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幸せを祈って

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 ライオネルはとにかく誤解を解きたかった。

(『緑の聖女』の妹だから好きになったんじゃない。カルナ自身の知性や心根、真面目で一生懸命なところに惹かれたんだ)

 思いを込めた手紙や美しい花、好きそうなお菓子や本を贈っても、カルナは一切を受け取らない。無理に近づいて嫌な気持ちにさせたくもないが、受け取りを拒否されてしまうと打つ手がない。断られても手紙を送り続けるしかなかった。

 第二騎士団の医務室には差出人不明の焼き菓子が届けられるようになった。

 普通であれば誰が贈ったかわからない差し入れは口にしないが、ライオネルであることは周知の事実だった。

「おっ? 今日はカルナが好きなドライフルーツが入ったお菓子が届いているぞ?」

「……私はいらないです」

「そ、そうか……」

 侯爵家の面々も、第二騎士団も、医療班も、カルナとライオネルの様子に気を揉んでいた。いい雰囲気のようだったのに何があったのかわからないが、時には喧嘩をすることもあるだろう。すれ違うこともあるだろう。

 多くの大人たちが若い2人をそっとしておこうと見守っていた。

(ライは『緑の聖女』の妹だと知っていたから私に近づいたの? 妹だからって私にはなんの力もないのに……。もしかしてお姉さまと縁を繋ぎたかったのかな? ぐすっ、お姉さまはもういないわ……。ううん、だめだめ、今は仕事中よ)

 こっそり涙を拭いながら薬草を処理するカルナを、シビルやヒルダは見なかったふりをした。

 ◇◇◇

 夕方近くなった頃、外の様子が慌ただしくなってきた。何か様子がおかしい。
 しばらくするとレオが医務室にやってきた。

「討伐で怪我人が出た! 第二騎士団は軽傷だが第一で数名重傷者がいる! シビルの手も借りたいそうだ。解毒薬もあるだけ持って第一の演習場へ向かってくれ!」

「承知した! カルナはここに残って軽症者の手当てを頼む」

「はい、お任せください!」

 その後数名の騎士が医務室をやってきた。擦り傷や切り傷をいくつか負っていたが、全員大きな怪我はないようでほっとした。消毒して止血を行い、患部を濡らさないように手当てをする。何があったのか聞くと、以前セオドアに怪我を負わせた魔物の変異種が現れたらしい。

 セオドアの騎士生命を脅かした魔物だ。強力な毒は一刻も早い解毒が必要とされる。

 顔なじみの騎士の切り傷を消毒していると、気の毒そうに話しかけられた。

「カルナも心配だろうが、皇室医師団も出てくるだろうからきっと大丈夫だよ」

「? 何のことですか?」

「え? 聞いてないのか? ライオネル殿下が重傷を負われたんだ」

 ――ライが? 

 気づいたら夢中で駆け出していた。

 何度か行ったことがある第一騎士団演習場は王城のすぐ脇。入り口で第二騎士団の身分証を見せるとすぐに中に通された。
 医務室はけが人や医師などでごった返していたが、すぐにシビル医師の姿が目に入った。

「シビル先生! ライは!? ライは無事ですか?」

「カルナ、来たのか。ライオネル殿下は容態が落ち着いて病室で休んでいるよ。騎士ではあるが皇族だからね。もうすぐ城から迎えが来る予定だよ」

 顔を見てくるといいと言われ、入院患者がいるエリアへ向かう。部屋がどこかは聞かなかったが、多分あの部屋だろう。高位貴族用の個室以外、皇族が運ばれる部屋はありえない。

「あ……、カルナ嬢。殿下の怪我のこと、聞かれたんですね」

「アーサーさん、ライの様子はどうですか?」

「大丈夫です。今は麻酔薬で眠っていらっしゃいます。以前、カルナさんがセオドア団長を解毒した時の薬草がストックされていて、今回は全員手足を切断することなく解毒できました。あなたには本当に感謝しています」

「じゃあ、解毒は問題ないんですね。よかった……」

 部屋に通されるとライオネルがベッドに横たわっていた。丸椅子に座り、寝ているライオネルを眺める。出血したせいか顔色は少し悪いが、目立つような傷もなく、カルナはほっとして体の力が抜けた。アーサーがすぐ戻ると言って席を外したため、部屋の中はライオネルとカルナだけになった。

「ライ……。あなたが無事でよかった……。怪我をしたと聞いた後のことを覚えてないくらい。気づいたらここに来てたわ。ふふっ。やっと自分の気持ちに気づくなんて……。『緑の聖女の妹』って言われて傷ついたけど、ライが言ったんじゃないのにね。あなたはいつだって誠実に接してくれたのに……、本当にごめんなさい」

 言葉にしてみるとぼんやりしていたライオネルへの想いがはっきりし、自分が思っていた以上に好きだったことが身に染みる。

「ライ……、大好きよ。でも私には権謀渦巻く中央でやっていける自信も力もない。フローラを守るために貴族でいるけど平和に暮らしていきたいの。あなたが皇族じゃなければよかったのに……」

 頬を伝う涙もそのままに、カルナはライオネルへの想いを口にした。

「あなたはテラフォーラ帝国の次世代を支える柱のひとつ……。社交界をしなやかに泳げるご令嬢が力になってくれるだろうけど、私にはできないわ。
 だから、私たちは一緒にならない方がいい。傷が浅いうちに離れましょう」

 椅子から静かに立ち上がり、ライオネルの顔に息がかかるほど近づいた。

「ライ、愛してる。どこにいてもあなたの幸せを祈っているわ。さようなら」

 ライオネルの唇に触れるか触れないかのキスを落とし、振り返ることなくカルナは部屋を後にした。

 1か月後、北方の領地に攻め込んだ蛮族を包囲するために、帝都では遠征軍が組まれることになった。ライオネルが自ら志願して遠征軍に加わったことが、しばらくしてからセオドア経由でカルナに伝えられたのだった。
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