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ただひたすら剣を振る、そして俺は魔熊と戦う。(2)

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 予測を上回る速度に少し対応が遅れた。


「――くっ」


 風を切り裂き、自慢の鉤爪かぎづめを打ち込んでくる。そこから嵐のような連撃が始まった。
 俺は後ろに下がりながら剣でいなす。反撃する余裕はない。息を入れる暇もなかった。
 こいつ、思ったより大振りしてこないな。


「はぁッ!」


 今までは守りに徹していたが、タイミングを見計らい鉤爪を強く弾く。
 わずかな時間、キンググリズリーの巨体が泳いだ。
 俺はそれを見逃さず、バックステップで一気に距離を取る。


「発達した長い爪、両手合わせればまるで十刀流の剣士だな」


 キンググリズリーは俺に向かって何度かえ、自慢の鉤爪を紫色の舌でチロチロ舐める。


「フッ。かかってこいってことか」


 切っ先を地面に下げ、剣を腰だめに構える。


「いいだろう。今度は俺からいかせてもらうッ」


 俺はグッと両脚に力を込め、その刹那、爆ぜるように飛び出した。
 残像をその場に置き去りにし、彼我ひがの距離を一瞬で詰める。

 先ほどまでとは一線を画す俺の超速に、キンググリズリーの反応がわずかに遅れた。
 血走った眼だけが俺をギロリと睨む。なんだよ、文句でも言いたげな目だな。


「アーサー流剣術――」


 だが、待ってやる義理は無い。恨むなら反応できなかった己を恨め。


火剣ひけん・【裟斬華さざんか】ッ」


 研ぎ澄まされた剣は火華ヒバナを散らし、キンググリズリーを袈裟懸けに斬る。手応えはあった。
 しかし――


「浅かったか……いや」


 岩をも両断する一撃を受けても、平然と鋭い鉤爪で反撃してきた。
 俺は全て見切り、最小限の動きで躱していく。剣を持つ両手が痺れ、攻撃を受けることができなかった。


「俺の斬撃をほとんど通さぬ体毛か……金剛鉄アダマンタイドを斬った時のことを思い出すな」


 俺はこの前、鍛冶師のブルーノさんに頼み込み、どれほどの硬さまで斬れるか店にある素材で試した。

 その時に斬れなかったものは二つ。神輝銀ミスティルと金剛鉄だ。神輝銀は硬すぎて心が折れ、金剛鉄は斬れぬまでも傷をつけることができた。


「ふんッ、はぁッ、せいッッ」


 突き、斬り上げ、横薙ぎ。
 手の痺れが取れた俺は三連撃で応戦する。
 が、思ったよりもダメージを与えられない。


「――ッ!?」


 危なかった。キンググリズリーが今までと違う攻撃を繰り出してきた。
 俺の首元を狙い、噛みついてきたのである。


「うぐぐぐ……!」


 ギリギリのところで剣で防ぎ、キンググリズリーと激しく押し合う。
 なんて力だ。純粋な力比べでは勝ち目がない。
 不意をつき、その顎先を蹴り上げる。


「×××ッ!?」


 声にならない鳴き声を上げ、キンググリズリーはひるんだ。
 俺はその隙に跳び退り、再び間合いを取る。そのまま大きく後退して体勢を立て直す。


「戦いが長引けばジリ貧だな……」


 威嚇するように唸る魔熊を真っすぐ見据える。
 身震いするほどの強敵を前に、俺は自分でも気づかぬうちに――笑っていた。


「ならば、今の俺に放てる最強をぶつけよう」


 息を吸い込むと同時に剣を振り上げ、大上段に構える。これは防御を捨てた攻撃的な構えだ。


「それでダメだったら時間を稼げばいいだけだ……ッ!」


 ドクンッ、と。金色の魔光波オーラが一段と激しく燃え上がり、やがて頭上に掲げた剣に集束してゆく。

 俺は瞼を閉じ、心の眼でキンググリズリーを捉える。

 奴の姿は前方――十メートル先にあった。その巨体を揺らし、こちらに向かって猛然と迫ってきている。
 だが俺は動かない。ジッとその時を待つ。


「グギャアァアアア!!」


 風を巻き起こし、キンググリズリーが肉薄する。
 その距離、五メートル、四メートル、三メートル……今だ。


「アーサー流剣術 奥義・【竜道りんどう】ッ!」


 俺は目を見開き、ゴウッと剣を振り下ろす。
 放たれた光速の刃は、目前に迫る鉤爪と交差した。
 辺りに静寂のとばりが下りる。


「…………」


 一歩、二歩と、キンググリズリーは覚束ない足取りで通り過ぎ、


「――俺の勝ちだ」


 ブシュウと血を噴き出して倒れる。
 頭から真っ二つに両断された巨体は、最後に激しく痙攣して事切こときれた。


「さて、戻るか」


 鋭く剣を振って返り血を払い、左腰の鞘に収める。


「あ……」


 そういえば朝飯がまだだった。ぐぅと腹が鳴る。
 キンググリズリーの肉は美味いのだろうか。空腹ゆえに少しだけ気になった。



 ◆◆◆



 夕暮れ時、俺は道場にいた。
 今日ぐらいゆっくり休めと父さんに言われ、ベッドに横になっていたが――


「ふッ、ふんッ、はあッ」


 結局、我慢できずにこうして剣を振っている。
 キンググリズリーを倒したあの後、少しして父さんや腕の立つ大人たちがやってきた。

 真っ二つになったキンググリズリーに驚いている父さんたちに、思いっきり剣を振ったら斬れたと説明したら笑われた。

 早朝の襲撃だったが村の被害はほぼゼロ。大怪我を負ったロッドさんも母さんの回復魔法で大事には至らなかったらしい。よかったよかった。


「聞いたよギル。キンググリズリーを一人で倒したんだってね」


 声をかけてきたのはケイ。
 俺の素振りを見ていると受験勉強の良い気分転換になるらしい。奇特なやつだ。


「キンググリズリーってAランクの魔物でしょ? それをやっつけちゃうなんてすげぇじゃん」
「思いのほか強くてな、ふんッ、けっこう苦戦したぞ」
「……ギルはどんどん遠くにいっちゃうな……」
「ふんッッ、ん? すまん、何か言ったか?」


 剣を振りつつ俺が尋ねると、


「なんでもねぇよ! 独り言独り言」


 ケイは笑いながら答えた。その笑顔に暗い影が見えたのは気のせいだろうか。
 それからしばらく俺たちの間に会話はなく、俺の声と、剣を振る音だけが道場に響いていた。


「ふんッ、ふんんッ」


 素振りを続けながら俺は目だけで幼馴染の方を見る。
 こいつ、また丈の短いスカートを履いてきたな。


「おいケイ、あぐら座りはやめたほうがいいぞ」
「?」


 のんきに首を傾げているケイ。
 が、やがて俺の言わんとしていることに気づき、慌ててスカートを押さえる。


「……見た?」
「ふんッ、見てないぞ、ふんッッ」


 嘘をついた。
 本当は見てしまったが、正直に白状したら怒られるに決まっている。
 俺はそんなにバカではない。


「…………ふぅ、それならよかった。今日は可愛らしいピンク色のパンツだったんだよなー」
「何を言っているんだ。今日のお前のパンツは大人っぽい紫の――」


 そこまで言って、俺はハッとする。
 思わず剣を振る手を止めてしまった。


「ギルバート?」
「ま、待てケイ。落ち着け。俺は悪くない。不可抗力だ」
「でも、見たんだよな? パンツ」


 幼馴染の笑顔がこわい。
 プルプルと小鹿のように怯えていると、ケイは壁にかけられていた木刀を手に取って……


「でりゃぁあああッ!」


 剣士顔負けの一振りで俺の尻を打ち抜いた。


「あ゛あああぁぁぁ!?」


 あまりの痛みに情けない声を出してしまう。尻がジンジンと熱い。
 でも、なんでだろうな。不思議と悪い気はしなかった。


「ケイ、いい一撃だったぞ。どうだ――お前も剣士にならないか?」
「は?」
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