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ただひたすら剣を振る、そして俺は村を旅立つ。
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翌朝。俺は薄暗い自室で出発の準備をしていた。
「よし。こんなもんか」
三週間前に届いたルヴリーゼ騎士学院の制服に身を包み、ベッド横の姿見鏡で確認する。
紺色のズボン、黒いシャツ、白いジャケット。軍服がモチーフになっている制服は着心地がよく、そして思っていた以上に動きやすい。
「やっぱり制服は気が引き締まる」
入寮時の服装はなんでもいいそうだが、俺は学院の制服を着ていくことにした。
「んー、ちょっと短くしすぎた気もするが……まあすぐに伸びるだろう」
母さんに短く切り揃えてもらった黒髪を触って確かめる。刈り上げた側頭部の触り心地が抜群にいい。
「さあ、行くか」
刃引きした長剣を腰に帯び、机に置いてあった新しい学生鞄を肩にかける。この鞄は制服や教科書と一緒に学院から郵送されたものだった。
準備が整った俺はドアまで歩いていき、最後に振り返って自室の風景を目に焼きつける。
「いままでありがとう。俺はしばらく留守にするよ」
ほんの少しの心細さを胸に、深く一礼して部屋を後にした。
あくびを噛み殺しながら階段を下り、冷たい廊下を歩いていく。
「やあ、ギルバート君。おはよう」
居間に入ると、聞き覚えのある声に迎えられた。
「おはようございます。ハウゼン師匠を裏ではパパと呼んでいる可愛い学院長」
スーツ姿が映える麗人――ジェシカさんである。
彼女は我が家のソファで長い足を組み、上品にお茶を楽しんでいた。
湯飲み茶わんを持ってここまで絵になる人も珍しい。
「っ!? げほっ、ごほっ……!」
ビクッと体を震わせて、ジェシカさんが激しく咳き込む。後頭部でひとつに結んだ紫髪が揺れた。
「は、はははは! 君ぃ、いい根性してるじゃないか。誰のために朝早くから転移魔法を使ってここへ来てると思っているのかな? 君のためなんだよ? そこのところわかってるかい?」
「あ、すみません。つい口から出てしまいました」
「……今回は許すが、学院ではくれぐれも言うんじゃないぞ」
ジェシカさんは「ふん」と鼻を鳴らし、湯飲み茶わんを一気にあおる。
入学試験以来、デトーリ親子はなんやかんや週一で遊びにくるので、いつの間にか仲良くなっていた。
「君はまぎれもなくカグヤ先輩のお子さんだよ……。まったく、似なくてもいいところまでそっくりなんだから困ったものだ」
母さんから受け継いだ俺の遺伝子が原因なのかわからないが、ジェシカさんを見るとついイジりたくなってしまう。
でも学院では立場もあるだろうし、本当に気を付けないといけないな。
「あら、もう準備終わったの? ギルバート」
エプロン姿の母さんがやって来て、俺の服装をまじまじと眺めている。
笑みを浮かべた俺は「準備万端だよ」と答えた。
「うんうん、よく似合ってるよ。馬子にも衣裳とはこのことだね」
「……それ褒めてないよな、母さん」
半眼で睨みつけると、母さんは楽しそうに笑って、
「冗談よ、冗談」
俺の髪をわしゃわしゃ撫でる。
「ん?」
不意に、玄関のドアが開く音がした。父さんか?
「おおっ、新しい制服もよく似合っているな! 息子よ」
やっぱり父さんだった。筋骨隆々の大きな体が、冷たい空気を引き連れて居間に入ってくる。
「こんな朝早くにどこか行ってきたのか? 父さん」
「ちょっとブルーノに用があってな。出かけてきた」
さっき部屋で時計を見た時は五時を少し回ったところだった。
「……父さん、さすがにこんな早い時間に訪ねるのは迷惑だと思う」
ちなみにブルーノさんは俺と父さんが愛用している長剣や木刀をつくってくれているこの村の鍛冶師だ。あっ、そういえばハウゼン師匠もブルーノさんの剣を使っていたな。
「頼むから父をそんな目で見ないでくれ。それに朝早く訪ねてこいと言ったのはブルーノのほうなんだぞ」
大きな体を縮こまらせて父さんは肩を落とす。
が、すぐに頭を振って気を取り直すと、
「受け取れギルバート。騎士学院に入学するお前へ、ブルーノからの餞別だ」
隠すように後ろ手で持っていた――木刀を俺に差し出した。
「これ……俺に?」
「ああ、黒檀でつくられた最高級の木刀だ。道場にある本赤樫の木刀と比べると色も艶も違うだろう?」
黒い木刀を恭しく受け取り、眼前まで持ち上げる。
色、艶、重量、寸法……父さんの言う通り、いままで使ってきた木刀とはまるで違う。
「この木刀……もしかして剣と同じ長さ? 剣に比べれば軽いけど、普通の木刀よりもずっしりくるね」
「おっ、気づいたか。それはブルーノの気遣いだ。木刀から剣に持ち替えてもあまり違和感が出ないようにな」
「でも、どうやって木を重くしているんだ?」
「中に金剛鉄の芯が入ってるらしいぞ。重さはそれで調整したんだとさ」
「……今度、直接お礼を伝えるよ。礼なんかいらねぇって怒られそうだけど」
そう言って俺は小さく笑う。
子どもの頃、無口で職人気質なブルーノさんのことが怖かったことを思い出す。
「おう。嫌がるだろうけど言ってやれ。木刀の完成が遅れたのはブルーノが気合を入れすぎたせいだからな」
俺を応援する気持ちが木刀から伝わってくる。これを貰ったからには頑張らないといけないな。
「……あのー、すみません。そろそろ出発してもよろしいでしょうか。私も仕事があるので、あまりゆっくりはしていられないのです」
頃合いを見計らい、ジェシカさんがソファから立ち上がる。
そして持っていた湯飲み茶わんを「ご馳走様でした」と母さんに渡した。
「迷惑かけるだろうけど、ギルバートのことよろしくねジェシカ」
「お任せください」
にっこり笑い合う母さんとジェシカさん。
そんな二人を横目に父さんが俺の腕を掴んで、
「……息子よ、ちょっとこっちこい」
「え?」
「いいから。すぐ終わる」
何故か部屋の隅に連行された俺は、困惑の顔で首をひねる。
「これから話すことは嘘でも冗談でもない……いたって真面目な話だ」
「いや顔近いんだけど」
改まって何の話だろう。いつになく真剣な表情だ。
「息子よ、あのな……」
父さんはそこで一度言葉を切り、少し間を置いてからこう続けた。
「お前はすでに学生の強さを逸脱している。これから騎士学院に通うお前に言うのもなんだが……今すぐ正騎士団に入っても即戦力の実力だ」
「もったいぶるから何を言われるかと思えば……。父さん、俺はまだまだ未熟――」
「いいや、お前は強い。強すぎるんだ。だからな、学院では師匠と修行をする時以外は、むやみやたらに本気を出さない方がいいと父は思う」
俺の声を遮り、父さんは強い口調で言う。目が本気だ。
「いいか。生徒を相手にする時は特に気をつけろ」
有無を言わさぬ父の忠告に、俺は黙って頷くことしかできなかった。
「よし。こんなもんか」
三週間前に届いたルヴリーゼ騎士学院の制服に身を包み、ベッド横の姿見鏡で確認する。
紺色のズボン、黒いシャツ、白いジャケット。軍服がモチーフになっている制服は着心地がよく、そして思っていた以上に動きやすい。
「やっぱり制服は気が引き締まる」
入寮時の服装はなんでもいいそうだが、俺は学院の制服を着ていくことにした。
「んー、ちょっと短くしすぎた気もするが……まあすぐに伸びるだろう」
母さんに短く切り揃えてもらった黒髪を触って確かめる。刈り上げた側頭部の触り心地が抜群にいい。
「さあ、行くか」
刃引きした長剣を腰に帯び、机に置いてあった新しい学生鞄を肩にかける。この鞄は制服や教科書と一緒に学院から郵送されたものだった。
準備が整った俺はドアまで歩いていき、最後に振り返って自室の風景を目に焼きつける。
「いままでありがとう。俺はしばらく留守にするよ」
ほんの少しの心細さを胸に、深く一礼して部屋を後にした。
あくびを噛み殺しながら階段を下り、冷たい廊下を歩いていく。
「やあ、ギルバート君。おはよう」
居間に入ると、聞き覚えのある声に迎えられた。
「おはようございます。ハウゼン師匠を裏ではパパと呼んでいる可愛い学院長」
スーツ姿が映える麗人――ジェシカさんである。
彼女は我が家のソファで長い足を組み、上品にお茶を楽しんでいた。
湯飲み茶わんを持ってここまで絵になる人も珍しい。
「っ!? げほっ、ごほっ……!」
ビクッと体を震わせて、ジェシカさんが激しく咳き込む。後頭部でひとつに結んだ紫髪が揺れた。
「は、はははは! 君ぃ、いい根性してるじゃないか。誰のために朝早くから転移魔法を使ってここへ来てると思っているのかな? 君のためなんだよ? そこのところわかってるかい?」
「あ、すみません。つい口から出てしまいました」
「……今回は許すが、学院ではくれぐれも言うんじゃないぞ」
ジェシカさんは「ふん」と鼻を鳴らし、湯飲み茶わんを一気にあおる。
入学試験以来、デトーリ親子はなんやかんや週一で遊びにくるので、いつの間にか仲良くなっていた。
「君はまぎれもなくカグヤ先輩のお子さんだよ……。まったく、似なくてもいいところまでそっくりなんだから困ったものだ」
母さんから受け継いだ俺の遺伝子が原因なのかわからないが、ジェシカさんを見るとついイジりたくなってしまう。
でも学院では立場もあるだろうし、本当に気を付けないといけないな。
「あら、もう準備終わったの? ギルバート」
エプロン姿の母さんがやって来て、俺の服装をまじまじと眺めている。
笑みを浮かべた俺は「準備万端だよ」と答えた。
「うんうん、よく似合ってるよ。馬子にも衣裳とはこのことだね」
「……それ褒めてないよな、母さん」
半眼で睨みつけると、母さんは楽しそうに笑って、
「冗談よ、冗談」
俺の髪をわしゃわしゃ撫でる。
「ん?」
不意に、玄関のドアが開く音がした。父さんか?
「おおっ、新しい制服もよく似合っているな! 息子よ」
やっぱり父さんだった。筋骨隆々の大きな体が、冷たい空気を引き連れて居間に入ってくる。
「こんな朝早くにどこか行ってきたのか? 父さん」
「ちょっとブルーノに用があってな。出かけてきた」
さっき部屋で時計を見た時は五時を少し回ったところだった。
「……父さん、さすがにこんな早い時間に訪ねるのは迷惑だと思う」
ちなみにブルーノさんは俺と父さんが愛用している長剣や木刀をつくってくれているこの村の鍛冶師だ。あっ、そういえばハウゼン師匠もブルーノさんの剣を使っていたな。
「頼むから父をそんな目で見ないでくれ。それに朝早く訪ねてこいと言ったのはブルーノのほうなんだぞ」
大きな体を縮こまらせて父さんは肩を落とす。
が、すぐに頭を振って気を取り直すと、
「受け取れギルバート。騎士学院に入学するお前へ、ブルーノからの餞別だ」
隠すように後ろ手で持っていた――木刀を俺に差し出した。
「これ……俺に?」
「ああ、黒檀でつくられた最高級の木刀だ。道場にある本赤樫の木刀と比べると色も艶も違うだろう?」
黒い木刀を恭しく受け取り、眼前まで持ち上げる。
色、艶、重量、寸法……父さんの言う通り、いままで使ってきた木刀とはまるで違う。
「この木刀……もしかして剣と同じ長さ? 剣に比べれば軽いけど、普通の木刀よりもずっしりくるね」
「おっ、気づいたか。それはブルーノの気遣いだ。木刀から剣に持ち替えてもあまり違和感が出ないようにな」
「でも、どうやって木を重くしているんだ?」
「中に金剛鉄の芯が入ってるらしいぞ。重さはそれで調整したんだとさ」
「……今度、直接お礼を伝えるよ。礼なんかいらねぇって怒られそうだけど」
そう言って俺は小さく笑う。
子どもの頃、無口で職人気質なブルーノさんのことが怖かったことを思い出す。
「おう。嫌がるだろうけど言ってやれ。木刀の完成が遅れたのはブルーノが気合を入れすぎたせいだからな」
俺を応援する気持ちが木刀から伝わってくる。これを貰ったからには頑張らないといけないな。
「……あのー、すみません。そろそろ出発してもよろしいでしょうか。私も仕事があるので、あまりゆっくりはしていられないのです」
頃合いを見計らい、ジェシカさんがソファから立ち上がる。
そして持っていた湯飲み茶わんを「ご馳走様でした」と母さんに渡した。
「迷惑かけるだろうけど、ギルバートのことよろしくねジェシカ」
「お任せください」
にっこり笑い合う母さんとジェシカさん。
そんな二人を横目に父さんが俺の腕を掴んで、
「……息子よ、ちょっとこっちこい」
「え?」
「いいから。すぐ終わる」
何故か部屋の隅に連行された俺は、困惑の顔で首をひねる。
「これから話すことは嘘でも冗談でもない……いたって真面目な話だ」
「いや顔近いんだけど」
改まって何の話だろう。いつになく真剣な表情だ。
「息子よ、あのな……」
父さんはそこで一度言葉を切り、少し間を置いてからこう続けた。
「お前はすでに学生の強さを逸脱している。これから騎士学院に通うお前に言うのもなんだが……今すぐ正騎士団に入っても即戦力の実力だ」
「もったいぶるから何を言われるかと思えば……。父さん、俺はまだまだ未熟――」
「いいや、お前は強い。強すぎるんだ。だからな、学院では師匠と修行をする時以外は、むやみやたらに本気を出さない方がいいと父は思う」
俺の声を遮り、父さんは強い口調で言う。目が本気だ。
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