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27 切歯扼腕
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天佑の一日は忙しい。朝議から始まり大臣や役人たちの訴状に耳を傾け、山のような決済をし、慣習として残る数々の儀式に銀の皇帝として参加する。また、大将軍として羽林軍の統制を行い、寝る間を惜しんで雪玲の捜索もしているのだ。
よく眠れていないことは誰が見ても明らかで、天女と称される美貌は健在なものの凄みが増している。仮面越しでもわかるほど気が立っているのは、天誠に回復の兆しがないのに加え、雪玲の消息が全く掴めないからだろう。
まるで全身が鋭い刃かの如く、下手に触れれば切り付けられそうな雰囲気がありありと漂っている。
側近たちでさえ軽口を叩くことが許されない張り詰めた空気の中、救いとなったのは小さな白狐、凛凛だ。
天佑によく懐き、天佑もまたことのほか可愛がり、心の癒しになっているのは一目瞭然。自らの手で包帯を変え、食事を与え、片時も側から離さない。
今日も天佑がいる執務室には凛凛の姿がある。
「……凛凛はまるで書を読んでいるようだな」
天佑が執務の手を休め目を向けたその先には、腹に包帯を巻いた小さな白狐が机の上にちまっと座っている。開いた古書を眺めている姿は奇っ怪でもあるのだが。
頁を捲りたがっている仕草に気づき、影狼が試しに捲ってやってから数日。白狐は影狼の手を叩いては頁を捲らせるようになった。愛らしい白狐の背後には、厳つい顔をした大男が座っている。その姿は、まるで凛凛に従属する守り神のようだ。
ペチ
「はいはい、捲りますよ。凛凛は賢いなぁ」
ペチ
「もう捲っていいのかい? はい、どうぞ。凛凛は可愛いなぁ。古語を解読して天佑さまのお役に立とうとしているのか? 健気だなぁ」
凛凛と影狼の仲睦まじい様子が天佑の癇に障る。
「……影狼。古書と凛凛をこちらへ」
「……天佑さま、なりません。その目の前に積まれた諸々は昼が決済の期日でございます。凛凛は私が面倒を見ますゆえ、なにとぞ、なにとぞ……」
「……」
不機嫌そうな天佑の雰囲気に緊張が走る中、顔色が悪い太監が報告にやってきた。
「天佑さま、胡徳妃から文でございます……こちらは必ず読むようにと何度も念を押されまして……」
訝しみながらも文を受け取り、天佑はすぐさま目を通す。部屋の中に殺気が満ちるまで、そう時間はかからなかった。
「……やはり……胡徳妃かっ!!」
ガチャン!!
大声をあげて立ち上がると、天佑は壁にかけてあった刀を持ち、鞘からその刀身を抜く。
「殺してやる!! 今すぐあいつの首を刎ねてやる!!」
すぐさま影狼が駆け寄り、天佑を羽交い絞めにする。どこからともなく隠密までもが次々と姿を現し、御書房の中には一気に緊張が走った。
「天佑さま!! お平に!!」
「天佑さま!! なりません、落ち着いてください!!」
(わ、わぁ、天佑、どうしたの? かわいそうに、太傅はもうおじいちゃんなのに殺気で息が苦しそうだよ?)
完全なる文人である太傅は殺気にやられ、真っ青な顔をしている。呼吸がしづらそうだ。
(あの文が原因なの?)
床に投げつけられた文の近くまで行き、覗き込む。
『雪のような白肌に映えそうな美しい音色の髪飾りが手元にあれど、記憶をたどっても私の物ではないような気がいたします。
後宮の主であるあなたなら、どなたの物なのかご存知かもしれませんね。今すぐ玫瑰宮に来て確認してくださいますか』
「玲は玉の美しい音を意味する! 雪玲の髪飾りが手元にあると! 雪玲を返してほしくば言うことを聞けとあいつが遠回しに言っているんだ! 殺してやる!! あいつを殺して取り返してやる!!」
「天佑さま、なりません! 胡徳妃は礼部尚書の娘! 憶測だけで手打ちにするようなことがあっては国の根源が揺らぎます!」
(ユ、ユウ……)
あまりの剣幕に呆気に取られていたが、周囲の必死の説得に天佑も徐々に落ち着いていった。
片手を額に充てたまま強い怒りで目元を赤くしつつ、側近たちに離れろと手を挙げて制する。瞳に仄暗い闇を携えたまま、天佑は静かな声で告げた。
「……太監。今すぐ玫瑰宮へ向かう。影狼はここで凛凛を見ていてくれ。……今日は恐らく戻れぬ。あいつが雪玲を返すと言うのなら従ってやる。だが、取り返したらあいつは殺す」
(ユ、ユウ!)
白狐の身体はまだ傷口が完治しておらず、走ると脇腹が引き攣る。それでも天佑の足元まで全力で向かい、その足元に縋りついて訴える。
「キュウ! キュウ!」
(ユウ、行かないでいいよ。だって、私はここにいるもん。胡徳妃は嘘を言っているよ? 嫌な予感もするもん、行かないで! 私と一緒にいて?)
「凛凛。大人しく待っていてくれ。おまえを連れていったらきっと欲しがられる。おまえまで奪われたら……俺はきっと人の心を失くしてしまう」
優しい手つきで抱き上げると凛凛を影狼の手のひらへ載せ、天佑は行ってくると御書房を後にした。
(ユウ……)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※切歯扼腕・・・歯をくいしばり自分の腕を握りしめ、ひどく悔しがること。非常に憤慨して悔しいことの形容。
よく眠れていないことは誰が見ても明らかで、天女と称される美貌は健在なものの凄みが増している。仮面越しでもわかるほど気が立っているのは、天誠に回復の兆しがないのに加え、雪玲の消息が全く掴めないからだろう。
まるで全身が鋭い刃かの如く、下手に触れれば切り付けられそうな雰囲気がありありと漂っている。
側近たちでさえ軽口を叩くことが許されない張り詰めた空気の中、救いとなったのは小さな白狐、凛凛だ。
天佑によく懐き、天佑もまたことのほか可愛がり、心の癒しになっているのは一目瞭然。自らの手で包帯を変え、食事を与え、片時も側から離さない。
今日も天佑がいる執務室には凛凛の姿がある。
「……凛凛はまるで書を読んでいるようだな」
天佑が執務の手を休め目を向けたその先には、腹に包帯を巻いた小さな白狐が机の上にちまっと座っている。開いた古書を眺めている姿は奇っ怪でもあるのだが。
頁を捲りたがっている仕草に気づき、影狼が試しに捲ってやってから数日。白狐は影狼の手を叩いては頁を捲らせるようになった。愛らしい白狐の背後には、厳つい顔をした大男が座っている。その姿は、まるで凛凛に従属する守り神のようだ。
ペチ
「はいはい、捲りますよ。凛凛は賢いなぁ」
ペチ
「もう捲っていいのかい? はい、どうぞ。凛凛は可愛いなぁ。古語を解読して天佑さまのお役に立とうとしているのか? 健気だなぁ」
凛凛と影狼の仲睦まじい様子が天佑の癇に障る。
「……影狼。古書と凛凛をこちらへ」
「……天佑さま、なりません。その目の前に積まれた諸々は昼が決済の期日でございます。凛凛は私が面倒を見ますゆえ、なにとぞ、なにとぞ……」
「……」
不機嫌そうな天佑の雰囲気に緊張が走る中、顔色が悪い太監が報告にやってきた。
「天佑さま、胡徳妃から文でございます……こちらは必ず読むようにと何度も念を押されまして……」
訝しみながらも文を受け取り、天佑はすぐさま目を通す。部屋の中に殺気が満ちるまで、そう時間はかからなかった。
「……やはり……胡徳妃かっ!!」
ガチャン!!
大声をあげて立ち上がると、天佑は壁にかけてあった刀を持ち、鞘からその刀身を抜く。
「殺してやる!! 今すぐあいつの首を刎ねてやる!!」
すぐさま影狼が駆け寄り、天佑を羽交い絞めにする。どこからともなく隠密までもが次々と姿を現し、御書房の中には一気に緊張が走った。
「天佑さま!! お平に!!」
「天佑さま!! なりません、落ち着いてください!!」
(わ、わぁ、天佑、どうしたの? かわいそうに、太傅はもうおじいちゃんなのに殺気で息が苦しそうだよ?)
完全なる文人である太傅は殺気にやられ、真っ青な顔をしている。呼吸がしづらそうだ。
(あの文が原因なの?)
床に投げつけられた文の近くまで行き、覗き込む。
『雪のような白肌に映えそうな美しい音色の髪飾りが手元にあれど、記憶をたどっても私の物ではないような気がいたします。
後宮の主であるあなたなら、どなたの物なのかご存知かもしれませんね。今すぐ玫瑰宮に来て確認してくださいますか』
「玲は玉の美しい音を意味する! 雪玲の髪飾りが手元にあると! 雪玲を返してほしくば言うことを聞けとあいつが遠回しに言っているんだ! 殺してやる!! あいつを殺して取り返してやる!!」
「天佑さま、なりません! 胡徳妃は礼部尚書の娘! 憶測だけで手打ちにするようなことがあっては国の根源が揺らぎます!」
(ユ、ユウ……)
あまりの剣幕に呆気に取られていたが、周囲の必死の説得に天佑も徐々に落ち着いていった。
片手を額に充てたまま強い怒りで目元を赤くしつつ、側近たちに離れろと手を挙げて制する。瞳に仄暗い闇を携えたまま、天佑は静かな声で告げた。
「……太監。今すぐ玫瑰宮へ向かう。影狼はここで凛凛を見ていてくれ。……今日は恐らく戻れぬ。あいつが雪玲を返すと言うのなら従ってやる。だが、取り返したらあいつは殺す」
(ユ、ユウ!)
白狐の身体はまだ傷口が完治しておらず、走ると脇腹が引き攣る。それでも天佑の足元まで全力で向かい、その足元に縋りついて訴える。
「キュウ! キュウ!」
(ユウ、行かないでいいよ。だって、私はここにいるもん。胡徳妃は嘘を言っているよ? 嫌な予感もするもん、行かないで! 私と一緒にいて?)
「凛凛。大人しく待っていてくれ。おまえを連れていったらきっと欲しがられる。おまえまで奪われたら……俺はきっと人の心を失くしてしまう」
優しい手つきで抱き上げると凛凛を影狼の手のひらへ載せ、天佑は行ってくると御書房を後にした。
(ユウ……)
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※切歯扼腕・・・歯をくいしばり自分の腕を握りしめ、ひどく悔しがること。非常に憤慨して悔しいことの形容。
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