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21 面張牛皮
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一刻後。五虹は北極殿の御書房にいた。
「天佑さま、お呼びでしょうか」
「ああ。睡蓮宮の様子を聞きたい。問題はないか?」
「……実は、日に日に嫌がらせが酷くなっています。ネズミの死骸や傷んだ食べ物が投げ込まれることは日常茶飯事、贈り物の中に血まみれの人形が入っていたこともあります。差出人不明の菓子は以前なら媚薬や腹下しの類が含まれていましたが、今は堕胎薬や致死量の毒入りに変わりました」
報告を聞くにつれ、天佑の顔が険しくなっていく。
「……潘充儀も知っているのか?」
「いえ。私と巫水さんで処理をしています。ですが、いつお怪我をされてもおかしくない状況かと。聡明な方ですが、少し不用心なことがありますので目を離さないようにしています」
なんとなく、わかる気がする。雪玲はおやつを餌にすれば、簡単に釣れてしまう。
「天佑さま、私からもよろしいでしょうか」
「一角か。話せ」
隠密の長である一角が五虹の隣で跪く。
「徳妃さまの宮へ人の出入りが激しくなっています。礼部尚書も尋ねたとか。何か動きがあるかもしれません」
「ちっ……徳妃からは玫瑰宮へ来るよう、矢のような催促がきてる」
「天佑さま、ですが、そろそろ貴妃さまと徳妃さまの所へは行くべきかと。皇子さま達が皇帝から蔑ろにされていると言われかねません」
確かに。天誠はそれぞれの皇子を可愛がっていた。今のままでは冷遇されているように見られてしまう。それに、お渡りのない二妃たちも、後宮で立場がなくなってしまうことは天佑もわかっていた。
「……はあ。これも天誠のためだな。貴妃を先に、二人の宮を訪問する。太監、日取りを決めておいてくれ」
「承知いたしました」
(郭貴妃はいいとして、問題は胡徳妃だな。あいつと顔を合わせなければならないなんて最悪だ……。雪玲との街歩きを楽しみに、さっさと済ませよう)
◇ ◇ ◇
「ねえ、聞いた? この間、貴妃の所に陛下のお渡りがあったらしいわよ」
「まあ。数カ月ぶりじゃない? じゃあ寵を失ったのではなく、ただお忙しかっただけなのね」
陛下のお渡りは日中の多くの人目がある時にわかりやすく行われ、百合宮では幼い皇子の楽しそうな笑い声が漏れ聞こえていたという。親子団らんのひと時を過ごしたのだろうと瞬く間に噂が広がり、早朝まで帰らなかったことで夜も仲睦まじく過ごしたことを思わせた。
そして今日、銀の陛下は徳妃の元を訪れていた。
「ちちうえ~!」
「おっと、二皇子、歩けるようになったのだな。すごいぞ」
昼は庭園でお茶を飲みながら甥である皇子と楽しく遊び、久しぶりに会う皇子の成長に目を細める。
(天誠。兄上の息子はみるみる大きくなっています。早くお目覚めにならないと成長を見逃してしまいますよ)
愛らしい二皇子は一歳半を迎えたところ。無垢な皇子は天佑にとっても可愛い存在であるのだが、毒蛾のような徳妃が横にいる状態では気が抜けない。
「徳妃、朕はそろそろ」「陛下」
席を立とうとする天佑の腕を金の指甲套をつけた白く細い手が押しとどめる。
「陛下、いつものように桜綾とお呼びくださいませ。……百合宮で一晩を過ごされたとか。それなら玫瑰宮にもお泊りいただかなくては」
(……貴妃と徳妃の間に波風を立てないためにも仕方がないか)
天佑は玫瑰宮にも泊まっていくことにした。
食事を共に取り、最高級の酒を振る舞われ、夜も更けた頃。
人払いをした寝室には天佑と徳妃だけになった。周囲に徳妃の配下の気配がいないことを確認し、天佑は席を立って扉へ向かう。背を向けたまま徳妃に告げた。
「徳妃。俺は部下が待機している部屋で寝る。これでおまえの体面も守れただろう」
「天佑……」
パサリと言う衣の音がし、嫌な予感がする。そして、大抵の場合、嫌な予感というものは当たる。
背中に柔らかいふくらみが押し付けられたと思ったら、腰に細く白い腕が回された。徳妃があられもない姿で自分に抱き着いていることは想像に難くない。
「……おい、いい加減にしろよ? おまえは兄の妃だ。天地がひっくり返ってもおまえを抱くことはない」
「天佑! あなた、私のこと綺麗だって言ったじゃない! 私、本当はあなたのことが……」
渋々振り返った天佑は、徳妃が深紅の心衣を身に着けていたことに内心ほっとした。
豊満な胸と尻に細い腰。美姫と呼ぶにふさわしい徳妃は後宮に三千人の妃がいたとしても一、二の寵を競う美しさだろう。だが、天佑にとっては価値がない。
「天佑、お願い……抱いてちょうだい。経験がなくても大丈夫よ、私に任せて。天国を見させてあげるわ」
身体を押し付けてくる徳妃に、天佑は辟易する。
「おまえを綺麗だと言ったのは俺が五歳、おまえが十歳の頃だ。一体、いつまで持ち出すんだ?」
「天佑……」
心衣を自らほどこうとする徳妃にぎょっとする。
「やめろと言っているんだ!」
霊力を載せた天佑の声に、徳妃は立っていられなくなりその場に膝をつく。
「っ……!」
「徳妃。おまえは天誠の容態を一度たりとも聞いたことがないな? 薄情な女め!」
美しい顔を歪め、徳妃が悔しそうに天佑を見上げる。
「……天佑、あなたはきっと後悔するわ。私の前に跪いて許しを請うはず……その時になっても今日みたいな態度がとれるかしら?」
天佑は大概にしろ、と捨て台詞を吐くと徳妃の部屋を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※面張牛皮・・・面の皮が厚いこと。厚かましくずうずうしいことや恥知らずの意味。
「天佑さま、お呼びでしょうか」
「ああ。睡蓮宮の様子を聞きたい。問題はないか?」
「……実は、日に日に嫌がらせが酷くなっています。ネズミの死骸や傷んだ食べ物が投げ込まれることは日常茶飯事、贈り物の中に血まみれの人形が入っていたこともあります。差出人不明の菓子は以前なら媚薬や腹下しの類が含まれていましたが、今は堕胎薬や致死量の毒入りに変わりました」
報告を聞くにつれ、天佑の顔が険しくなっていく。
「……潘充儀も知っているのか?」
「いえ。私と巫水さんで処理をしています。ですが、いつお怪我をされてもおかしくない状況かと。聡明な方ですが、少し不用心なことがありますので目を離さないようにしています」
なんとなく、わかる気がする。雪玲はおやつを餌にすれば、簡単に釣れてしまう。
「天佑さま、私からもよろしいでしょうか」
「一角か。話せ」
隠密の長である一角が五虹の隣で跪く。
「徳妃さまの宮へ人の出入りが激しくなっています。礼部尚書も尋ねたとか。何か動きがあるかもしれません」
「ちっ……徳妃からは玫瑰宮へ来るよう、矢のような催促がきてる」
「天佑さま、ですが、そろそろ貴妃さまと徳妃さまの所へは行くべきかと。皇子さま達が皇帝から蔑ろにされていると言われかねません」
確かに。天誠はそれぞれの皇子を可愛がっていた。今のままでは冷遇されているように見られてしまう。それに、お渡りのない二妃たちも、後宮で立場がなくなってしまうことは天佑もわかっていた。
「……はあ。これも天誠のためだな。貴妃を先に、二人の宮を訪問する。太監、日取りを決めておいてくれ」
「承知いたしました」
(郭貴妃はいいとして、問題は胡徳妃だな。あいつと顔を合わせなければならないなんて最悪だ……。雪玲との街歩きを楽しみに、さっさと済ませよう)
◇ ◇ ◇
「ねえ、聞いた? この間、貴妃の所に陛下のお渡りがあったらしいわよ」
「まあ。数カ月ぶりじゃない? じゃあ寵を失ったのではなく、ただお忙しかっただけなのね」
陛下のお渡りは日中の多くの人目がある時にわかりやすく行われ、百合宮では幼い皇子の楽しそうな笑い声が漏れ聞こえていたという。親子団らんのひと時を過ごしたのだろうと瞬く間に噂が広がり、早朝まで帰らなかったことで夜も仲睦まじく過ごしたことを思わせた。
そして今日、銀の陛下は徳妃の元を訪れていた。
「ちちうえ~!」
「おっと、二皇子、歩けるようになったのだな。すごいぞ」
昼は庭園でお茶を飲みながら甥である皇子と楽しく遊び、久しぶりに会う皇子の成長に目を細める。
(天誠。兄上の息子はみるみる大きくなっています。早くお目覚めにならないと成長を見逃してしまいますよ)
愛らしい二皇子は一歳半を迎えたところ。無垢な皇子は天佑にとっても可愛い存在であるのだが、毒蛾のような徳妃が横にいる状態では気が抜けない。
「徳妃、朕はそろそろ」「陛下」
席を立とうとする天佑の腕を金の指甲套をつけた白く細い手が押しとどめる。
「陛下、いつものように桜綾とお呼びくださいませ。……百合宮で一晩を過ごされたとか。それなら玫瑰宮にもお泊りいただかなくては」
(……貴妃と徳妃の間に波風を立てないためにも仕方がないか)
天佑は玫瑰宮にも泊まっていくことにした。
食事を共に取り、最高級の酒を振る舞われ、夜も更けた頃。
人払いをした寝室には天佑と徳妃だけになった。周囲に徳妃の配下の気配がいないことを確認し、天佑は席を立って扉へ向かう。背を向けたまま徳妃に告げた。
「徳妃。俺は部下が待機している部屋で寝る。これでおまえの体面も守れただろう」
「天佑……」
パサリと言う衣の音がし、嫌な予感がする。そして、大抵の場合、嫌な予感というものは当たる。
背中に柔らかいふくらみが押し付けられたと思ったら、腰に細く白い腕が回された。徳妃があられもない姿で自分に抱き着いていることは想像に難くない。
「……おい、いい加減にしろよ? おまえは兄の妃だ。天地がひっくり返ってもおまえを抱くことはない」
「天佑! あなた、私のこと綺麗だって言ったじゃない! 私、本当はあなたのことが……」
渋々振り返った天佑は、徳妃が深紅の心衣を身に着けていたことに内心ほっとした。
豊満な胸と尻に細い腰。美姫と呼ぶにふさわしい徳妃は後宮に三千人の妃がいたとしても一、二の寵を競う美しさだろう。だが、天佑にとっては価値がない。
「天佑、お願い……抱いてちょうだい。経験がなくても大丈夫よ、私に任せて。天国を見させてあげるわ」
身体を押し付けてくる徳妃に、天佑は辟易する。
「おまえを綺麗だと言ったのは俺が五歳、おまえが十歳の頃だ。一体、いつまで持ち出すんだ?」
「天佑……」
心衣を自らほどこうとする徳妃にぎょっとする。
「やめろと言っているんだ!」
霊力を載せた天佑の声に、徳妃は立っていられなくなりその場に膝をつく。
「っ……!」
「徳妃。おまえは天誠の容態を一度たりとも聞いたことがないな? 薄情な女め!」
美しい顔を歪め、徳妃が悔しそうに天佑を見上げる。
「……天佑、あなたはきっと後悔するわ。私の前に跪いて許しを請うはず……その時になっても今日みたいな態度がとれるかしら?」
天佑は大概にしろ、と捨て台詞を吐くと徳妃の部屋を後にした。
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※面張牛皮・・・面の皮が厚いこと。厚かましくずうずうしいことや恥知らずの意味。
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