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10 呉越同舟
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今日は石婕妤と齐美人に招かれ、東屋で糕点を振舞われている雪玲。
「潘才人、これは私の実家から連れてきた料理人が作った桂花糕よ。私の好物でうちでは一年中作っているの。お口に合うかしら」
「わあ、綺麗……! いただきまーす! んん!! しぇきしょうよ、おぃひぃれす!」
あの一件以来、石婕妤と仲の良い齐美人とはすっかり打ち解けた雪玲。
福女のようなふっくらした顔の石婕妤は上州刺史で豪商の娘、知的で穏やかな齐美人は学者を世に多く排出した中州刺史の娘である。出世欲のない二人は来る者は拒まず、去る者は追わずの姿勢をとっているようだ。
頼りになる巫水がいるとはいえ、そこはやはり妃でなければわからないことも多々ある。雹華と明明の手がかりも案外こんな所から見つかるかもしれない。
だが、まずは、腹ごしらえ。目の前には趣向を凝らした糕点が並んでいるのに、食べなくては話が始まらない。
目を輝かせて糕点を楽しむ雪玲に、石婕妤はため息をついた。
「こうして接してみれば人畜無害な女人であることは一目瞭然なんだけどねぇ。潘才人、とにかく、香美人には気をつけるのよ? あの人の後ろには崔昭媛がいて、そのまた後ろには胡徳妃がいるんだからね。まあ、わざわざ紫花宮までは来ないだろうけど」
念のためね、と心配する石婕妤に、雪玲は金木犀の甘く軽やかな香りが口の中からなくなるのを惜しみつつ、ごくんと糕を飲み込んだ。
「……えっと、どなたですか?」
呆れたような顔で齐美人が眉を顰める。
「そうよね、潘才人が派閥を理解しているなんて思った私たちがいけないんだわ。うーん、簡単に説明するわね。今現在、後宮には十五人いるの。そして、大きく分けて四つの派閥がある」
「郭貴妃、胡徳妃、唐昭容の三派と、権力に無縁なその他ね。ちなみに、私と齐美人がその他。まあ、郭貴妃と唐昭容の派閥は近寄らなければ大丈夫。問題なのは胡徳妃の派閥よ」
雪玲は口の中でほろほろと蕩ける糖蛋散に手が止まらなくなり、食べつつも真剣な顔で頷く。
「胡徳妃の派閥はあまりいい噂を聞かないから……。そうね、部屋に見覚えのない物があったり知らない人から飲み物をもらったりしたら気をつけるのよ? う~ん、潘才人はどう見ても食べ物が心配だわ」
頭を抱える齐美人をよそに、揚げ菓子を食べ過ぎると靠れるわよ、と言いながら石婕妤が雪玲の世話を焼く。二人とも三つ四つしか違わないのだが、すっかり雪玲のお姉さんになっている。
「それにしても、九嬪は中央官僚、二十七世婦は地方官僚の娘か縁戚。わかりやすいわよねぇ。陛下は即位後お渡りがないけれど、これからも妃を増やすおつもりなのかしら」
石婕妤の呟きを齐美人がわかりやすく解説してくれる。
「つまり、今後宮では三つ巴が皇后を巡る熾烈な争い中なの。中級妃である九嬪たちも割と野心があって、中央官僚を親に持つ娘の親兄弟が外戚を狙っているわ。こう言ったらなんだけど、皇家が忠誠と野心を天秤に掛けている感じね。
で、下級妃である私たち二十七世婦は地方官僚の娘が人質に取られているようなものなのよ。まあ、中にはあわよくば四妃や九嬪に近づいて恩を売り、家門の出世を狙っている人もいるけどね」
「郭貴妃と胡徳妃は陛下が皇子だった頃からの妃でそれぞれ皇子がいるし、不動の四妃よ。それに引き換え、その他の妃はまだ陛下の顔も見たことないんだから、見初められようもないわ」
この二人が会ったことないのなら、下っ端の雪玲にはますます機会がないだろう。だけどそれは願ったり叶ったり。
早く天衣を奪還してうまいこと後宮から抜け出す。
雪玲の目標はただそれだけなのだし、渡りに船というやつだ。
◇ ◇ ◇
こうして。
石婕妤と齐美人に可愛がられたり、他の妃のお茶会に呼ばれてはほんのり牽制されたり。時には差出人不明の贈り物として、下剤や媚薬入りの菓子が届くような日々を過ごしていたのだが。
雪玲がいう「これぞ後宮……!」という騒ぎに浮かれていたのも最初だけ。それなりに楽しんでは腹を立てたりしていたわけだが、ここに来て深刻な問題が発生していた。
「ああっ!!!! 暇すぎて気が狂いそう!!!!」
自由に生きてきた雪玲にとって、後宮は籠の中も同然。
小さな箱庭に閉じ込められ、雪玲は早くも爆発しかけていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※呉越同舟・・・仲の悪い者同士が一緒にいたり、共通の利害のために協力したりすること。
「潘才人、これは私の実家から連れてきた料理人が作った桂花糕よ。私の好物でうちでは一年中作っているの。お口に合うかしら」
「わあ、綺麗……! いただきまーす! んん!! しぇきしょうよ、おぃひぃれす!」
あの一件以来、石婕妤と仲の良い齐美人とはすっかり打ち解けた雪玲。
福女のようなふっくらした顔の石婕妤は上州刺史で豪商の娘、知的で穏やかな齐美人は学者を世に多く排出した中州刺史の娘である。出世欲のない二人は来る者は拒まず、去る者は追わずの姿勢をとっているようだ。
頼りになる巫水がいるとはいえ、そこはやはり妃でなければわからないことも多々ある。雹華と明明の手がかりも案外こんな所から見つかるかもしれない。
だが、まずは、腹ごしらえ。目の前には趣向を凝らした糕点が並んでいるのに、食べなくては話が始まらない。
目を輝かせて糕点を楽しむ雪玲に、石婕妤はため息をついた。
「こうして接してみれば人畜無害な女人であることは一目瞭然なんだけどねぇ。潘才人、とにかく、香美人には気をつけるのよ? あの人の後ろには崔昭媛がいて、そのまた後ろには胡徳妃がいるんだからね。まあ、わざわざ紫花宮までは来ないだろうけど」
念のためね、と心配する石婕妤に、雪玲は金木犀の甘く軽やかな香りが口の中からなくなるのを惜しみつつ、ごくんと糕を飲み込んだ。
「……えっと、どなたですか?」
呆れたような顔で齐美人が眉を顰める。
「そうよね、潘才人が派閥を理解しているなんて思った私たちがいけないんだわ。うーん、簡単に説明するわね。今現在、後宮には十五人いるの。そして、大きく分けて四つの派閥がある」
「郭貴妃、胡徳妃、唐昭容の三派と、権力に無縁なその他ね。ちなみに、私と齐美人がその他。まあ、郭貴妃と唐昭容の派閥は近寄らなければ大丈夫。問題なのは胡徳妃の派閥よ」
雪玲は口の中でほろほろと蕩ける糖蛋散に手が止まらなくなり、食べつつも真剣な顔で頷く。
「胡徳妃の派閥はあまりいい噂を聞かないから……。そうね、部屋に見覚えのない物があったり知らない人から飲み物をもらったりしたら気をつけるのよ? う~ん、潘才人はどう見ても食べ物が心配だわ」
頭を抱える齐美人をよそに、揚げ菓子を食べ過ぎると靠れるわよ、と言いながら石婕妤が雪玲の世話を焼く。二人とも三つ四つしか違わないのだが、すっかり雪玲のお姉さんになっている。
「それにしても、九嬪は中央官僚、二十七世婦は地方官僚の娘か縁戚。わかりやすいわよねぇ。陛下は即位後お渡りがないけれど、これからも妃を増やすおつもりなのかしら」
石婕妤の呟きを齐美人がわかりやすく解説してくれる。
「つまり、今後宮では三つ巴が皇后を巡る熾烈な争い中なの。中級妃である九嬪たちも割と野心があって、中央官僚を親に持つ娘の親兄弟が外戚を狙っているわ。こう言ったらなんだけど、皇家が忠誠と野心を天秤に掛けている感じね。
で、下級妃である私たち二十七世婦は地方官僚の娘が人質に取られているようなものなのよ。まあ、中にはあわよくば四妃や九嬪に近づいて恩を売り、家門の出世を狙っている人もいるけどね」
「郭貴妃と胡徳妃は陛下が皇子だった頃からの妃でそれぞれ皇子がいるし、不動の四妃よ。それに引き換え、その他の妃はまだ陛下の顔も見たことないんだから、見初められようもないわ」
この二人が会ったことないのなら、下っ端の雪玲にはますます機会がないだろう。だけどそれは願ったり叶ったり。
早く天衣を奪還してうまいこと後宮から抜け出す。
雪玲の目標はただそれだけなのだし、渡りに船というやつだ。
◇ ◇ ◇
こうして。
石婕妤と齐美人に可愛がられたり、他の妃のお茶会に呼ばれてはほんのり牽制されたり。時には差出人不明の贈り物として、下剤や媚薬入りの菓子が届くような日々を過ごしていたのだが。
雪玲がいう「これぞ後宮……!」という騒ぎに浮かれていたのも最初だけ。それなりに楽しんでは腹を立てたりしていたわけだが、ここに来て深刻な問題が発生していた。
「ああっ!!!! 暇すぎて気が狂いそう!!!!」
自由に生きてきた雪玲にとって、後宮は籠の中も同然。
小さな箱庭に閉じ込められ、雪玲は早くも爆発しかけていた。
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※呉越同舟・・・仲の悪い者同士が一緒にいたり、共通の利害のために協力したりすること。
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