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 備品管理課の面々が振り向くと、文官服に身を包んだテオンの姿があった。テオンも最後の出勤日だけあり、正装をした上に髪をオールバックにしている。
 端正な顔立ちが前面に押し出されているのに加え、ここ最近は艶っぽさが増したという噂。その色気に当てられ、居合わせた客たちの目がうっとりする。

「あらあら、旦那様のご登場ね」
「だ、旦那って……まだ、結婚してないです」

 顔を赤くしながら俯くクロエの元に、テオンがやってきた。

「クロエ、迎えに来たよ? みなさん、今日は妻の送別会をありがとうございました。神聖国にもぜひ遊びに来てくださいね」

 柔らかく微笑むテオンの美しさに、その場にいた者たちが思わず息を詰める。そろそろ見慣れてきたクロエまで、ほぅ……とため息をついた。

「あ、もう連れて帰るんですか……え、ええ。ぜひ遊びに行かせてもらいますね」
「クロエ、手紙書くから元気でね!」
「結婚式、楽しみにしているわ」
「は、はい」

 店を出ると、フォンセカ家の馬車が待ち構えていた。

 テオンの手を借り、馬車に乗り込むと、二人を乗せた馬車はフォンセカ家のタウンハウスへと家路を急ぐ。向かい合って座るはずの馬車の中、もちろんテオンはクロエの横に座っている。

 三男待望の想い人の存在はタウンハウスの使用人たちを歓喜させたのだが、神聖国へ行くと聞き落胆の色を隠せなかった。

『神聖国に行くまででいいんです……! お坊ちゃまとクロエ様のお世話を私たちにさせてください』

 それなら王都にいるうちは、ということで、今二人はタウンハウスで暮らしているのだ。

「クロエの王城勤め最後の日だからって、使用人たちがケーキを用意しているみたいだよ」
「テオン様も王城務め最後の日じゃないですか。お疲れ様でした」

 庇護欲をそそるクロエはタウンハウスの使用人に大人気だ。あれこれと世話を焼かれるクロエが愛おしく、にこにこと笑うその体をテオンはぎゅうぎゅうと抱き締めた。

「テ、テオン様」
「は~、かわいい……タウンハウスに戻ったら、二人でお祝いしようね。今日はどうだった?」
「私は普段と変わらない一日でした。意外とあっけないものだな、と。テオン様はどうでしたか?」
「う~ん、そうだね……。業務的にはあっさりしたものだったけど、面会希望者が多かったかな」
「お別れの挨拶に……じょ、女性の方とかですか……」

 声が尻つぼみになるクロエに、テオンは嬉しさを隠せない。

「クロエ、妬いてくれるの? 女性も元愛人もたくさん詰めかけてきたことは否定しないけど、王太子や人事部が来たんだよ」
「え?」
「ルイジアナ王女も輿入れが決まったし、俺の部署移動と昇格を考えていたんだってさ。そもそもこう見えて同期ではトップ合格をしているからね」

 テオンの優秀さについては巷の噂はもちろん、クロエはアレクサンドラから詳しく聞いて知っている。

「クロエ、知ってた? お義父さん……オラクルム神聖国の新宰相がかなりのやり手だって噂があるんだよ。その補佐になることが決まっているからね。きっと俺のことが惜しくなったんだろう」
「引き留められたんですね?」
「ああ。ここ連日押しかけて来ていたけど、それも今日で最後だ。さあ、クロエ。着いたよ」



 この日から十年後。

 使節団を率いてこの国にやってきたテオンは神聖国に優位になる条約をいくつも勝ち取って帰り、伝説の宰相補佐として名を馳せるのだが、それはもう少し後の話だ。 
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