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招かれざる客
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水の女神『ネレイア』の加護を受けたアクアリア王国。清らかな水の力を持つ女神のおかげでアクアリアには美しい湖や川が多く、水の力を資源に人々は暮らしていた。
穏やかなこの国で唯一危険といわれる辺境のケアード領。そこがエリスの出身地だった。
現状、辺境の地であるケアードが担う役割は魔物狩りである。
動物に比べ強い力を持つ魔物を倒すため、兵士たちは体を鍛え、武器を持ち、傷らだけになりながらも誇りを持って任務にあたっていた。
日々鍛錬を欠かさない辺境のケアード領で働く者たちは、他領地の者とは比べ物にならない屈強な体で一目置かれている。
不運にも、ケアード辺境伯が信頼する側近の一人が命を落としたのが10年前。代々仕えてくれたウォルトン子爵は母を早くに失くした幼い姉妹を残し、この世を去ってしまった。無念だったことだろう。
ケアード辺境伯が後見人となり、姉妹は伸び伸びと育っていた。
「エリス、カルナ。今日からここがお前たちの家だよ」
自我が芽生える年齢になると、2人の姉妹は育てられた辺境の地の役に立ちたいと考えた。幸いにも、母方の家は代々薬師。受け継がれてきた薬草の知恵や、口伝でもたらされた母秘伝の調合レシピを持っていた。
怪我が日常茶飯事の辺境でも聖魔法を受けられるのはごく一部。その上、絶対的に医者の数が足りていないこの地では、ちょっとした傷が化膿してしまうことも少なくない。小さな傷が命取りになってしまったケースも度々発生していた。
姉妹が作った塗り薬や飲み薬は顔見知りになった者たちを手始めに少しずつ広まっていった。
やがて療養所に届けられ、薬師見習いとして活動するようになるといつしか遠征にもついていくようになり、薬師としてケアード領に必要不可欠な存在に成長した。
「ケアード領に女神のような美しい薬師がいる」
姉妹が16歳と13歳になると、その美しい容姿はケアード領を訪れた者たちから徐々に噂が広まっていく。辺境から出ることがない2人の姿が確認できないことでますます噂が大きくなり、会ったことがない2人に対する様々な逸話が飛び交わった。
姉のエリスは金が混ざったような薄い茶色の髪にエメラルドグリーンの瞳が美しく、穏やかな優しい少女に成長した。体があまり丈夫ではなく、清らかな透明感が神秘的な雰囲気に拍車をかけていた。
誰隔てなく接する姿勢にケアード領の者たちは親愛の念を込めて『緑の聖女』と呼び、その美しさや優しさを我がことのように誰彼構わず自慢し合った。
妹のカルナは姉と同じ薄い茶色の髪に、姉より濃い新緑を思わせる緑色の瞳。大人に囲まれながら育ったカルナは人の機微に敏く、幼い頃から大好きな姉について薬師として活動していた。辺境の地にふさわしい、しなやかな強さを持つ少女に成長した。
姉妹は両親が愛したケアード領の人たちのために、幼い2人に居場所を与えてくれたケアード辺境伯に恩返しができるように、薬師として人々の役に立てるよう生き生きと過ごしていた。
そんなある日のこと。
辺境の地に王都から団体客が訪れた。
お遊び感覚で訪れた第一王子ご一行は辺境伯のもてなしを受け、上機嫌で弱い魔物の討伐に加わっては鼻息を荒くしていた。
着替えも人の手を借りて行うような貴族の青年たちにとって辺境は新鮮なことばかり。年若い王子殿下や側近たちは生き物を初めて手にかけた高揚感と美酒、耳障りの良い賛辞に酔いしれた。
「ケアード辺境伯、そういえばこの地には薬師の姉妹がいるとお伺いしましたが、普段は城で暮らしていらっしゃるのですか? 腕が良いとの噂ですし、一度お会いしてみたいものですね」
ケアード辺境伯は姉妹を貴族たちに紹介するつもりがなく、年齢やマナーを理由にやんわりと断った。
辺境という田舎で育った姉妹には、百戦錬磨の貴族たちをやり過ごす話術がない。若いせいで揚げ足をとられ、愛妾へと追い込まれる可能性もある。
そもそも、中央貴族のやり口というのはしたたかで地方を見下す風潮があり、とてもじゃないが彼女たちが大切にされる気がしなかったのだ。
その場にいたほとんどの者が辺境伯の牽制に気づいたのにも関わらず、第一王子には通用しなかった。
姉妹には宿泊客に顔を見せないように別館への立ち入りを禁止し、王子たちにはプライベートエリアへ入らないように固くお願いしていたのにも関わらず、第一王子はあっさりと約束を反故にした。
家族が過ごす本館の中庭まで入り込んだ王子は、早朝にハーブの手入れをするエリスを見初めてしまう。
「なんて美しい人なんだ……」
穏やかなこの国で唯一危険といわれる辺境のケアード領。そこがエリスの出身地だった。
現状、辺境の地であるケアードが担う役割は魔物狩りである。
動物に比べ強い力を持つ魔物を倒すため、兵士たちは体を鍛え、武器を持ち、傷らだけになりながらも誇りを持って任務にあたっていた。
日々鍛錬を欠かさない辺境のケアード領で働く者たちは、他領地の者とは比べ物にならない屈強な体で一目置かれている。
不運にも、ケアード辺境伯が信頼する側近の一人が命を落としたのが10年前。代々仕えてくれたウォルトン子爵は母を早くに失くした幼い姉妹を残し、この世を去ってしまった。無念だったことだろう。
ケアード辺境伯が後見人となり、姉妹は伸び伸びと育っていた。
「エリス、カルナ。今日からここがお前たちの家だよ」
自我が芽生える年齢になると、2人の姉妹は育てられた辺境の地の役に立ちたいと考えた。幸いにも、母方の家は代々薬師。受け継がれてきた薬草の知恵や、口伝でもたらされた母秘伝の調合レシピを持っていた。
怪我が日常茶飯事の辺境でも聖魔法を受けられるのはごく一部。その上、絶対的に医者の数が足りていないこの地では、ちょっとした傷が化膿してしまうことも少なくない。小さな傷が命取りになってしまったケースも度々発生していた。
姉妹が作った塗り薬や飲み薬は顔見知りになった者たちを手始めに少しずつ広まっていった。
やがて療養所に届けられ、薬師見習いとして活動するようになるといつしか遠征にもついていくようになり、薬師としてケアード領に必要不可欠な存在に成長した。
「ケアード領に女神のような美しい薬師がいる」
姉妹が16歳と13歳になると、その美しい容姿はケアード領を訪れた者たちから徐々に噂が広まっていく。辺境から出ることがない2人の姿が確認できないことでますます噂が大きくなり、会ったことがない2人に対する様々な逸話が飛び交わった。
姉のエリスは金が混ざったような薄い茶色の髪にエメラルドグリーンの瞳が美しく、穏やかな優しい少女に成長した。体があまり丈夫ではなく、清らかな透明感が神秘的な雰囲気に拍車をかけていた。
誰隔てなく接する姿勢にケアード領の者たちは親愛の念を込めて『緑の聖女』と呼び、その美しさや優しさを我がことのように誰彼構わず自慢し合った。
妹のカルナは姉と同じ薄い茶色の髪に、姉より濃い新緑を思わせる緑色の瞳。大人に囲まれながら育ったカルナは人の機微に敏く、幼い頃から大好きな姉について薬師として活動していた。辺境の地にふさわしい、しなやかな強さを持つ少女に成長した。
姉妹は両親が愛したケアード領の人たちのために、幼い2人に居場所を与えてくれたケアード辺境伯に恩返しができるように、薬師として人々の役に立てるよう生き生きと過ごしていた。
そんなある日のこと。
辺境の地に王都から団体客が訪れた。
お遊び感覚で訪れた第一王子ご一行は辺境伯のもてなしを受け、上機嫌で弱い魔物の討伐に加わっては鼻息を荒くしていた。
着替えも人の手を借りて行うような貴族の青年たちにとって辺境は新鮮なことばかり。年若い王子殿下や側近たちは生き物を初めて手にかけた高揚感と美酒、耳障りの良い賛辞に酔いしれた。
「ケアード辺境伯、そういえばこの地には薬師の姉妹がいるとお伺いしましたが、普段は城で暮らしていらっしゃるのですか? 腕が良いとの噂ですし、一度お会いしてみたいものですね」
ケアード辺境伯は姉妹を貴族たちに紹介するつもりがなく、年齢やマナーを理由にやんわりと断った。
辺境という田舎で育った姉妹には、百戦錬磨の貴族たちをやり過ごす話術がない。若いせいで揚げ足をとられ、愛妾へと追い込まれる可能性もある。
そもそも、中央貴族のやり口というのはしたたかで地方を見下す風潮があり、とてもじゃないが彼女たちが大切にされる気がしなかったのだ。
その場にいたほとんどの者が辺境伯の牽制に気づいたのにも関わらず、第一王子には通用しなかった。
姉妹には宿泊客に顔を見せないように別館への立ち入りを禁止し、王子たちにはプライベートエリアへ入らないように固くお願いしていたのにも関わらず、第一王子はあっさりと約束を反故にした。
家族が過ごす本館の中庭まで入り込んだ王子は、早朝にハーブの手入れをするエリスを見初めてしまう。
「なんて美しい人なんだ……」
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