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『クロエ、あなたの父親がやっと迎えに来てくれることになったの。テオンを連れて来てちょうだい』
母娘の雪解けから三か月ほど経った頃、“愛と智慧の館”に呼び出された二人はマダムの執務室にいた。
ジョスティーヌはサーモンピンクのドレスに身を包み、おくれ毛を残して結い上げた髪には生花があしらわれている。普段より少しかわいらしい仕上がりにクロエはわぁと喜び、テオンはへぇと微笑んだ。
「お母さん、今日は花の女神みたいだね」
「クロエ。あなたは今日も水色のワンピースなのね。パステルカラーなら何でも似合うと思うんだけどなあ……愛が重すぎるわね」
「え? お母さん、何て言ったの?」
「ううん、何でもない。テオンもいらっしゃい。もうすぐ着くと思うから座って待ってて。マルティン、お茶を用意して」
コクリと頷いたマッチョが慣れた手つきで優雅にお茶を用意する。
落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりするジョスティーヌを見ながら、クロエとテオンはソファに座った。
(お母さんもお父さんの前では母じゃなくて女の子みたい。会えるの楽しみなんだろうな)
微笑ましい思いでジョスティーヌを見つめていると、テオンが小声で尋ねてきた。
「クロエ、父親に会うの初めてなんだろう? どんな人なのか話は聞けた?」
「うん。かっこよくて、とっても優しくて賢い人だそうです。あと、我慢強いとも言ってました」
「へえ。親近感があるな」
「そうですね。でも外見は私と似ているらしいから、テオン様みたく芸術品のようなかっこよさはないと思いますよ?」
「クロエ、俺の顔好き?」
「テオン様の顔を嫌いな人なんていませんよ」
そう?と言いながら、テオンはクロエに顔を近づける。こそっと耳打ちをした。
「キスしたい。キスしていい?」
「い、今ですか?」
「今」
「だ、だめですよ! 親の前でなんて」
「マダム、全然こっち見てないじゃん。唇にちゅっだけならいい?」
「そ、それなら……」
顔を赤くしながら目を瞑り、少し上を向いたクロエ。テオンがその唇に吸い付こうと顔を近づけた時だった。
「はい、ストーップ。私はまだ娘との交際を認めていません」
二人がハッとして横を見ると、そこには肩まであるチェストナットブラウンの髪を無造作にまとめたイケオジ。
「クロエ……会いたかったよ」
「……お父さん、ですか?」
少し垂れ目の黒い瞳が優しく細められ、コクリと頷く。
「おいで、クロエ」
名前を呼ぶ声にクロエは緊張の面持ちで立ち上がり、父の前に立つ。見上げたイサクは背が高く、軍人のような風体だ。
「「……」」
無言で見つめ合うこと少し、イサクが相好を崩した。
「ああ、私に良く似ている! なんてかわいいんだ!」
「ぐぇっ! お、おとうさ、く、苦し……!」
イサクはクロエをぎゅうぎゅうと抱き締め、マルティンやアイザックたちがひき剥がしにかかる。父娘の再会を邪魔するな!と騒いでいたイサクだったが、涙目のクロエに気づきようやく手を離した。
「す、すまん、クロエ! ああっ、クロエ!」
その後も、力を緩めてかわいいかわいいと散々クロエを抱きしめたイサク。
ようやく落ち着くとクロエを解放し、今度はジョスティーヌをぎゅうぎゅうと抱き締めた。イサクがその背中を優しくなでる。
「イサクっ、イサクっ……」
「ジョス……長く待たせたね。ああ、泣かないで? でも涙もまるで真珠のように美しいよ」
イチャイチャする二人を見ながら、テオンがクロエに耳打ちした。
「クロエのお父さん、なんていうか……情熱的だね」
「……そ、そうですね。でも、お母さんが嬉しそうだから良かったです」
『永遠の薔薇』と呼ばれる完璧な美貌が崩れ、まるで少女のようにわんわんと泣いている。頬を染めてイサクを見つめる瞳には熱が帯び、どこからどう見ても恋焦がれている乙女。クーデターを内外から成功させた夫婦は、これからようやく一緒に過ごしていけるのだろう。
それにしても、クロエは解せなかった。
(確かに私はお父さん似みたいだけど、……似ているのにお父さんはかっこいいのはなぜ?)
しばらくするとイサクは離れないジョスティーヌをよいしょ、と横抱きにし、クロエとテオンの対面へと腰掛けた。ジョスティーヌは首に手を回したまま、その肩に顔を埋め、頬をすり寄せている。
「悪いね。ジョスとも久しぶりだから、今日は大目に見てね。クロエ、改めて長い間すまなかった。これから親子の時間を取り戻させてほしい」
ジョスから説明は聞いたかな、と言いつついくつかの補足をした後、イサクはテオンに提案をした。
「調べさせてもらったよ。君のことは妻から報告も受けている。テオンくん、君さえ良ければ国の復興を手伝ってくれないか? 圧倒的人手不足なんだ」
テオンは貴族らしい美しい微笑みを携える。
「嫌だな~、お義父さん」
「お義父……」
「もちろん、全力でお手伝いさせていただきますよ。その代わり……」
クロエのことをチラッと見たテオンはイサクに告げた。
「お嬢さんと結婚させてください」
「へ? テ、テオン様……!」
う~ん、と悩んだイサクは目を細めた。
「それはテオンくんの今後の働き次第かな。ただし、泣かすようなことがあれば許さないよ?」
「わあ、お義父さんは物理的に攻撃してきそうですね。大丈夫ですよ。フォンセカ家の夫婦事情をお調べいただければ、重たい愛の逸話をいくつもご確認いただけるかと。クロエの方も大丈夫です」
「テ、テオン様……?」
「僕なしでは生きていけないように甘やかしますから。クロエ、覚悟しておいてね」
母娘の雪解けから三か月ほど経った頃、“愛と智慧の館”に呼び出された二人はマダムの執務室にいた。
ジョスティーヌはサーモンピンクのドレスに身を包み、おくれ毛を残して結い上げた髪には生花があしらわれている。普段より少しかわいらしい仕上がりにクロエはわぁと喜び、テオンはへぇと微笑んだ。
「お母さん、今日は花の女神みたいだね」
「クロエ。あなたは今日も水色のワンピースなのね。パステルカラーなら何でも似合うと思うんだけどなあ……愛が重すぎるわね」
「え? お母さん、何て言ったの?」
「ううん、何でもない。テオンもいらっしゃい。もうすぐ着くと思うから座って待ってて。マルティン、お茶を用意して」
コクリと頷いたマッチョが慣れた手つきで優雅にお茶を用意する。
落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりするジョスティーヌを見ながら、クロエとテオンはソファに座った。
(お母さんもお父さんの前では母じゃなくて女の子みたい。会えるの楽しみなんだろうな)
微笑ましい思いでジョスティーヌを見つめていると、テオンが小声で尋ねてきた。
「クロエ、父親に会うの初めてなんだろう? どんな人なのか話は聞けた?」
「うん。かっこよくて、とっても優しくて賢い人だそうです。あと、我慢強いとも言ってました」
「へえ。親近感があるな」
「そうですね。でも外見は私と似ているらしいから、テオン様みたく芸術品のようなかっこよさはないと思いますよ?」
「クロエ、俺の顔好き?」
「テオン様の顔を嫌いな人なんていませんよ」
そう?と言いながら、テオンはクロエに顔を近づける。こそっと耳打ちをした。
「キスしたい。キスしていい?」
「い、今ですか?」
「今」
「だ、だめですよ! 親の前でなんて」
「マダム、全然こっち見てないじゃん。唇にちゅっだけならいい?」
「そ、それなら……」
顔を赤くしながら目を瞑り、少し上を向いたクロエ。テオンがその唇に吸い付こうと顔を近づけた時だった。
「はい、ストーップ。私はまだ娘との交際を認めていません」
二人がハッとして横を見ると、そこには肩まであるチェストナットブラウンの髪を無造作にまとめたイケオジ。
「クロエ……会いたかったよ」
「……お父さん、ですか?」
少し垂れ目の黒い瞳が優しく細められ、コクリと頷く。
「おいで、クロエ」
名前を呼ぶ声にクロエは緊張の面持ちで立ち上がり、父の前に立つ。見上げたイサクは背が高く、軍人のような風体だ。
「「……」」
無言で見つめ合うこと少し、イサクが相好を崩した。
「ああ、私に良く似ている! なんてかわいいんだ!」
「ぐぇっ! お、おとうさ、く、苦し……!」
イサクはクロエをぎゅうぎゅうと抱き締め、マルティンやアイザックたちがひき剥がしにかかる。父娘の再会を邪魔するな!と騒いでいたイサクだったが、涙目のクロエに気づきようやく手を離した。
「す、すまん、クロエ! ああっ、クロエ!」
その後も、力を緩めてかわいいかわいいと散々クロエを抱きしめたイサク。
ようやく落ち着くとクロエを解放し、今度はジョスティーヌをぎゅうぎゅうと抱き締めた。イサクがその背中を優しくなでる。
「イサクっ、イサクっ……」
「ジョス……長く待たせたね。ああ、泣かないで? でも涙もまるで真珠のように美しいよ」
イチャイチャする二人を見ながら、テオンがクロエに耳打ちした。
「クロエのお父さん、なんていうか……情熱的だね」
「……そ、そうですね。でも、お母さんが嬉しそうだから良かったです」
『永遠の薔薇』と呼ばれる完璧な美貌が崩れ、まるで少女のようにわんわんと泣いている。頬を染めてイサクを見つめる瞳には熱が帯び、どこからどう見ても恋焦がれている乙女。クーデターを内外から成功させた夫婦は、これからようやく一緒に過ごしていけるのだろう。
それにしても、クロエは解せなかった。
(確かに私はお父さん似みたいだけど、……似ているのにお父さんはかっこいいのはなぜ?)
しばらくするとイサクは離れないジョスティーヌをよいしょ、と横抱きにし、クロエとテオンの対面へと腰掛けた。ジョスティーヌは首に手を回したまま、その肩に顔を埋め、頬をすり寄せている。
「悪いね。ジョスとも久しぶりだから、今日は大目に見てね。クロエ、改めて長い間すまなかった。これから親子の時間を取り戻させてほしい」
ジョスから説明は聞いたかな、と言いつついくつかの補足をした後、イサクはテオンに提案をした。
「調べさせてもらったよ。君のことは妻から報告も受けている。テオンくん、君さえ良ければ国の復興を手伝ってくれないか? 圧倒的人手不足なんだ」
テオンは貴族らしい美しい微笑みを携える。
「嫌だな~、お義父さん」
「お義父……」
「もちろん、全力でお手伝いさせていただきますよ。その代わり……」
クロエのことをチラッと見たテオンはイサクに告げた。
「お嬢さんと結婚させてください」
「へ? テ、テオン様……!」
う~ん、と悩んだイサクは目を細めた。
「それはテオンくんの今後の働き次第かな。ただし、泣かすようなことがあれば許さないよ?」
「わあ、お義父さんは物理的に攻撃してきそうですね。大丈夫ですよ。フォンセカ家の夫婦事情をお調べいただければ、重たい愛の逸話をいくつもご確認いただけるかと。クロエの方も大丈夫です」
「テ、テオン様……?」
「僕なしでは生きていけないように甘やかしますから。クロエ、覚悟しておいてね」
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