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34 刻石流水
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――蝴蝶宮が無人になった時に忍び込めばいい
そんな風に単純に考えていた雪玲だったが、巫水が待ったをかける。
「潘充儀。蝴蝶宮は四妃に劣らぬほど使用人がいる宮です。饗宴に連れて行ける侍女は数名のみ。恐らく他の侍女や下女は蝴蝶宮に残ったままです。つまり、無人にはなりません」
「へ? そんなにいっぱい人がいるの?」
雪玲がこう思うのも無理はない。睡蓮宮の侍女は巫水と五虹のみで、後は洗濯や掃除の手伝いとして宮廷に属する下女が日中に来るだけ。
「……私が蝴蝶宮の者たちをうまく外へ誘導してみます。全員は難しいかもしれませんが、隙はできるはずです。潘充儀は機を見てうまく忍び込んでください」
「ありがとう、巫水……」
眉を下げる雪玲に巫水が微笑む。
「何をおっしゃいますか。潘家撲滅の危機を救ってくださった、言わば私たちの救世主。潘充儀が取り返したいと言っていた物のお手伝いをするのは当然のことです」
雪玲は以前から聞いてみたかったことを尋ねてみた。
「ねえ、巫水は潘家とどういう関係なの?」
ただの侍女にしては潘家に対する思い入れが強いように感じるのだ。
「……私は元々潘家の傍流で、本家の三男に嫁ぎ寡婦となったのです。潘家の九族の一員でもあり、朱亞は義妹でして……今回、ちょうどいいお目付け役だったわけです」
夫を亡くし本家にもいづらいが、実家に帰ることもできず。巫水にとっても潘家にとっても、侍女として後宮に行くのは新たな人生を始めるのにちょうど良かったのだ。
それなのに、わがままな末娘のせいで大変な事態になるところを、たまたま出会った雪玲に救われたのである。
「そうだったのね……。朱亞がどうなったかはわからないけど、私は巫水がいてくれて本当に良かったよ。いつもありがとう」
「ふふっ。私もですよ。あなたのことは本当の妹のように思っています」
微笑みあっていた二人だが、やることがある。
「そうしましたら、五虹には宴会会場で見張りをしてもらいましょう。詳しい話をしたら巻き込んでしまいますが、そのくらいなら大丈夫かと」
「うん。じゃあ、計画を立てよう」
◇ ◇ ◇
饗宴当日。
「少し遅れる旨を伝えてきてほしい。先に会場へ向かって卓にいたずらされないか見張ってくれ」
そう言って五虹を送り出すと、巫水は包みを抱え蝴蝶宮へ向かった。
少し離れてついていった雪玲は、物陰からその様子を見守る。
巫水が蝴蝶宮の侍女へ耳打ちをすると、他の侍女や使用人たちも集まってきたようだ。巫水がこちらをチラッとみて呟いた。
――いまのうちです
(ありがとう、巫水!)
周囲に誰もいないことを確認し、塀をよじ登る。入口の方に人が集まって騒がしいが、建物内はしんとしているようだ。
誰かに見られたらきっと『あられもない姿』というやつになっていると思いつつ、雪玲はなんとか塀を乗り越え、敷地内へと降り立った。
(ふう、かっこよくとはいかなかったけど、よしとしよう)
靴を脱いで片手に持ち、足音を忍ばせながら室内を素早く移動する。
衣裳部屋に到着すると、宝玉であしらわれた箱は以前と変わらない場所に置いてあった。
(あった!)
蓋を開けると、そこには天衣が綺麗に折りたたまれてあった。
(西王母に怒られるところだった……やっと取り戻せた! 雹華、返してもらうわね)
そのまま天衣を羽織り、さきほどの塀の場所まで行くと軽々と飛び越えて降り立った。だが、天衣は脱ぎ、また折りたたむ。
(こんなところを見られたらまた取られちゃう。しばらくは隠しておこう)
巫水へ目配せをすると、蝴蝶宮の侍女たちに手を振って別れていた。
急いで睡蓮宮に戻り、饗宴へ出る支度をする。巫水も到着するや否や、雪玲の崩れた髪を整え始めた。
「巫水、蝴蝶宮の侍女たちはどうやって足止めしてくれたの?」
「ふふっ、賄賂を渡したのです。裳州は成り上がり貴族と揶揄されるだけあって、潤沢な資金がございます。潘充儀はお菓子くらいにしかお金を使いませんが……後宮から金子の支給があるだけではなく、潘家からも毎月かなりの資金援助があるのですよ。崔家にだって負けていません。今回はそれを盛大に使ったというわけです」
何かを渡しているだろうと思ったが、雪玲はお菓子のお裾分けくらいに考えていた。
「え? そんな大切なお金をこのために使ってくれたの?」
「こういう時に使うべきお金なのですから問題ありません。饗宴には側近を連れて行きますから、蝴蝶宮に残っている侍女たちは忠誠心がそこまで高くないのです。潘充儀から高価な簪を数十本下賜されたから、良かったらお近づきの印にお分けする。その代わりに、うちの主の噂をなにか聞いたらこっそり教えてほしいとお伝えしたまで。
でも、実際は教えてくれなくてもいいんです。ただの目くらましですから」
にっこり笑って巫水が言う。
「潘家の者は潘充儀に、いえ、雪玲さまに足を向けて眠れません。潘家撲滅を救ってくださった大恩人。その方の願いを叶えるのは道理でございます。お役に立てて何よりでした」
(……ありがとう、巫水)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※刻石流水・・・受けた恩義はどんな小さくても心の石に刻み、施した情けは水に流すこと。
そんな風に単純に考えていた雪玲だったが、巫水が待ったをかける。
「潘充儀。蝴蝶宮は四妃に劣らぬほど使用人がいる宮です。饗宴に連れて行ける侍女は数名のみ。恐らく他の侍女や下女は蝴蝶宮に残ったままです。つまり、無人にはなりません」
「へ? そんなにいっぱい人がいるの?」
雪玲がこう思うのも無理はない。睡蓮宮の侍女は巫水と五虹のみで、後は洗濯や掃除の手伝いとして宮廷に属する下女が日中に来るだけ。
「……私が蝴蝶宮の者たちをうまく外へ誘導してみます。全員は難しいかもしれませんが、隙はできるはずです。潘充儀は機を見てうまく忍び込んでください」
「ありがとう、巫水……」
眉を下げる雪玲に巫水が微笑む。
「何をおっしゃいますか。潘家撲滅の危機を救ってくださった、言わば私たちの救世主。潘充儀が取り返したいと言っていた物のお手伝いをするのは当然のことです」
雪玲は以前から聞いてみたかったことを尋ねてみた。
「ねえ、巫水は潘家とどういう関係なの?」
ただの侍女にしては潘家に対する思い入れが強いように感じるのだ。
「……私は元々潘家の傍流で、本家の三男に嫁ぎ寡婦となったのです。潘家の九族の一員でもあり、朱亞は義妹でして……今回、ちょうどいいお目付け役だったわけです」
夫を亡くし本家にもいづらいが、実家に帰ることもできず。巫水にとっても潘家にとっても、侍女として後宮に行くのは新たな人生を始めるのにちょうど良かったのだ。
それなのに、わがままな末娘のせいで大変な事態になるところを、たまたま出会った雪玲に救われたのである。
「そうだったのね……。朱亞がどうなったかはわからないけど、私は巫水がいてくれて本当に良かったよ。いつもありがとう」
「ふふっ。私もですよ。あなたのことは本当の妹のように思っています」
微笑みあっていた二人だが、やることがある。
「そうしましたら、五虹には宴会会場で見張りをしてもらいましょう。詳しい話をしたら巻き込んでしまいますが、そのくらいなら大丈夫かと」
「うん。じゃあ、計画を立てよう」
◇ ◇ ◇
饗宴当日。
「少し遅れる旨を伝えてきてほしい。先に会場へ向かって卓にいたずらされないか見張ってくれ」
そう言って五虹を送り出すと、巫水は包みを抱え蝴蝶宮へ向かった。
少し離れてついていった雪玲は、物陰からその様子を見守る。
巫水が蝴蝶宮の侍女へ耳打ちをすると、他の侍女や使用人たちも集まってきたようだ。巫水がこちらをチラッとみて呟いた。
――いまのうちです
(ありがとう、巫水!)
周囲に誰もいないことを確認し、塀をよじ登る。入口の方に人が集まって騒がしいが、建物内はしんとしているようだ。
誰かに見られたらきっと『あられもない姿』というやつになっていると思いつつ、雪玲はなんとか塀を乗り越え、敷地内へと降り立った。
(ふう、かっこよくとはいかなかったけど、よしとしよう)
靴を脱いで片手に持ち、足音を忍ばせながら室内を素早く移動する。
衣裳部屋に到着すると、宝玉であしらわれた箱は以前と変わらない場所に置いてあった。
(あった!)
蓋を開けると、そこには天衣が綺麗に折りたたまれてあった。
(西王母に怒られるところだった……やっと取り戻せた! 雹華、返してもらうわね)
そのまま天衣を羽織り、さきほどの塀の場所まで行くと軽々と飛び越えて降り立った。だが、天衣は脱ぎ、また折りたたむ。
(こんなところを見られたらまた取られちゃう。しばらくは隠しておこう)
巫水へ目配せをすると、蝴蝶宮の侍女たちに手を振って別れていた。
急いで睡蓮宮に戻り、饗宴へ出る支度をする。巫水も到着するや否や、雪玲の崩れた髪を整え始めた。
「巫水、蝴蝶宮の侍女たちはどうやって足止めしてくれたの?」
「ふふっ、賄賂を渡したのです。裳州は成り上がり貴族と揶揄されるだけあって、潤沢な資金がございます。潘充儀はお菓子くらいにしかお金を使いませんが……後宮から金子の支給があるだけではなく、潘家からも毎月かなりの資金援助があるのですよ。崔家にだって負けていません。今回はそれを盛大に使ったというわけです」
何かを渡しているだろうと思ったが、雪玲はお菓子のお裾分けくらいに考えていた。
「え? そんな大切なお金をこのために使ってくれたの?」
「こういう時に使うべきお金なのですから問題ありません。饗宴には側近を連れて行きますから、蝴蝶宮に残っている侍女たちは忠誠心がそこまで高くないのです。潘充儀から高価な簪を数十本下賜されたから、良かったらお近づきの印にお分けする。その代わりに、うちの主の噂をなにか聞いたらこっそり教えてほしいとお伝えしたまで。
でも、実際は教えてくれなくてもいいんです。ただの目くらましですから」
にっこり笑って巫水が言う。
「潘家の者は潘充儀に、いえ、雪玲さまに足を向けて眠れません。潘家撲滅を救ってくださった大恩人。その方の願いを叶えるのは道理でございます。お役に立てて何よりでした」
(……ありがとう、巫水)
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※刻石流水・・・受けた恩義はどんな小さくても心の石に刻み、施した情けは水に流すこと。
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