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サムエル・アクアリアの訪問
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北方で蛮族との小競り合いが行われていること以外、テラフォーラ帝国ではいたって平穏な日々が続いていた。
時折、戦況の様子が一般市民にももたらされたが、優勢であるもののなかなか決着がつかないもどかしい状況のようだ。
そんな中、テラフォーラ帝国はアクアリア王国からの使者を迎えていた。表向きは定期的なご機嫌伺いのようなものだったが、サムエルは、非公式で皇帝へ陳情を行うつもりでいた。
国王でもなく王太子でもない第二王子。だが、その知性と行動力は他国にも知られ、何かと不安要素が多いアクアリア王国のトップが替わることを望んでいる国は多かった。
サムエルは農作物が壊滅的なダメージを受け、今後も収穫が大幅に落ちること。
陸続きであるテラフォーラ帝国でも同じ現象が起きていないか、起きていれば対策を教えてほしい。
そしてしばらく食糧の援助をしてほしいというお願いをした。
もちろん、できる限り対価を払うつもりもあった。
テラフォーラ帝国の皇帝は人が良さそうな顔で微笑みながらサムエルに語り掛けた。
「食糧を援助するとして、一体いつまでの予測だ? 農業大国であるアクアリア王国で不作が続けば、食糧難だけでなく失業や暴動も起きるだろう。そちらの国では何が原因だと推定した?」
サムエルは正直に話すことにした。
「……水の女神が立ち去ったのだと考えています。水源が乏しくなったせいで収穫ができなくなったかと」
「ほう。それから?」
……サムエルは皇帝が何かを知っているのだと直感する。下手なつくり話をすれば、食糧支援が立ち消えになることを予感し、慎重に言葉を選んだ。
「……我が国に、『緑の聖女』と呼ばれる方がおりました。彼女が立ち去った時期と重なります。恥ずかしながら我が兄が彼女の人生を翻弄してしまいました。今回、私はテラフォーラにいると思われる、彼女にもお詫びをしにまいった次第です」
「ほう。……サムエル殿下、私には息子が3人いるのだが、中でも末っ子がやはりかわいくてね」
「はあ」
全く関係のない話を切り出され、サムエルは困惑する。
「末息子の初恋を密かに応援していたのだけど、彼女の姉はどこかのあほな王子のせいで人生をめちゃめちゃにされてね。
彼女は王族と関わらないと決めているそうだよ。おかげで、うちの息子は傷心でねぇ。蛮族の討伐に加わるんだって遠くに行ってしまったよ」
勘のいいサムエルは青ざめた。『緑の聖女』には妹がいると聞いている。
皇帝は冷えた声でサムエルへ指示をした。
「まずは『緑の聖女』とその妹へ誠心誠意詫びを入れろ。彼女の許しを得たら、食糧援助を考えてやろう。話はそれからだ」
サムエルは様々な伝手を使い、ようやくカルナがボールドウィン侯爵家の後見を受けていることに辿り着いた。
侯爵家経由で面談の申し込みをし、いよいよカルナと対面できることになったのだが、侯爵家ではなく見晴らしの良い公園へ来るよう指定される。
(……同じ空間の空気を吸いたくないとでも言われるんだろうか)
皇宮で手配された馬車に乗り、指定された場所へ出向く。
サムエルは馬車の中で数回会ったことがあるエリスの姿を思い出していた。何度かお茶を一緒に飲んだ時は兄も彼女も朗らかに笑っていたのに、いつしか薬草園で寂しそうに佇んでいる姿を見た記憶がある。
優しい人だったから、アクアリア王国の事情を話せば許しを得られないだろうか。
きっとエリス嬢は許してくれるだろうが、会ったことがない妹が渋るかもしれない。
(コンラッドのせいでアクアリア王国を出奔する羽目になったのだ。きっと苦労しただろう)
時折、戦況の様子が一般市民にももたらされたが、優勢であるもののなかなか決着がつかないもどかしい状況のようだ。
そんな中、テラフォーラ帝国はアクアリア王国からの使者を迎えていた。表向きは定期的なご機嫌伺いのようなものだったが、サムエルは、非公式で皇帝へ陳情を行うつもりでいた。
国王でもなく王太子でもない第二王子。だが、その知性と行動力は他国にも知られ、何かと不安要素が多いアクアリア王国のトップが替わることを望んでいる国は多かった。
サムエルは農作物が壊滅的なダメージを受け、今後も収穫が大幅に落ちること。
陸続きであるテラフォーラ帝国でも同じ現象が起きていないか、起きていれば対策を教えてほしい。
そしてしばらく食糧の援助をしてほしいというお願いをした。
もちろん、できる限り対価を払うつもりもあった。
テラフォーラ帝国の皇帝は人が良さそうな顔で微笑みながらサムエルに語り掛けた。
「食糧を援助するとして、一体いつまでの予測だ? 農業大国であるアクアリア王国で不作が続けば、食糧難だけでなく失業や暴動も起きるだろう。そちらの国では何が原因だと推定した?」
サムエルは正直に話すことにした。
「……水の女神が立ち去ったのだと考えています。水源が乏しくなったせいで収穫ができなくなったかと」
「ほう。それから?」
……サムエルは皇帝が何かを知っているのだと直感する。下手なつくり話をすれば、食糧支援が立ち消えになることを予感し、慎重に言葉を選んだ。
「……我が国に、『緑の聖女』と呼ばれる方がおりました。彼女が立ち去った時期と重なります。恥ずかしながら我が兄が彼女の人生を翻弄してしまいました。今回、私はテラフォーラにいると思われる、彼女にもお詫びをしにまいった次第です」
「ほう。……サムエル殿下、私には息子が3人いるのだが、中でも末っ子がやはりかわいくてね」
「はあ」
全く関係のない話を切り出され、サムエルは困惑する。
「末息子の初恋を密かに応援していたのだけど、彼女の姉はどこかのあほな王子のせいで人生をめちゃめちゃにされてね。
彼女は王族と関わらないと決めているそうだよ。おかげで、うちの息子は傷心でねぇ。蛮族の討伐に加わるんだって遠くに行ってしまったよ」
勘のいいサムエルは青ざめた。『緑の聖女』には妹がいると聞いている。
皇帝は冷えた声でサムエルへ指示をした。
「まずは『緑の聖女』とその妹へ誠心誠意詫びを入れろ。彼女の許しを得たら、食糧援助を考えてやろう。話はそれからだ」
サムエルは様々な伝手を使い、ようやくカルナがボールドウィン侯爵家の後見を受けていることに辿り着いた。
侯爵家経由で面談の申し込みをし、いよいよカルナと対面できることになったのだが、侯爵家ではなく見晴らしの良い公園へ来るよう指定される。
(……同じ空間の空気を吸いたくないとでも言われるんだろうか)
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サムエルは馬車の中で数回会ったことがあるエリスの姿を思い出していた。何度かお茶を一緒に飲んだ時は兄も彼女も朗らかに笑っていたのに、いつしか薬草園で寂しそうに佇んでいる姿を見た記憶がある。
優しい人だったから、アクアリア王国の事情を話せば許しを得られないだろうか。
きっとエリス嬢は許してくれるだろうが、会ったことがない妹が渋るかもしれない。
(コンラッドのせいでアクアリア王国を出奔する羽目になったのだ。きっと苦労しただろう)
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