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24 艱難辛苦
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自室へ戻った天佑は白い小狐の手当てを自ら行った。傷口を温かい布で丁寧に拭い、粉薬を振りかけたがなかなか血が止まらない。圧迫法など影狼とともにいろいろ試し、ようやく止血はできたものの、小狐の容態はよくなかった。血を失ったことで体温が低下し、その呼吸はか細く、かなり衰弱していた。
「……温めた方が良さそうだな」
小さな籠に柔らかい布を敷き詰めると布でくるんだ小狐を寝かせ、体温が下がらないように季節外れの温石でその身体を囲む。
「小狐、がんばれよ」
中指で優しく頭をなでながら語りかける。
ようやくひと息つき天佑と影狼が小狐を見守っていると、寝室の前が騒がしくなった。外から太監の声がする。
「陛下、お休みでございますか? 火急の知らせがございます」
「入れ」
真っ青な顔をした太監が小走りで入ってくる。
「……どうした」
「陛下、睡蓮宮から報せがございました。襲撃があり、潘充儀が行方不明でございます。恐らく負傷しており、宮の中に姿がなく、地下通路から逃げたのではとのこと。現在、捜索中ですが羽林や隠密の力もお借りしたく……」
太監が何を言っているのか、天佑の頭がその言葉をなかなか受け入れようとしない。
雪玲は今日も書斎へ来ていた。睡蓮を模った糕点をあんなに喜んでいたではないか。古書を半分読み進めたところで、今のところ毒の記載はないが、健康に関する記載は役立ちそうだから書に残しておくと言っていたではないか。
(……あの、食べることに目がない、聡明な雪玲が、行方不明?)
「……下、……陛下!」
太監の呼びかけにはっとし、意識が戻る。なりふり構わずに雪玲を探しに行きたいが、銀の皇帝としても、羽林大将軍としても、そうするべきではないことはわかっている。
(くそっ! 俺が動くことで多くの視線が注がれてしまう……。襲撃が誰の指示なのか、雪玲が無事なのかがわからない今、無闇矢鱈に動くのは下策だ)
ぐっと拳を握り、指示を出す。
「……一角、総力を挙げて捜索を。影狼、内密に羽林を動かせ。大事にして雪玲の体面を傷つけることがないよう気をつけろ」
「「承知いたしました」」
(……雪玲、雪玲、……どうか、無事で)
◇ ◇ ◇
捜索は難航を極めた。
血がついた上衣は庭に落ちていたが、その他の衣は地下通路の中で次々と見つかった。いずれも大怪我を追っていることを思わせる血痕がついた状態で、隠密の見立てではその位置から『肝の蔵の損傷』。おそらく大量出血をし、生死を彷徨っているだろうとのことだった。
痕跡は地下通路の途中でぱたりと消え、どこへ向かったのかわからない。
引き続き広大な地下通路の捜索も行うが、どこかの出口にたどり着き、地上に出ているという可能性も捨てきれない。
怪我を負った状態で後宮を抜け、麗容の都で身を隠していればいいのだが、どこかに囚われている線もある。天佑に執着している徳妃の動きも気がかりだった。
(俺があの子に関心を向けたから標的になってしまったんだ……。もっと完璧に守るべきだったのに、俺はなんて中途半端なことをしてしまったんだ)
『……天佑、あなたはきっと後悔するわ。私の前に跪いて許しを請うはず……その時になっても今日みたいな態度がとれるかしら?』
玫瑰宮を訪れたあの日の、徳妃の言葉が思い出される。
(あいつに囚われたのなら、雪玲は無事では済まないはず……貞節は弄ばれ、愛らしい顔に傷をつけられていることだろう)
天佑が苦悩する様子を影狼や隠密は黙って見守った。
万が一、雪玲が囚われているようなことがあっても、体面を守るためにその事実は伏せなくてはならない。捜査は慎重に行うと同時に、『潘充儀は体調を崩して療養している』ことを周知させた。巫水には睡蓮宮で看病しているふりをさせている。
だが、日にちだけが過ぎ、捜索の進展もないまま時間が流れていった。
表面上は何一つ変わらない毎日が繰り返されている。だが、天佑の心は日に日に打ちのめされていった。
(朗らかなあの笑顔が涙で濡れているのではないだろうか……清涼な春風のようなあの娘が酷い仕打ちにあってはいないだろうか)
『ユウ、助けて……』
『痛いの、ユウ、どうして私がこんな目に遭うの?』
思い浮かぶのは雪玲が自分を責める声だ。
落ち込む天佑の心の支えになったのは白い小狐だった。傷ついた小狐の看病をすることで、天佑の心の傷もほんの少し癒されるような錯覚があった。
「俺もよく暗殺者を送られたから傷だらけなんだ。おまえより大怪我をしたけど生き延びたんだぞ? おまえも頑張れ」
小狐に話しかけ、湿らせた綿で口元を拭い水分を与えてやる。
「眠り姫、そろそろ起きたらどうだ? 白狐の瞳は何色だろうな」
「あっ……天佑さま、小狐が……」
小狐の瞼がぴくぴくと震える。やがて、ゆっくりと持ち上げられた瞼の奥には赤みがかった栗色の瞳が揺れていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※艱難辛苦・・・ひどくつらい目や困難にあって苦しみ悩むこと。
「……温めた方が良さそうだな」
小さな籠に柔らかい布を敷き詰めると布でくるんだ小狐を寝かせ、体温が下がらないように季節外れの温石でその身体を囲む。
「小狐、がんばれよ」
中指で優しく頭をなでながら語りかける。
ようやくひと息つき天佑と影狼が小狐を見守っていると、寝室の前が騒がしくなった。外から太監の声がする。
「陛下、お休みでございますか? 火急の知らせがございます」
「入れ」
真っ青な顔をした太監が小走りで入ってくる。
「……どうした」
「陛下、睡蓮宮から報せがございました。襲撃があり、潘充儀が行方不明でございます。恐らく負傷しており、宮の中に姿がなく、地下通路から逃げたのではとのこと。現在、捜索中ですが羽林や隠密の力もお借りしたく……」
太監が何を言っているのか、天佑の頭がその言葉をなかなか受け入れようとしない。
雪玲は今日も書斎へ来ていた。睡蓮を模った糕点をあんなに喜んでいたではないか。古書を半分読み進めたところで、今のところ毒の記載はないが、健康に関する記載は役立ちそうだから書に残しておくと言っていたではないか。
(……あの、食べることに目がない、聡明な雪玲が、行方不明?)
「……下、……陛下!」
太監の呼びかけにはっとし、意識が戻る。なりふり構わずに雪玲を探しに行きたいが、銀の皇帝としても、羽林大将軍としても、そうするべきではないことはわかっている。
(くそっ! 俺が動くことで多くの視線が注がれてしまう……。襲撃が誰の指示なのか、雪玲が無事なのかがわからない今、無闇矢鱈に動くのは下策だ)
ぐっと拳を握り、指示を出す。
「……一角、総力を挙げて捜索を。影狼、内密に羽林を動かせ。大事にして雪玲の体面を傷つけることがないよう気をつけろ」
「「承知いたしました」」
(……雪玲、雪玲、……どうか、無事で)
◇ ◇ ◇
捜索は難航を極めた。
血がついた上衣は庭に落ちていたが、その他の衣は地下通路の中で次々と見つかった。いずれも大怪我を追っていることを思わせる血痕がついた状態で、隠密の見立てではその位置から『肝の蔵の損傷』。おそらく大量出血をし、生死を彷徨っているだろうとのことだった。
痕跡は地下通路の途中でぱたりと消え、どこへ向かったのかわからない。
引き続き広大な地下通路の捜索も行うが、どこかの出口にたどり着き、地上に出ているという可能性も捨てきれない。
怪我を負った状態で後宮を抜け、麗容の都で身を隠していればいいのだが、どこかに囚われている線もある。天佑に執着している徳妃の動きも気がかりだった。
(俺があの子に関心を向けたから標的になってしまったんだ……。もっと完璧に守るべきだったのに、俺はなんて中途半端なことをしてしまったんだ)
『……天佑、あなたはきっと後悔するわ。私の前に跪いて許しを請うはず……その時になっても今日みたいな態度がとれるかしら?』
玫瑰宮を訪れたあの日の、徳妃の言葉が思い出される。
(あいつに囚われたのなら、雪玲は無事では済まないはず……貞節は弄ばれ、愛らしい顔に傷をつけられていることだろう)
天佑が苦悩する様子を影狼や隠密は黙って見守った。
万が一、雪玲が囚われているようなことがあっても、体面を守るためにその事実は伏せなくてはならない。捜査は慎重に行うと同時に、『潘充儀は体調を崩して療養している』ことを周知させた。巫水には睡蓮宮で看病しているふりをさせている。
だが、日にちだけが過ぎ、捜索の進展もないまま時間が流れていった。
表面上は何一つ変わらない毎日が繰り返されている。だが、天佑の心は日に日に打ちのめされていった。
(朗らかなあの笑顔が涙で濡れているのではないだろうか……清涼な春風のようなあの娘が酷い仕打ちにあってはいないだろうか)
『ユウ、助けて……』
『痛いの、ユウ、どうして私がこんな目に遭うの?』
思い浮かぶのは雪玲が自分を責める声だ。
落ち込む天佑の心の支えになったのは白い小狐だった。傷ついた小狐の看病をすることで、天佑の心の傷もほんの少し癒されるような錯覚があった。
「俺もよく暗殺者を送られたから傷だらけなんだ。おまえより大怪我をしたけど生き延びたんだぞ? おまえも頑張れ」
小狐に話しかけ、湿らせた綿で口元を拭い水分を与えてやる。
「眠り姫、そろそろ起きたらどうだ? 白狐の瞳は何色だろうな」
「あっ……天佑さま、小狐が……」
小狐の瞼がぴくぴくと震える。やがて、ゆっくりと持ち上げられた瞼の奥には赤みがかった栗色の瞳が揺れていた。
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※艱難辛苦・・・ひどくつらい目や困難にあって苦しみ悩むこと。
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