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ただひたすら剣を振る、幼馴染と将来の約束をする。
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冬の寒さも和らぎ、少しずつ春の気配が近づいてきた日の夕暮れ。
「ふんッ、ふんんッ!」
俺は今日も道場で剣を振っていた。
一段と気合が入っているのは、王立ルヴリーゼ騎士学院の入学式が近づいているからである。
入学試験を受けた二週間後、実家に合格通知が届き、俺は無事合格した。
特待生だから大丈夫だとわかってはいたが、筆記試験が悲惨すぎたので合格通知を見るまで不安だったのは――ここだけの秘密である。
「うわっ、寒い。やっぱり道場はまだ冷えるわねー」
入口の引き戸を開けて、母さんが道場に入ってきた。
「今日くらいゆっくり休みなさいギルバート。明日は朝早いんだから」
確かに母さんの言う通りか。まだ物足りないが仕方ない。
俺は明日、生まれ育ったこの村を出る。入学式は十日後だが、その前に学生寮に入ることが決まっている。
早めに入寮しておくことで王都での生活に少しでも慣れておきたいという思いもあった。
「わかった。キリのいい回数振ったらやめるよ」
素振りを続けながらそう返すと、母さんは呆れたように肩をすくめた。
何か言いたそうな顔をしていたが、くるりと反転して足早に歩き出す。
しかし――
「あっ、そうだ。ケイちゃんきてるわよ」
その途中で一度立ち止まり、それだけ言って家に戻っていった。寒がりな母さんと冬の道場は相性が悪い。
「……ケイがきてるのか」
ここ半年、あいつはほとんど俺の部屋にこなかった。魔法都市アルカナにある魔法学校に入学するため、受験勉強を頑張っていたのである。
入学試験が近づくにつれて俺の部屋に遊びにくる回数も減り、隣に住んでいるとはいえ顔を合わさない日々が続いた。
そんなケイの頑張りが実を結び、魔法学校に合格したと聞いた時は自分のことのように嬉しかったが――
「最近、どういうわけか毎日遊びにくるんだよな」
予習とかしなくて大丈夫なのだろうか。マーリン魔法学校は入学するよりも卒業することの方が難しいと聞いたことがある。
「まあ、真面目なケイのことだから心配いらないか」
幼馴染への謎の信頼感で納得し、俺は道場の戸締りをした。
そして、日が落ちて気温が下がってきた庭を駆け抜け、玄関ドアを開けて家の中へ飛び込む。
「ただいまー」
母さんの「はいおかえりー」の声に出迎えられ、俺は階段を上がって自室がある二階へ向かう。
「よう、ケイ」
自室のドアを開けると、ケイはベッドの上にちょこんと座っていた。
「お疲れ。邪魔してるよ」
「ん? 今日は何も読んでないんだな。いつも難しそうな本を持ってくるのに」
「お、おう。今日はそんな気分じゃないんだ」
珍しい。何故か今日は手ぶらだ。
それに、なんてゆうかモジモジしている。俺と目を合わせようとしないし、どこか落ち着かない様子だった。
「お前……さてはトイレ我慢してるな?」
「んなわけないだろ! 相変わらずデリカシーないな! 女の子にそんなこと言うな!」
めちゃくちゃ怒鳴られた。そこまで怒ることでもないだろと思ったが、素直に「すまん」と謝る。
「ん。……まあ座れば」
言ってケイは、自分が座っている隣をポンポンと叩く。
「いや、俺のベッドなんだが」
「いいから!」
様子がおかしいケイを不思議に思いつつも、俺はベッドに座った。
「…………」
「…………」
微妙な沈黙が流れる。
何とも言えない気まずさを感じていると、ケイがようやく口を開いた。
「ギルさ、明日この村を出るんだろ? カグヤさんに聞いたぞ」
「あれ、そういえばお前には伝えてなかったか。明日から王都の学生寮に入るんだ」
「……そっか。じゃあしばらく会えないんだな」
「だな。お前も村を出るんだろ? 魔法都市アルカナって、ここからだと王都より遠いよな」
「ああ。でも、マーリン魔法学校はちょっと入学式が遅いんだ。オレはもう少し村でゆっくりできる」
ケイともしばらく会えなくなるのか。そこんところあまり深く考えていなかった。
急に寂しくなってきた。ずっと一緒に育ってきたし、隣にいて当たり前の存在だったからな。
「なあギル、お前の夢……変わってないよな?」
俺の肩にケイが寄りかかってくる。いい匂いがした。隣から聞こえてくる衣擦れの音が妙に生々しい。
「ん? なんだよ。ジロジロ見やがって」
「い、いや、なんでもない。それよりどうした。今日はやけに距離が近くないか?」
ケイには口が裂けても言えない。俺はこの時、はじめて幼馴染を異性として意識した。
「たまにはいいだろ。幼馴染なんだし。それより答えろよ、さっきの質問」
軽く頭を振って熱を冷ます。よし。
「俺の夢は今も昔も変わらない……最強の剣士になることだ。学院を卒業したら世界中の剣士たちを訪ねて回り、幾多の手合わせを経験することで己を鍛える。ま、最終的には実家の剣術道場を継ぐけどな」
「それを聞いて安心したぜ。これで心置きなく勉強に専念できる」
ベッドから立ち上がったケイは、俺の方を見て嬉しそうに微笑み、
「オレ――ううん、このワタシが、ギルの夢を叶える手助けをしてあげる。この三年間で優秀な魔法士になって帰ってくるから楽しみにしててよ!」
「え。お前、その口調どうした……」
ケイに人差し指で口を塞がれ、俺の声はそこで途切れた。
「それにギルは方向音痴だからね。ワタシがいないと世界中を旅して回るなんて無理無理」
何かをごまかすように早口で言うと、ケイは俺に背中を向ける。
真っ赤に染まった耳を見て、それが照れ隠しによるものだとわかった。
「……そうだな。お前がいないと俺は旅の途中で野垂れ死ぬかもしれない」
「でしょ? だから三年間お互いに頑張ってさ、『騎士学院最強の剣士』と『魔法学校最高の魔法士』になってこの村に帰ってこようよ」
「ああ。約束だ」
三年後の再会を約束してケイとゆびきりする。
それから俺たちは一緒に夕飯を食べ、夜が更けるまで将来のことを語り合った。
この日のことを、俺は生涯忘れることはないだろう。
「ふんッ、ふんんッ!」
俺は今日も道場で剣を振っていた。
一段と気合が入っているのは、王立ルヴリーゼ騎士学院の入学式が近づいているからである。
入学試験を受けた二週間後、実家に合格通知が届き、俺は無事合格した。
特待生だから大丈夫だとわかってはいたが、筆記試験が悲惨すぎたので合格通知を見るまで不安だったのは――ここだけの秘密である。
「うわっ、寒い。やっぱり道場はまだ冷えるわねー」
入口の引き戸を開けて、母さんが道場に入ってきた。
「今日くらいゆっくり休みなさいギルバート。明日は朝早いんだから」
確かに母さんの言う通りか。まだ物足りないが仕方ない。
俺は明日、生まれ育ったこの村を出る。入学式は十日後だが、その前に学生寮に入ることが決まっている。
早めに入寮しておくことで王都での生活に少しでも慣れておきたいという思いもあった。
「わかった。キリのいい回数振ったらやめるよ」
素振りを続けながらそう返すと、母さんは呆れたように肩をすくめた。
何か言いたそうな顔をしていたが、くるりと反転して足早に歩き出す。
しかし――
「あっ、そうだ。ケイちゃんきてるわよ」
その途中で一度立ち止まり、それだけ言って家に戻っていった。寒がりな母さんと冬の道場は相性が悪い。
「……ケイがきてるのか」
ここ半年、あいつはほとんど俺の部屋にこなかった。魔法都市アルカナにある魔法学校に入学するため、受験勉強を頑張っていたのである。
入学試験が近づくにつれて俺の部屋に遊びにくる回数も減り、隣に住んでいるとはいえ顔を合わさない日々が続いた。
そんなケイの頑張りが実を結び、魔法学校に合格したと聞いた時は自分のことのように嬉しかったが――
「最近、どういうわけか毎日遊びにくるんだよな」
予習とかしなくて大丈夫なのだろうか。マーリン魔法学校は入学するよりも卒業することの方が難しいと聞いたことがある。
「まあ、真面目なケイのことだから心配いらないか」
幼馴染への謎の信頼感で納得し、俺は道場の戸締りをした。
そして、日が落ちて気温が下がってきた庭を駆け抜け、玄関ドアを開けて家の中へ飛び込む。
「ただいまー」
母さんの「はいおかえりー」の声に出迎えられ、俺は階段を上がって自室がある二階へ向かう。
「よう、ケイ」
自室のドアを開けると、ケイはベッドの上にちょこんと座っていた。
「お疲れ。邪魔してるよ」
「ん? 今日は何も読んでないんだな。いつも難しそうな本を持ってくるのに」
「お、おう。今日はそんな気分じゃないんだ」
珍しい。何故か今日は手ぶらだ。
それに、なんてゆうかモジモジしている。俺と目を合わせようとしないし、どこか落ち着かない様子だった。
「お前……さてはトイレ我慢してるな?」
「んなわけないだろ! 相変わらずデリカシーないな! 女の子にそんなこと言うな!」
めちゃくちゃ怒鳴られた。そこまで怒ることでもないだろと思ったが、素直に「すまん」と謝る。
「ん。……まあ座れば」
言ってケイは、自分が座っている隣をポンポンと叩く。
「いや、俺のベッドなんだが」
「いいから!」
様子がおかしいケイを不思議に思いつつも、俺はベッドに座った。
「…………」
「…………」
微妙な沈黙が流れる。
何とも言えない気まずさを感じていると、ケイがようやく口を開いた。
「ギルさ、明日この村を出るんだろ? カグヤさんに聞いたぞ」
「あれ、そういえばお前には伝えてなかったか。明日から王都の学生寮に入るんだ」
「……そっか。じゃあしばらく会えないんだな」
「だな。お前も村を出るんだろ? 魔法都市アルカナって、ここからだと王都より遠いよな」
「ああ。でも、マーリン魔法学校はちょっと入学式が遅いんだ。オレはもう少し村でゆっくりできる」
ケイともしばらく会えなくなるのか。そこんところあまり深く考えていなかった。
急に寂しくなってきた。ずっと一緒に育ってきたし、隣にいて当たり前の存在だったからな。
「なあギル、お前の夢……変わってないよな?」
俺の肩にケイが寄りかかってくる。いい匂いがした。隣から聞こえてくる衣擦れの音が妙に生々しい。
「ん? なんだよ。ジロジロ見やがって」
「い、いや、なんでもない。それよりどうした。今日はやけに距離が近くないか?」
ケイには口が裂けても言えない。俺はこの時、はじめて幼馴染を異性として意識した。
「たまにはいいだろ。幼馴染なんだし。それより答えろよ、さっきの質問」
軽く頭を振って熱を冷ます。よし。
「俺の夢は今も昔も変わらない……最強の剣士になることだ。学院を卒業したら世界中の剣士たちを訪ねて回り、幾多の手合わせを経験することで己を鍛える。ま、最終的には実家の剣術道場を継ぐけどな」
「それを聞いて安心したぜ。これで心置きなく勉強に専念できる」
ベッドから立ち上がったケイは、俺の方を見て嬉しそうに微笑み、
「オレ――ううん、このワタシが、ギルの夢を叶える手助けをしてあげる。この三年間で優秀な魔法士になって帰ってくるから楽しみにしててよ!」
「え。お前、その口調どうした……」
ケイに人差し指で口を塞がれ、俺の声はそこで途切れた。
「それにギルは方向音痴だからね。ワタシがいないと世界中を旅して回るなんて無理無理」
何かをごまかすように早口で言うと、ケイは俺に背中を向ける。
真っ赤に染まった耳を見て、それが照れ隠しによるものだとわかった。
「……そうだな。お前がいないと俺は旅の途中で野垂れ死ぬかもしれない」
「でしょ? だから三年間お互いに頑張ってさ、『騎士学院最強の剣士』と『魔法学校最高の魔法士』になってこの村に帰ってこようよ」
「ああ。約束だ」
三年後の再会を約束してケイとゆびきりする。
それから俺たちは一緒に夕飯を食べ、夜が更けるまで将来のことを語り合った。
この日のことを、俺は生涯忘れることはないだろう。
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