上 下
1 / 50

1 良縁祈願

しおりを挟む
 天龍てんりゅうの加護を持つ青龍せいりゅう国ではこの度第三皇子が即位したばかり。よわい二十五を迎えたばかりの新皇帝は幼い頃から神童と呼ばれ、その大器と人徳で多くの者に慕われているとの噂もあれば、鬼神の生まれ変わりと見まごうほど血を好み、その残忍たるは人の所業ではないという噂もある。

 が、どちらにしても、その容姿は定かではない。

 ひとつ確かなことと言えば、彼が陰謀渦巻く皇宮で生き残り、十八人にも及ぶ皇子の中から皇帝の座を掴んだということだ。

 何代にも渡って小競り合いを続けてきた黒蛇こくじゃ国との関係も、和平を結んで早半年。新皇帝の手腕もさることながら、同腹である第八皇子による獅子奮迅ししふんじんの活躍があったことも有名で、青龍国の民は優秀な皇族の元で暮らしていることを我がことのように喜んだ。

 そんなこともあり、新皇帝の即位を祝って、あちらこちらでお祭り騒ぎが発生しているのが今である。


 花樹の枝がようやく芽吹き始めた都の麗容れいようでは、南北に貫く大通りに多くの商人が店を構え賑わいを見せている。都には全国から押し寄せた物売りが溢れ、即位に便乗した商いが横行していた。

「さあさ、そこのお前さん! 新皇帝にあやかって装身具を新調したらどうだい?」
「今あるだけで終わりだよお! 新皇帝へも献上されたことがきっとある! 桃やすももあんずが揃っているよお!」
「そこの可愛いお嬢さん、良い縁が結ばれる札はどうだい?」


 市が立ち並ぶ活気ある大通りを、雪玲しゅうりんは物珍しそうにキョロキョロしながら歩いていた。

 透き通るような白い肌に艶やかな琥珀色の髪。面紗めんしゃで口元は見えずとも、赤味がかった栗色の大きな瞳を瞬かせる様子は好奇心そのもの。どこぞのお嬢様のお忍びのようにも見える。

 美しくも珍しい衣を纏う少女は齢十五。

 淡い水色である白藍しらあい色の襦裙じゅくんの上には陽の光で煌めく薄絹の衣を羽織り、すれ違う女人たちの羨望を集めていた。

 ヒソヒソとした声があちらこちらから聞かれる。

「まあ、あの衣はまるで星を紡いだような美しさね」
「真珠を砕いて糸に織り込んだのかしら」

 色気より食い気、雪玲は香ばしいタレの匂いに誘われ、串焼きに目を輝かせる。

「わあ、おじさん、いい香りね~」
「だろう? 可愛らしいお嬢さん、ちぃっと焼き過ぎたのがあるんだが食べるかい? おいしそうに食べ歩いて宣伝してくれるならタダでいいよ!」
「やったぁ! まかせて!」

 タレがついちゃうかな?と言うと、雀の串焼きを食べるために雪玲は面紗を外した。

 身に着ける衣の煌めきに注目が集まっていたが、その顔立ちに周囲は息を詰める。

 目撃した者は呆けてしまい、人とぶつかる男、鼻の下を伸ばす男が後をたたない。妻や愛妾が窘める姿があちこちで見られ、皆正気に戻る。

 不特定多数に向けて呼び込みをしていたつもりの札売りも、雪玲の美貌に驚き、しばらく時間が止まっていた。


「た、たまげたなぁ、こりゃあ、……えれぇ別嬪べっぴんさんじゃねえか。お嬢さんは新皇帝の妃候補なんだろう? こんだけ上品で綺麗なんだ、そうに違いねえ。良縁に恵まれるこの札があれば新皇帝の寵妃ちょうひになること間違いなしだよ! ってことで、札を買わないかい?」

 串焼きをもぐもぐと食べながら、雪玲が聞き返す。

「ひょうひ(寵妃)?」

「ああ、そうとも! あんたなら別嬪だからきっと寵愛されるさ! この札があればだけどな! これは俺の田舎にある縁結びの神様を祀った寺で、それはそれは有難~いお経をあげてもらったものなんだぜ? さあさ、買った買った!」

 雪玲はそれを聞くと急いでごくんと嚥下し、驚きを隠せない表情で札売りに尋ねた。

「縁結びのお仕事をされているってことは、あなた月下老人のお弟子さんってことよね? まったく、人出不足だなんて言いながら、ちゃんと弟子がいるんじゃない。あのおじいさんったら、やれ目がかすんで名簿が見えないだの、赤縄結びの端と端が遠くてつらいだの、手伝え手伝えってしつこく言う癖に」

 雪玲は美しい顔の眉間を寄せ、何やら独り言ちたが、札売りはさっそくご利益がありそうな口上を述べながら売り込みを始める。

「そうそう、俺はその老人の弟子だからこの札は効果があるよ! そこのお姉さん! ご利益がある良縁の札、どうだい? さあさあ、買った買った!」

(やっぱり! この男は弟子なのね)

 悪びれず嘘ぶく男に雪玲は本物なのだと感心した。

「月下老人の酒代になってしまうんだろうけど、まあいいわ。姐さんたちへのお土産にするから一番高い札をちょうだい。さっきの串はタダでもらっちゃったから、うーん、札っていくらだろう? 多分、このくらい……」

 自信なさげに袋から銀貨を覗かせる。

 目を細めて様子を伺う雪玲と見つめ合う、訝し気な札売りの男。

 ちらと、銭袋へ目線を落とした男は、雪玲が指でつまむ貨幣が銀貨であることを確認すると目を輝かせ、勢いよくコクコクと顔を縦に振った。その様子を見て、ホッとした顔で雪玲は銀貨を取り出す。

「ふう、合ってた。じゃあこれで」

 男は雪玲に札を手渡し、素早く金を受け取った。

「毎度あり~!!」

 雪玲がうれしそうに去っていくのを見送ると、両隣の商人が札売りの男にすり寄る。

「……なあ、あのお嬢さん、銭を使ったことないんじゃないか?」
「まったくだよ。銀貨1枚で札百枚は買えたのに」


 雪玲が買ったのは何のご利益もないはずの良縁祈願の札。

 想い人もいなければ恋もしたことがない雪玲の正体は、人間と九尾狐きゅうびこの娘。父の故郷である青龍国へお忍びでちょっと遊びに来ただけだったのだけど……

 どうやらこの札、ある意味本物だったようで。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※良縁祈願・・・良い縁(恋愛や結婚)があるように祈祷すること。

 ※月下老人・・・中国の恋愛・縁結びの神様。

 ※九尾狐・・・九本の尾を持つ霊獣。恐ろしい妖怪とされることもあれば、吉兆の霊獣と言われることもある。妲己だっきは九尾狐が変化したとする逸話もある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

インキュバスさんの8畳ワンルーム甘やかしごはん

夕日(夕日凪)
キャラ文芸
嶺井琴子、二十四歳は小さな印刷会社に勤める会社員である。 仕事疲れの日々を送っていたある日、琴子の夢の中に女性の『精気』を食べて生きる悪魔、 『インキュバス』を名乗る絶世の美貌の青年が現れた。 彼が琴子を見て口にした言葉は…… 「うわ。この子、精気も体力も枯れっ枯れだ」 その日からインキュバスのエルゥは、琴子の八畳ワンルームを訪れるようになった。 ただ美味しいご飯で、彼女を甘やかすためだけに。 世話焼きインキュバスとお疲れ女子のほのぼのだったり、時々シリアスだったりのラブコメディ。 ストックが尽きるまで1日1~2話更新です。10万文字前後で完結予定。

処理中です...