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アクアリア王国の変化
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カルナはボールドウィン家の後見を受けたが、第二騎士団で相変わらず働いていた。彼らの勧めもあり、変装は続けたままだ。
事務仕事に鍛錬、皇宮での軍務会議や騎士団会議と忙しい日々を送るセオドアだが、カルナのことが心配でたまらなかった。
「ティモシー、今日のカルナの予定は?」
「第一と第二の合同演習があるため、午後は第一の練武場へ向かう予定です。夕方に終了後、修道院に寄って帰ると伺っています」
「第二の救護担当で行くんだよな? 第一には接触しないよな? 何人たりとも怪我をしてカルナの手を煩わせないよう、小隊長たちに伝えておきなさい」
「……承知いたしました」
(ふぅ、世の中の兄というのはこういう気分なのか。心配でたまらん。変装していてあれだけ人気があるというのは喜んでいいのかどうなのか……)
「地味で真面目な年若い薬師」がセオドアの命を救ったこと、年の離れた妹と共にボードウィン侯爵家が後見になったことが広まり、カルナは一躍時の人だ。
以前よりその丁寧な仕事と柔らかな物腰は評判が高く、身分がしっかりしたことで好意を表すものが増えてきた。
テラフォーラ帝国の一般的なお嬢様像といえば、10分も歩けば疲れたと口にし、少食が美徳。お茶会で腹の探り合いをし、夜会で家門の力を見せつけるように着飾るのが常だ。
辟易していた多くの男たちが気位の高いお嬢様より、1日中笑顔で働くカルナに好感を持っても不思議ではない。騎士団の若手、皇宮で働く文官、宮廷医師や薬師などからも注目されている。
変装を解けばあどけなさが残る15歳だが、来年には16歳。カルナもとうとう婚姻できる年齢を迎える。
悪い虫がつかないように、幸せにできる男と一緒になれるように、セオドアは気を揉んでいた。ようやく自分の人生を歩み出せるようになったカルナに友達や恋人との時間も楽しませてあげたいが、傷つくことはあって欲しくない。
(侯爵家とは関係なく、カルナ自身に好意を持つ奴だといいんだが。まあ、どの領地も今は慶事が多いし、家のつながりを求める切実な者はいないか)
大豊作や新しい鉱山の発見など、テラフォーラ帝国では慶事が続いていた。ボールドウィン侯爵家でも領地の特産である主要穀物の豊作が続き、天候に恵まれるなど嬉しいニュースばかり。
一方で、隣国のアクアリア王国では冷害や森の消滅など悪いことが続いているようだ。
(陸続きで気候もほとんど変わらないはずなのに。アクアリア王国で何が起こっているんだ?)
◇◇◇
その頃、アクアリア王国では近頃続いている災害への対策会議が行われていた。
「去年に引き続き、今年もあらゆる農作物が凶作の見込みですが、何かがおかしいのです。凶作になる気候ではなく、これまでの統計ですと今年は豊作になるはずでしたが、水源が弱くなりすべての農作物影響が出ています。
天候は今までと変わらないのに湖の水位が低下し、川が細り、井戸が枯れてしまいました。地続きのテラフォーラ帝国は豊作なのに、なぜアクアリア王国だけ水が枯れ始めたのか原因がわからず、対策を取りかねていると報告が上がってきています」
報告を聞き、主要貴族たちも自領の様子などを口にする。どの領地も天候は普段と変わりなかったのに、同じように水の問題で悩んでいた。農作物がうまく育たず支援を陳情するために来た者も多かったが、国内全てに影響が出ていると知り青ざめる。
「食料は備蓄していた分があるだろう? 王宮にもあるのではないか?」
「兄上、王宮の備蓄は既に開放しています。昨年も凶作だったことをお忘れですか? それに国内全土を網羅できるだけの備蓄は元々ありません」
「そうなると税収を上げなくてはならないのか。国民に負担を敷いてしまうな」
申し訳なさそうなコンラッド第一王子の様子を見て、大臣や各家の当主たちも驚きを隠せない。サムエル第二王子はため息をつきながらコンラッドへ語りかけた。
「兄上。なんのために税を上げるのかお伺いしても?」
「? 我が国は農業大国だ。農作物がなければ税収がない。入ってこない分を補填しなくてはならないだろう?」
(はぁ。兄上は頭に花でも咲いてんのか? 売るものがないのに税なんて払えないよ。免税はあっても、このタイミングで増税なんてしたら暴動が起きるって想像できないのかな?)
不穏な空気を察し、調査を行った役人が発言する。
「ごほん……。アクアリア王国は豊かな水源を元に発展してきた農業大国です。水の女神ネレイアの加護があるおかげで凶作が起こりづらく、これまで食べることに困ることはないと言われてきました。しかし、今回は建国以来初めての飢饉に見舞われるかもしれません」
「あのぅ、神殿を代表して出席していますが、大神官様から伝言をお預かりしています。アクアリア王国にある全ての地から加護がなくなっているとのことです。つまり、水の女神がアクアリア王国から去ったようだとおっしゃられていました」
「な、なんだって!?」
つまり、今年凶作を乗り切っても来年以降も収穫のめどは立たない。
「せ、聖女さまは? 聖女さまが祈りを捧げてくだされば……」
「指先の擦り傷を治すのに1週間かかっていらっしゃるんだぞ? アクアリア王国全土に加護なんて絶対に無理だ」
「一体どうすればいいんだ……」
収集がつかなくなった会議の中、サムエルは一人考えに耽っていた。
(……使えない兄上はさておき、取り急ぎテラフォーラへ食糧支援を陳情しに行くしかないな。噂になっている『緑の聖女』もかの国にいるはずだ)
事務仕事に鍛錬、皇宮での軍務会議や騎士団会議と忙しい日々を送るセオドアだが、カルナのことが心配でたまらなかった。
「ティモシー、今日のカルナの予定は?」
「第一と第二の合同演習があるため、午後は第一の練武場へ向かう予定です。夕方に終了後、修道院に寄って帰ると伺っています」
「第二の救護担当で行くんだよな? 第一には接触しないよな? 何人たりとも怪我をしてカルナの手を煩わせないよう、小隊長たちに伝えておきなさい」
「……承知いたしました」
(ふぅ、世の中の兄というのはこういう気分なのか。心配でたまらん。変装していてあれだけ人気があるというのは喜んでいいのかどうなのか……)
「地味で真面目な年若い薬師」がセオドアの命を救ったこと、年の離れた妹と共にボードウィン侯爵家が後見になったことが広まり、カルナは一躍時の人だ。
以前よりその丁寧な仕事と柔らかな物腰は評判が高く、身分がしっかりしたことで好意を表すものが増えてきた。
テラフォーラ帝国の一般的なお嬢様像といえば、10分も歩けば疲れたと口にし、少食が美徳。お茶会で腹の探り合いをし、夜会で家門の力を見せつけるように着飾るのが常だ。
辟易していた多くの男たちが気位の高いお嬢様より、1日中笑顔で働くカルナに好感を持っても不思議ではない。騎士団の若手、皇宮で働く文官、宮廷医師や薬師などからも注目されている。
変装を解けばあどけなさが残る15歳だが、来年には16歳。カルナもとうとう婚姻できる年齢を迎える。
悪い虫がつかないように、幸せにできる男と一緒になれるように、セオドアは気を揉んでいた。ようやく自分の人生を歩み出せるようになったカルナに友達や恋人との時間も楽しませてあげたいが、傷つくことはあって欲しくない。
(侯爵家とは関係なく、カルナ自身に好意を持つ奴だといいんだが。まあ、どの領地も今は慶事が多いし、家のつながりを求める切実な者はいないか)
大豊作や新しい鉱山の発見など、テラフォーラ帝国では慶事が続いていた。ボールドウィン侯爵家でも領地の特産である主要穀物の豊作が続き、天候に恵まれるなど嬉しいニュースばかり。
一方で、隣国のアクアリア王国では冷害や森の消滅など悪いことが続いているようだ。
(陸続きで気候もほとんど変わらないはずなのに。アクアリア王国で何が起こっているんだ?)
◇◇◇
その頃、アクアリア王国では近頃続いている災害への対策会議が行われていた。
「去年に引き続き、今年もあらゆる農作物が凶作の見込みですが、何かがおかしいのです。凶作になる気候ではなく、これまでの統計ですと今年は豊作になるはずでしたが、水源が弱くなりすべての農作物影響が出ています。
天候は今までと変わらないのに湖の水位が低下し、川が細り、井戸が枯れてしまいました。地続きのテラフォーラ帝国は豊作なのに、なぜアクアリア王国だけ水が枯れ始めたのか原因がわからず、対策を取りかねていると報告が上がってきています」
報告を聞き、主要貴族たちも自領の様子などを口にする。どの領地も天候は普段と変わりなかったのに、同じように水の問題で悩んでいた。農作物がうまく育たず支援を陳情するために来た者も多かったが、国内全てに影響が出ていると知り青ざめる。
「食料は備蓄していた分があるだろう? 王宮にもあるのではないか?」
「兄上、王宮の備蓄は既に開放しています。昨年も凶作だったことをお忘れですか? それに国内全土を網羅できるだけの備蓄は元々ありません」
「そうなると税収を上げなくてはならないのか。国民に負担を敷いてしまうな」
申し訳なさそうなコンラッド第一王子の様子を見て、大臣や各家の当主たちも驚きを隠せない。サムエル第二王子はため息をつきながらコンラッドへ語りかけた。
「兄上。なんのために税を上げるのかお伺いしても?」
「? 我が国は農業大国だ。農作物がなければ税収がない。入ってこない分を補填しなくてはならないだろう?」
(はぁ。兄上は頭に花でも咲いてんのか? 売るものがないのに税なんて払えないよ。免税はあっても、このタイミングで増税なんてしたら暴動が起きるって想像できないのかな?)
不穏な空気を察し、調査を行った役人が発言する。
「ごほん……。アクアリア王国は豊かな水源を元に発展してきた農業大国です。水の女神ネレイアの加護があるおかげで凶作が起こりづらく、これまで食べることに困ることはないと言われてきました。しかし、今回は建国以来初めての飢饉に見舞われるかもしれません」
「あのぅ、神殿を代表して出席していますが、大神官様から伝言をお預かりしています。アクアリア王国にある全ての地から加護がなくなっているとのことです。つまり、水の女神がアクアリア王国から去ったようだとおっしゃられていました」
「な、なんだって!?」
つまり、今年凶作を乗り切っても来年以降も収穫のめどは立たない。
「せ、聖女さまは? 聖女さまが祈りを捧げてくだされば……」
「指先の擦り傷を治すのに1週間かかっていらっしゃるんだぞ? アクアリア王国全土に加護なんて絶対に無理だ」
「一体どうすればいいんだ……」
収集がつかなくなった会議の中、サムエルは一人考えに耽っていた。
(……使えない兄上はさておき、取り急ぎテラフォーラへ食糧支援を陳情しに行くしかないな。噂になっている『緑の聖女』もかの国にいるはずだ)
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