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緑の聖女の妹

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 変装を解いたカルナの周りは騒がしくなり、「幻の妖精姫」へのアプローチ合戦が始まった。侯爵家へは縁談の申し込みや一目ぼれをした令息からプレゼントや手紙が続々と届いている。

 だが、第二騎士団の鉄壁のガードとセオドアの監視の中、近づける者はごく一部の人間に限られていた。

 近づくことが許されている者の一人がライオネル第三皇子だ。変装を解く前からカルナに好意を寄せていたことは周知の事実。皇族であることを伏せていた謝罪をカルナが受け入れたことで、2人は以前のような関係に戻っていた。セオドアや侯爵家も生ぬるく見守っている。

 カルナ自身もライオネルに心が動きかけているのを感じていた。

(ライは皇族だけど身分や容姿に関係なく接してくれた。私自身を見てもらえた気がしてなんだか嬉しい)

「カルナ、前に修道院で薬草を育ててただろう? 最近よく通っているみたいだけど、侯爵家にも植えたのか?」

「ううん。さすがに庭に植えていいか聞けなかった。造形美を崩しちゃいそうで」

「ああ……。薬草を植えると庭園というより畑という感じだもんな。それなら宮廷薬師が育てている皇宮の薬草園を見に来ないか? かなり珍しいものもあるらしぞ?」

「いいの? 行きたい! 嬉しい! ライ、ありがとう!!」

「っ! お、おぅ……」

 2人の休日が重なった数日後。侯爵家の馬車で王宮へ向かい、護衛を連れて薬草園の見学にやってきた。ライオネルと並び、宮廷薬師の説明を聞きながら薬草の説明を受ける。

 書物でしか見たことがない薬草や遠方の国でしか取れない薬草など、貴重な薬草も多い。
 栽培のコツや苦労していることなどを担当者に聞きながらついつい話が弾んでしまった。

 夢中になって説明を聞いていたが、ふと気づくとライオネルの姿が見当たらない。

「ライオネル殿下は小径を進んだ先にある四阿でお茶の用意をしてお待ちしているとのことです。ゆっくりお越しくださいと申しつかっております」

 どうやら、夢中になっていたカルナに気を利かせてくれたらしい。ライオネルの気づかいに心が温かくなりながら小径を進んでいく。薔薇のアーチで覆われた小径は蕾が開き始めるところだが、色づきを見るに白い薔薇が咲くようだ。

 木陰になるように木立の合間に建てられた四阿はアーチからだと視界が悪かったが、話し声が聞こえてきた。ライオネルが誰かと話しているようだ。

「でかした、ライオネル! カルナ嬢が来ているんだって? 聞いたよ、彼女があの有名な『緑の聖女』の妹なんだろ? 聖女の妹にうまく取り入ったな」

 どくんと心臓が脈打ち、指先が冷たくなっていくのを感じた。

「……帰ります」

 呟くように発したカルナの言葉に護衛は頷き、踵を返して皇宮を後にした。


 一方で、四阿では会話が続けられていた。

 「兄上! 彼女が聖女の妹かどうかなんて関係ありません! 失礼な物言いはおやめください」

「ははっ、悪かったよ、冗談だ。それよりも、アクアリア王国がウォルトン姉妹を探しているらしい。王家の人気取りに『緑の聖女』を使いたいようだ。……どうやら、詩が流行っているらしくてね」

 皇太子は弟の耳元に顔を寄せ、小声で忠告した。

「あの国の王子は緑の聖女に一目惚れだったそうだよ。彼女は随分ひどい目にあったそうだ。妹のカルナ嬢が目をつけられないように、しっかり守れよ? いざとなったら相談しなさい」

 皇太子は頑張れと小さな声で呟くと、弟の肩をぽんぽんと叩き、その場を後にした。

 ライオネルは兄の言葉を反芻しながらカルナをどう守っていくか、あらゆる手段を考えていた。


 だが、その後、四阿にカルナが来ることはなかった。

 楽しそうに薬草園を見学していたのに、ひと言もなく帰ってしまった事実はライオネルを落ち込ませた。


 理由がわからずライオネルは悩んだが、見かねた影から帝王へ報告がもたらされた。

 ――皇太子殿下がライオネル殿下に発した「緑の聖女の妹にうまく取り入った」という賞賛を耳にし、カルナ嬢は真っ青になって帰られた。

 馬車までは何とか歩かれていたが、直前で気を失われ侯爵家へ帰宅。以降外出せず。

 侯爵家に医師の出入りあり。家族の動向から予想するに、カルナ嬢が体調を崩されたと思われる。

(くそっ、なんてことだ。兄上のあんな発言を聞かれていたなんて)
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