上 下
13 / 51

ただひたすら剣を振る、そして俺は村を旅立つ。

しおりを挟む
 翌朝。俺は薄暗い自室で出発の準備をしていた。


「よし。こんなもんか」


 三週間前に届いたルヴリーゼ騎士学院の制服に身を包み、ベッド横の姿見鏡で確認する。
 紺色のズボン、黒いシャツ、白いジャケット。軍服がモチーフになっている制服は着心地がよく、そして思っていた以上に動きやすい。


「やっぱり制服は気が引き締まる」


 入寮時の服装はなんでもいいそうだが、俺は学院の制服を着ていくことにした。


「んー、ちょっと短くしすぎた気もするが……まあすぐに伸びるだろう」


 母さんに短く切り揃えてもらった黒髪を触って確かめる。刈り上げた側頭部の触り心地が抜群にいい。


「さあ、行くか」


 刃引きした長剣ロングソードを腰に帯び、机に置いてあった新しい学生鞄を肩にかける。この鞄は制服や教科書と一緒に学院から郵送されたものだった。

 準備が整った俺はドアまで歩いていき、最後に振り返って自室の風景を目に焼きつける。


「いままでありがとう。俺はしばらく留守にするよ」


 ほんの少しの心細さを胸に、深く一礼して部屋を後にした。
 あくびを噛み殺しながら階段を下り、冷たい廊下を歩いていく。


「やあ、ギルバート君。おはよう」


 居間に入ると、聞き覚えのある声に迎えられた。


「おはようございます。ハウゼン師匠を裏ではパパと呼んでいる可愛い学院長」


 スーツ姿が映える麗人――ジェシカさんである。
 彼女は我が家のソファで長い足を組み、上品にお茶を楽しんでいた。
 湯飲み茶わんを持ってここまで絵になる人も珍しい。


「っ!? げほっ、ごほっ……!」


 ビクッと体を震わせて、ジェシカさんが激しく咳き込む。後頭部でひとつに結んだ紫髪が揺れた。


「は、はははは! 君ぃ、いい根性してるじゃないか。誰のために朝早くから転移魔法を使ってここへ来てると思っているのかな? 君のためなんだよ? そこのところわかってるかい?」
「あ、すみません。つい口から出てしまいました」
「……今回は許すが、学院ではくれぐれも言うんじゃないぞ」


 ジェシカさんは「ふん」と鼻を鳴らし、湯飲み茶わんを一気にあおる。
 入学試験以来、デトーリ親子はなんやかんや週一で遊びにくるので、いつの間にか仲良くなっていた。


「君はまぎれもなくカグヤ先輩のお子さんだよ……。まったく、似なくてもいいところまでそっくりなんだから困ったものだ」


 母さんから受け継いだ俺の遺伝子が原因なのかわからないが、ジェシカさんを見るとついイジりたくなってしまう。
 でも学院では立場もあるだろうし、本当に気を付けないといけないな。


「あら、もう準備終わったの? ギルバート」


 エプロン姿の母さんがやって来て、俺の服装をまじまじと眺めている。
 笑みを浮かべた俺は「準備万端だよ」と答えた。


「うんうん、よく似合ってるよ。馬子にも衣裳とはこのことだね」
「……それ褒めてないよな、母さん」


 半眼で睨みつけると、母さんは楽しそうに笑って、


「冗談よ、冗談」


 俺の髪をわしゃわしゃ撫でる。


「ん?」


 不意に、玄関のドアが開く音がした。父さんか?


「おおっ、新しい制服もよく似合っているな! 息子よ」


 やっぱり父さんだった。筋骨隆々の大きな体が、冷たい空気を引き連れて居間に入ってくる。


「こんな朝早くにどこか行ってきたのか? 父さん」
「ちょっとブルーノに用があってな。出かけてきた」


 さっき部屋で時計を見た時は五時を少し回ったところだった。


「……父さん、さすがにこんな早い時間に訪ねるのは迷惑だと思う」


 ちなみにブルーノさんは俺と父さんが愛用している長剣や木刀をつくってくれているこの村の鍛冶師だ。あっ、そういえばハウゼン師匠もブルーノさんの剣を使っていたな。


「頼むから父をそんな目で見ないでくれ。それに朝早く訪ねてこいと言ったのはブルーノのほうなんだぞ」 


 大きな体を縮こまらせて父さんは肩を落とす。
 が、すぐに頭を振って気を取り直すと、


「受け取れギルバート。騎士学院に入学するお前へ、ブルーノからの餞別だ」


 隠すように後ろ手で持っていた――木刀を俺に差し出した。


「これ……俺に?」
「ああ、黒檀こくたんでつくられた最高級の木刀だ。道場にある本赤樫ほんあかがしの木刀と比べると色も艶も違うだろう?」


 黒い木刀を恭しく受け取り、眼前まで持ち上げる。
 色、艶、重量、寸法……父さんの言う通り、いままで使ってきた木刀とはまるで違う。


「この木刀……もしかして剣と同じ長さ? 剣に比べれば軽いけど、普通の木刀よりもずっしりくるね」
「おっ、気づいたか。それはブルーノの気遣いだ。木刀から剣に持ち替えてもあまり違和感が出ないようにな」
「でも、どうやって木を重くしているんだ?」
「中に金剛鉄アダマンタイドの芯が入ってるらしいぞ。重さはそれで調整したんだとさ」
「……今度、直接お礼を伝えるよ。礼なんかいらねぇって怒られそうだけど」


 そう言って俺は小さく笑う。
 子どもの頃、無口で職人気質なブルーノさんのことが怖かったことを思い出す。


「おう。嫌がるだろうけど言ってやれ。木刀の完成が遅れたのはブルーノが気合を入れすぎたせいだからな」


 俺を応援する気持ちが木刀から伝わってくる。これを貰ったからには頑張らないといけないな。


「……あのー、すみません。そろそろ出発してもよろしいでしょうか。私も仕事があるので、あまりゆっくりはしていられないのです」


 頃合いを見計らい、ジェシカさんがソファから立ち上がる。
 そして持っていた湯飲み茶わんを「ご馳走様でした」と母さんに渡した。


「迷惑かけるだろうけど、ギルバートのことよろしくねジェシカ」
「お任せください」


 にっこり笑い合う母さんとジェシカさん。
 そんな二人を横目に父さんが俺の腕を掴んで、


「……息子よ、ちょっとこっちこい」
「え?」
「いいから。すぐ終わる」


 何故か部屋の隅に連行された俺は、困惑の顔で首をひねる。


「これから話すことは嘘でも冗談でもない……いたって真面目な話だ」
「いや顔近いんだけど」


 改まって何の話だろう。いつになく真剣な表情だ。


「息子よ、あのな……」


 父さんはそこで一度言葉を切り、少し間を置いてからこう続けた。


「お前はすでに学生の強さを逸脱している。これから騎士学院に通うお前に言うのもなんだが……今すぐ正騎士せいきし団に入っても即戦力の実力だ」
「もったいぶるから何を言われるかと思えば……。父さん、俺はまだまだ未熟――」
「いいや、お前は強い。強すぎるんだ。だからな、学院では師匠と修行をする時以外は、むやみやたらに本気を出さない方がいいと父は思う」


 俺の声を遮り、父さんは強い口調で言う。目が本気だ。


「いいか。生徒を相手にする時は特に気をつけろ」


 有無を言わさぬ父の忠告に、俺は黙って頷くことしかできなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

最底辺の落ちこぼれ、実は彼がハイスペックであることを知っている元幼馴染のヤンデレ義妹が入学してきたせいで真の実力が発覚してしまう!

電脳ピエロ
恋愛
時野 玲二はとある事情から真の実力を隠しており、常に退学ギリギリの成績をとっていたことから最底辺の落ちこぼれとバカにされていた。 しかし玲二が2年生になった頃、時を同じくして義理の妹になった人気モデルの神堂 朱音が入学してきたことにより、彼の実力隠しは終わりを迎えようとしていた。 「わたしは大好きなお義兄様の真の実力を、全校生徒に知らしめたいんです♡ そして、全校生徒から羨望の眼差しを向けられているお兄様をわたしだけのものにすることに興奮するんです……あぁんっ♡ お義兄様ぁ♡」 朱音は玲二が実力隠しを始めるよりも前、幼少期からの幼馴染だった。 そして義理の兄妹として再開した現在、玲二に対して変質的な愛情を抱くヤンデレなブラコン義妹に変貌していた朱音は、あの手この手を使って彼の真の実力を発覚させようとしてくる! ――俺はもう、人に期待されるのはごめんなんだ。 そんな玲二の願いは叶うことなく、ヤンデレ義妹の暴走によって彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて玲二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 義兄の実力を全校生徒に知らしめたい、ブラコンにしてヤンデレの人気モデル VS 真の実力を絶対に隠し通したい、実は最強な最底辺の陰キャぼっち。 二人の心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...