなことすらも考えたことなかった。
ガキの頃からほとんど毎日一緒にいて遊んで。
でも今年の夏はなんか……なんか違うんだよな。
灰谷の心はモヤモヤとした。
その晩、灰谷のバイト先のコンビニを佐藤が訪れた。
両手に紙袋を下げている。
「おっ、どしたの珍しいな佐藤。つうかなんだその大荷物。一人?中田は?」
「あいつは例によって服屋でバイトしてその後、杏子ちゃんとデートだよ。確か」
「ふう~ん。で、どした。あっ、真島は今日シフト入ってないよ」
真島のフレーズに佐藤はピクリとした。
「し、知ってる。灰谷、今日何時まで」
「ん~、あと15分くらいかな」
「じゃあ、オレ待ってるわ。いっしょにメシでも食って帰ろう」
「いいけど。どした?」
「うん。あ~、あとで話す」
いつも元気な佐藤がなんだかしょんぼりしている。
珍しいこともあるもんだ。
灰谷は思った。
バイトも終わり、灰谷は雑誌コーナーで立ち読みをしていた佐藤に声をかける。
「お待たせ。メシ、どこにする?吉牛?」
「吉牛?いや、もっと落ち着けるとこがいい」
「そっか、マック?サイゼ?」
「うんにゃ、ファミレス行こ」
「オレ、今日あんま金持って来てないわ」
「ああ、オレあるから。貸すわ。いつでもいい」
いつも金欠の佐藤にしては珍しいことだった。
「今日貯金おろしたからさ」
「貯金おろしたの?」
「うん」
ファミレスに着いても、佐藤はイマイチ元気がなかった。
「おい、どした」
「ん?」
「元気ねえじゃん」
「ああ。うん。まあ」
いつもなら自分の分をペロリと平らげて、「ちょっと頂戴」と言っては仲間のものをガバガバ奪うように食べるのに、佐藤の皿にはまだ半分以上パスタが残っていた。
「食うか?」
灰谷は自分の皿の付け合せのポテトフライを勧めてみた。
「ん。いいわ」
灰谷の知っている限りで佐藤が食べ物の誘いを断ったのはこれが初めてだった。
なんか……よっぽどだな。
灰谷はまず近いところから話題を振ってみることにした。
「その荷物、何?」
「ああ。フィギュア。新しく専門店ができてさ」
嬉しそうに佐藤が話し始めた。
「へえ~どこに?」
「北口の奥の方」
「あ~ホテル街の方か」
「そ……そう。そっちに」
佐藤の顔が少し引きつったように見えた。
「で、行ってみたら探してたの見つけたから買ってきた」
「へえ~。あ、それで貯金おろしたのか。高いんだろ」
「ん~まあ。でも限定であんまり出回ってないしプレミアついちゃってるからさ。見つけたら即買わないと」
「ふ~ん。そんなもん?」
「そんなもんだよ」
いつもなら、聞いてもいないのに手に入れたお宝について話し始めるのにそれもせず、佐藤はなんだかソワソワと落ち着かない様子を見せていた。
「佐藤、オマエ、どした?」
「ん?ああ。いや……灰谷、最近真島と会ってる?」
「おととい泊まったけどあいつんち」
「そっか。真島、どう?」
まさかセフレの話はできないな佐藤には刺激が強すぎる、と灰谷は思った。
「ん~。バイトばっかりしてるよ」
「そっか」
「何?真島がどうかした?」
「ん~」
佐藤はしばらくアイスコーヒーをストローでチューチュー吸っていたが、突然、叩きつけるようにテーブルに置いた。
「ダメだ!オレ、黙ってるとかできねえわ。もう話したい。話す。いいか灰谷」
「なんだよ」
いつもヘラヘラしているくせに、いつになく真面目な表情の佐藤に灰谷は驚いた。
「オレ、今日昼間、真島を見たんだよ」
「へえ」
「すんげえとこでさ」
「すんげえとこ?」
「だからその、フィギュア買いに行った時さ。その……ホテル街の入口で」
「ああ」
「知ってんの?」
佐藤が目をむいた。
「いや、知らないけど。別にホテル街にいたっておかしくねえだろ」
「まあ、おかしくはねえけどさ。オレもね、べつに女と入ってくの見たってんだったら、ショックだけど」
「ショックって」
「だってようチェリーボーイズが……っ」
興奮した佐藤の声が大きくなって周囲の視線が集まった。
「声大きいって」
「ワリぃ」
佐藤は自分と真島をチェリーボーイズと呼んでいた。
「で?女と入って行ったからショックなの?」
「いや……だからそうじゃなくて、さ」
「ああ」
「ああってもう。で、気になったからすぐ真島に電話したんだよ。したら電源切れててさ。それってなんかこう」
灰谷は思った。
ああ、例のセフレだな。
なんだそれ見てショック受けちゃたのか佐藤。
「佐藤、それはさ……」
「男とホテルって、ありえなくねえ」
「は?」
「だからさ、真島よく、オレにホモるかっていうじゃん。あれって本気だったのかなって」
「待て、佐藤。真島が男とホテルに入って行ったの?」
「そうだよ。つうか路地に消えていったんだって。だからオレ、パニクってんじゃん」
男?
「あいつわりとモテんのに女っ気ないしさ。ホントにホモなのかなってさ」
「……見間違いじゃねえの」
「じゃねえよ。オレ、目はいいもん。見てない見てないって思いこもうとしたけど、あれ、間違いなく真島だったもん」
「でも、オマエが見たのは路地に入っていっただけで、ホテルに入って行ったところを見たわけじゃないんだろ?」
「そ……それはそうだけど。そん時まさに男同士のカップルがイチャイチャしながら出てきたんだよ。だからそういう通りだろ、あそこ。そうじゃないのにあんなとこ行く必要ないじゃん」
一人でまくし立てると佐藤はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「男ってどんな?」
「ん~なんかスーツ来たリーマン」
「何歳ぐらいの?」
「後ろ姿だけだけど。若いと思うよ。20代後半じゃないかな。すらりとして真島より背が高かったし」
「情況証拠だけじゃなあ」
「いや、オレの推理は完璧だっつーの。だから絶望してんじゃんか」
――真島が男とホテルに。
――ホモ。
まさかなあ~。
ふいに灰谷の頭に真島の言葉が蘇った。
『付き合えないんだからしょうがねえだろ』。
付き合いたいけど付き合えない。
男だから?
いやいやまさか。
「どうしよう灰谷~。オレ、今度真島と会っても普通でいられる自信がねえ。んでもカミングアウトとかされても受け止めきれる自信もねえし」
「佐藤。オマエ、一旦考えるのやめろ。妄想力豊かなオマエの推理は当てにならない」
「ん~そうかなあ。そんなことないと思うけど……」
「とりあえずオレが真島と話してみるから。あと、中田にも黙ってろよ」
「え~」
「多分、なんかあんだよ。オマエの勘違いだよ」
「だといいけど~。あ~でもなんか灰谷に話したらお腹すいてきた」
佐藤はパスタの残りをガツガツと頬張りはじめた。
なんか……。
灰谷は思う。
なんか、真島の事で知らないことなんかなかった気がしてたけど。
つうかそんなことすらも考えたことなかった。
ガキの頃からほとんど毎日一緒にいて遊んで。
でも今年の夏はなんか……なんか違うんだよな。
灰谷の心はモヤモヤとした。
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