【完結】えんはいなものあじなもの~後宮天衣恋奇譚~

魯恒凛

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42 前虎後狼

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「わあ! 鎮魂祭って規模が大きい祭祀なのね」
「もちろんです。青龍国の始祖である天龍さまを祀る宮中行事ですもの。麗容の街はもちろん、地方都市でも祭りが開かれるのですよ」

 雪玲しゅうりんは宮中行事である鎮魂祭に出席するため、宮廷の庭園に設置された祭祀会場に到着していた。

 青龍国の始祖である天龍に供物を備える鎮魂祭。献上する酒や料理が天まで届くよう祭祀の間中は火を絶やさず、巨大な火柱を見ながら、皇族や妃嬪、高官たちがその奉納を見守り、振る舞われる酒や料理をいただくのだ。

 舞や音楽のほか、羽林軍の猛者による演武なども天龍に捧げられ、鎮魂祭の最後は、古代弓による実演によって締められるとのこと。

 雪玲は至るところに置かれた青龍の書画や刺繍を興味深く見つめた。天界で可愛がってくれた天龍を思い出す。

(人間界だと天龍は雄々しい青龍なのね。天界だと青い髪に紺碧瞳の美丈夫で姐さんたちにモテモテだけど。それにしても、天龍は弓で射られたことがあるって言ってたから、弓の実演は嫌がりそうなんだけどな……)

 まあ、天龍を敬って行う人間界の祭祀なのだし、わざわざ言う必要もないだろうと雪玲は肩をすくめる。

 視線の先には美しい装飾が施された伝統的な弓を持つ男がいる。弓矢を手に青ざめた顔をした男は、いささか緊張し過ぎているようにも思う。

(たくさんの人の前で弓矢を射るんだもん。そりゃ緊張もするよね……。知らないお兄さん、大役だけど頑張って!)

 火柱の前にはたくさんの供物があり、その前にある舞台で芸事が披露される。凹字型に配置された席の正面からは、火柱を背景にした舞や演武が見られるのだ。

 雪玲たち妃嬪は、正面の皇帝がいる一段高い壇上の右手に席が設けられ、左手には郡王や国公、郡公などの皇族が、正面から見て左右の席には文官や武官たちがそれぞれ着席している。今日は天佑が銀の皇帝を務めているようだ。


 祭祀と聞いて堅苦しいものを覚悟していた雪玲だったが、鎮魂祭が思いのほか楽しい。

 和やかに進む祭祀は形式ばらない宴会に近いもので、宮女たちも忙しそうに配膳や酌をして回っている。文官、武官の中にはだいぶ酒が回っている者もいそうだ。

(スン……あれ? 両隣の妃嬪にはお酒が振舞われているのに、私のこれは桃を絞った果汁だよね?? 私もお酒を飲みたいのに……でも私のだけ糕点の種類が多いからいっか。巫水が御膳房にお願いしたのかな?)

 もちろん、雪玲が酔うことを心配した天佑の指示であるのだが、知る由もない。

 舞台では龍にまつわる舞や音楽の奉納が続く。色鮮やかな衣装を纏った伎女たちの踊りが終わると、その後は羽林軍の剣による演武が始まった。

(あれっ? もしかして影狼も出るの?)

 二人一組による対戦が続き、最終組として出てきたのは影狼と見るからに強そうな大きな男。体格のいい影狼よりさらに一回りは大きい対戦相手に、さすがに分が悪いのではと緊張する。

(影狼、大丈夫かな……)

 特別に設えられた舞台の上、黒い武官服を纏った二人が対峙する。

「始めっ」

 キンッ!

 積極的に攻め合う二人の剣は何度もぶつかり合い、次々と技が繰り出される。剣舞とはまた違う熱い男の闘いは高揚感があり、武官だけでなく文官たちからも歓声が上がる。

 妃嬪たちも男らしい勇姿を目を細めながら見つめつつ、満更でもなさそうな顔をしている者ばかりだ。

(わぁ! 影狼強い! あっ、危ないっ)

 気づけば雪玲も拳を握りしめて魅入っていた。

 最終的に勝利したのは影狼だった。見応えのある演武に惜しみない拍手と歓声が送られていた。

(盛り上がったな~、私も胸がどくどくってしてる! 天龍もこれは喜びそうだなあ。……ん? 射手が出てきた。そろそろ祭祀も終わりってことね)

 盛り上がった祭祀は酒が進んだ者も多く、高官たちも楽しそうだ。

 火柱の前に用意された的。

 的の真ん中に当たったらこれまた盛り上がりそうだと、雪玲はわくわくしながら弓矢の行方を待つ。

 真っ青な顔をした射手は舞台に進み皇帝に一礼をすると、こちらに背を向け火柱の前に立つ的を見据えた。弓矢を持ち狙いを定めてギリギリと弓を引く。

 比較的和やかな雰囲気で、皆がその様子を見つめている時だった。

 男は突然半回転すると、正面席に座る皇帝に向かって狙いを定めたのだ。

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 ※前虎後狼ぜんごこうろう・・・災難から逃れてまた災難。次から次へと災難に遭うこと。

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