29 / 33
幸せを祈って
しおりを挟む
ライオネルはとにかく誤解を解きたかった。
(『緑の聖女』の妹だから好きになったんじゃない。カルナ自身の知性や心根、真面目で一生懸命なところに惹かれたんだ)
思いを込めた手紙や美しい花、好きそうなお菓子や本を贈っても、カルナは一切を受け取らない。無理に近づいて嫌な気持ちにさせたくもないが、受け取りを拒否されてしまうと打つ手がない。断られても手紙を送り続けるしかなかった。
第二騎士団の医務室には差出人不明の焼き菓子が届けられるようになった。
普通であれば誰が贈ったかわからない差し入れは口にしないが、ライオネルであることは周知の事実だった。
「おっ? 今日はカルナが好きなドライフルーツが入ったお菓子が届いているぞ?」
「……私はいらないです」
「そ、そうか……」
侯爵家の面々も、第二騎士団も、医療班も、カルナとライオネルの様子に気を揉んでいた。いい雰囲気のようだったのに何があったのかわからないが、時には喧嘩をすることもあるだろう。すれ違うこともあるだろう。
多くの大人たちが若い2人をそっとしておこうと見守っていた。
(ライは『緑の聖女』の妹だと知っていたから私に近づいたの? 妹だからって私にはなんの力もないのに……。もしかしてお姉さまと縁を繋ぎたかったのかな? ぐすっ、お姉さまはもういないわ……。ううん、だめだめ、今は仕事中よ)
こっそり涙を拭いながら薬草を処理するカルナを、シビルやヒルダは見なかったふりをした。
◇◇◇
夕方近くなった頃、外の様子が慌ただしくなってきた。何か様子がおかしい。
しばらくするとレオが医務室にやってきた。
「討伐で怪我人が出た! 第二騎士団は軽傷だが第一で数名重傷者がいる! シビルの手も借りたいそうだ。解毒薬もあるだけ持って第一の演習場へ向かってくれ!」
「承知した! カルナはここに残って軽症者の手当てを頼む」
「はい、お任せください!」
その後数名の騎士が医務室をやってきた。擦り傷や切り傷をいくつか負っていたが、全員大きな怪我はないようでほっとした。消毒して止血を行い、患部を濡らさないように手当てをする。何があったのか聞くと、以前セオドアに怪我を負わせた魔物の変異種が現れたらしい。
セオドアの騎士生命を脅かした魔物だ。強力な毒は一刻も早い解毒が必要とされる。
顔なじみの騎士の切り傷を消毒していると、気の毒そうに話しかけられた。
「カルナも心配だろうが、皇室医師団も出てくるだろうからきっと大丈夫だよ」
「? 何のことですか?」
「え? 聞いてないのか? ライオネル殿下が重傷を負われたんだ」
――ライが?
気づいたら夢中で駆け出していた。
何度か行ったことがある第一騎士団演習場は王城のすぐ脇。入り口で第二騎士団の身分証を見せるとすぐに中に通された。
医務室はけが人や医師などでごった返していたが、すぐにシビル医師の姿が目に入った。
「シビル先生! ライは!? ライは無事ですか?」
「カルナ、来たのか。ライオネル殿下は容態が落ち着いて病室で休んでいるよ。騎士ではあるが皇族だからね。もうすぐ城から迎えが来る予定だよ」
顔を見てくるといいと言われ、入院患者がいるエリアへ向かう。部屋がどこかは聞かなかったが、多分あの部屋だろう。高位貴族用の個室以外、皇族が運ばれる部屋はありえない。
「あ……、カルナ嬢。殿下の怪我のこと、聞かれたんですね」
「アーサーさん、ライの様子はどうですか?」
「大丈夫です。今は麻酔薬で眠っていらっしゃいます。以前、カルナさんがセオドア団長を解毒した時の薬草がストックされていて、今回は全員手足を切断することなく解毒できました。あなたには本当に感謝しています」
「じゃあ、解毒は問題ないんですね。よかった……」
部屋に通されるとライオネルがベッドに横たわっていた。丸椅子に座り、寝ているライオネルを眺める。出血したせいか顔色は少し悪いが、目立つような傷もなく、カルナはほっとして体の力が抜けた。アーサーがすぐ戻ると言って席を外したため、部屋の中はライオネルとカルナだけになった。
「ライ……。あなたが無事でよかった……。怪我をしたと聞いた後のことを覚えてないくらい。気づいたらここに来てたわ。ふふっ。やっと自分の気持ちに気づくなんて……。『緑の聖女の妹』って言われて傷ついたけど、ライが言ったんじゃないのにね。あなたはいつだって誠実に接してくれたのに……、本当にごめんなさい」
言葉にしてみるとぼんやりしていたライオネルへの想いがはっきりし、自分が思っていた以上に好きだったことが身に染みる。
「ライ……、大好きよ。でも私には権謀渦巻く中央でやっていける自信も力もない。フローラを守るために貴族でいるけど平和に暮らしていきたいの。あなたが皇族じゃなければよかったのに……」
頬を伝う涙もそのままに、カルナはライオネルへの想いを口にした。
「あなたはテラフォーラ帝国の次世代を支える柱のひとつ……。社交界をしなやかに泳げるご令嬢が力になってくれるだろうけど、私にはできないわ。
だから、私たちは一緒にならない方がいい。傷が浅いうちに離れましょう」
椅子から静かに立ち上がり、ライオネルの顔に息がかかるほど近づいた。
「ライ、愛してる。どこにいてもあなたの幸せを祈っているわ。さようなら」
ライオネルの唇に触れるか触れないかのキスを落とし、振り返ることなくカルナは部屋を後にした。
1か月後、北方の領地に攻め込んだ蛮族を包囲するために、帝都では遠征軍が組まれることになった。ライオネルが自ら志願して遠征軍に加わったことが、しばらくしてからセオドア経由でカルナに伝えられたのだった。
(『緑の聖女』の妹だから好きになったんじゃない。カルナ自身の知性や心根、真面目で一生懸命なところに惹かれたんだ)
思いを込めた手紙や美しい花、好きそうなお菓子や本を贈っても、カルナは一切を受け取らない。無理に近づいて嫌な気持ちにさせたくもないが、受け取りを拒否されてしまうと打つ手がない。断られても手紙を送り続けるしかなかった。
第二騎士団の医務室には差出人不明の焼き菓子が届けられるようになった。
普通であれば誰が贈ったかわからない差し入れは口にしないが、ライオネルであることは周知の事実だった。
「おっ? 今日はカルナが好きなドライフルーツが入ったお菓子が届いているぞ?」
「……私はいらないです」
「そ、そうか……」
侯爵家の面々も、第二騎士団も、医療班も、カルナとライオネルの様子に気を揉んでいた。いい雰囲気のようだったのに何があったのかわからないが、時には喧嘩をすることもあるだろう。すれ違うこともあるだろう。
多くの大人たちが若い2人をそっとしておこうと見守っていた。
(ライは『緑の聖女』の妹だと知っていたから私に近づいたの? 妹だからって私にはなんの力もないのに……。もしかしてお姉さまと縁を繋ぎたかったのかな? ぐすっ、お姉さまはもういないわ……。ううん、だめだめ、今は仕事中よ)
こっそり涙を拭いながら薬草を処理するカルナを、シビルやヒルダは見なかったふりをした。
◇◇◇
夕方近くなった頃、外の様子が慌ただしくなってきた。何か様子がおかしい。
しばらくするとレオが医務室にやってきた。
「討伐で怪我人が出た! 第二騎士団は軽傷だが第一で数名重傷者がいる! シビルの手も借りたいそうだ。解毒薬もあるだけ持って第一の演習場へ向かってくれ!」
「承知した! カルナはここに残って軽症者の手当てを頼む」
「はい、お任せください!」
その後数名の騎士が医務室をやってきた。擦り傷や切り傷をいくつか負っていたが、全員大きな怪我はないようでほっとした。消毒して止血を行い、患部を濡らさないように手当てをする。何があったのか聞くと、以前セオドアに怪我を負わせた魔物の変異種が現れたらしい。
セオドアの騎士生命を脅かした魔物だ。強力な毒は一刻も早い解毒が必要とされる。
顔なじみの騎士の切り傷を消毒していると、気の毒そうに話しかけられた。
「カルナも心配だろうが、皇室医師団も出てくるだろうからきっと大丈夫だよ」
「? 何のことですか?」
「え? 聞いてないのか? ライオネル殿下が重傷を負われたんだ」
――ライが?
気づいたら夢中で駆け出していた。
何度か行ったことがある第一騎士団演習場は王城のすぐ脇。入り口で第二騎士団の身分証を見せるとすぐに中に通された。
医務室はけが人や医師などでごった返していたが、すぐにシビル医師の姿が目に入った。
「シビル先生! ライは!? ライは無事ですか?」
「カルナ、来たのか。ライオネル殿下は容態が落ち着いて病室で休んでいるよ。騎士ではあるが皇族だからね。もうすぐ城から迎えが来る予定だよ」
顔を見てくるといいと言われ、入院患者がいるエリアへ向かう。部屋がどこかは聞かなかったが、多分あの部屋だろう。高位貴族用の個室以外、皇族が運ばれる部屋はありえない。
「あ……、カルナ嬢。殿下の怪我のこと、聞かれたんですね」
「アーサーさん、ライの様子はどうですか?」
「大丈夫です。今は麻酔薬で眠っていらっしゃいます。以前、カルナさんがセオドア団長を解毒した時の薬草がストックされていて、今回は全員手足を切断することなく解毒できました。あなたには本当に感謝しています」
「じゃあ、解毒は問題ないんですね。よかった……」
部屋に通されるとライオネルがベッドに横たわっていた。丸椅子に座り、寝ているライオネルを眺める。出血したせいか顔色は少し悪いが、目立つような傷もなく、カルナはほっとして体の力が抜けた。アーサーがすぐ戻ると言って席を外したため、部屋の中はライオネルとカルナだけになった。
「ライ……。あなたが無事でよかった……。怪我をしたと聞いた後のことを覚えてないくらい。気づいたらここに来てたわ。ふふっ。やっと自分の気持ちに気づくなんて……。『緑の聖女の妹』って言われて傷ついたけど、ライが言ったんじゃないのにね。あなたはいつだって誠実に接してくれたのに……、本当にごめんなさい」
言葉にしてみるとぼんやりしていたライオネルへの想いがはっきりし、自分が思っていた以上に好きだったことが身に染みる。
「ライ……、大好きよ。でも私には権謀渦巻く中央でやっていける自信も力もない。フローラを守るために貴族でいるけど平和に暮らしていきたいの。あなたが皇族じゃなければよかったのに……」
頬を伝う涙もそのままに、カルナはライオネルへの想いを口にした。
「あなたはテラフォーラ帝国の次世代を支える柱のひとつ……。社交界をしなやかに泳げるご令嬢が力になってくれるだろうけど、私にはできないわ。
だから、私たちは一緒にならない方がいい。傷が浅いうちに離れましょう」
椅子から静かに立ち上がり、ライオネルの顔に息がかかるほど近づいた。
「ライ、愛してる。どこにいてもあなたの幸せを祈っているわ。さようなら」
ライオネルの唇に触れるか触れないかのキスを落とし、振り返ることなくカルナは部屋を後にした。
1か月後、北方の領地に攻め込んだ蛮族を包囲するために、帝都では遠征軍が組まれることになった。ライオネルが自ら志願して遠征軍に加わったことが、しばらくしてからセオドア経由でカルナに伝えられたのだった。
38
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
急募 ガチムチ婚約者 ※但し45歳以上に限る
甘寧
恋愛
婚約適齢期を過ぎても婚約者が見つからないミーリアム・シュツェル。
こうなったらと、あちらこちらの掲示板に婚約者を募集する貼り紙を出した。
家柄、学歴、年収すべて不問!!
※但し45歳以上に限る
こんな紙切れ一枚で集まるとは期待していなかったが、釣れたのは大物だった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。
婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
【近々再開予定】ピンク頭と呼ばないで―攻略対象者がお花畑で萌えない為スルーして良いですか―
咲桜りおな
恋愛
前世で散々遊び尽くした乙女ゲームの世界にどうやらヒロイン転生したらしい主人公・パフィット・カルベロス。この目で攻略対象者たちを拝めると楽しみに学園に入学してみたら、軒並み恋愛お馬鹿なお花畑や攻略対象者自らイベント拒否して来たりと、おかしな相手ばかりでガッカリしてしまう。
あんなのに萌えれない。ゲーム画面で見たキラキラ輝かしい彼らは何処へいったのよ! ヒロインだけど、恋愛イベントスルーして良いですかね? 王子? どうぞ、お好きに持って行って下さい。
ん? イベントスルー出来ないってどういう事!? ゲーム補正? そんなの知らないわよ!
攻略対象者を避けたいのに避けさせて貰えない「矯正力」に翻弄される毎日。
それでもポジティブモットー!な元気ヒロインちゃんは、今日も自分の思った道を突き進むのだ!
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
ちょっとお口と態度の悪い突っ込みヒロインちゃんです。
「小説家になろう」でも公開しています。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる