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「ごめんね、クロエ。きちんと話せなかったことで、あなたにはたくさん嫌な思いをさせてしまったわね。でも、あなたのことを大好きで、あなたのことがとっても大切だってことは……わかってくれる?」
「わだかまりが全部消えてなくなったわけではないけど……でも、お母さんのこと、私も大好きだよ」
「クロエ……ありがとう」

 花が開くように微笑むジョスティーヌに対し、クロエは困ったようにはにかんだ。

「ねえ、クロエ。お父さんに会いたくない?」
「……え?」
「あちらが落ち着いたら、私はオラクルム神聖国へ移住するわ。クロエも一緒に行かない?」
「私……」

 クロエは目線を下げ、ぎゅっと唇を結ぶ。テオンの足元を横目でちらっと見つめた。

 ジョスティーヌはその様子を見ながら微笑んだ。

「その前に。クロエ、五年近く会わなかった間にとっても綺麗になったわね。お化粧も上手よ。おしゃれに興味がなさそうだったけど、いろいろなことを経験したのね。あなたのそんな姿を見れて嬉しいわ」
「うん……また、話すね」
「ええ、楽しみにしている。それじゃあ……とりあえず、クロエは着替えをした方がいいわね」
「あ……」

 クロエは儀式のために着せられた聖女用の衣装のまま。

「マルティン、クロエたちを貴賓室に案内してあげて」


 それぞれ別の部屋に案内され、身なりを整えると応接室に通された。護衛たちも退き、部屋の中にはクロエとテオンの二人きり。

 商談を行うための豪華な部屋は、白地に金糸を豪華に使った壁紙に艶やかな赤茶色の家具、精微な刺繍が施されたクリーム色のソファが品よく並べられ、至るところに調度品が飾られている。

 白地に小花模様のワンピースに着替えたクロエは居心地が悪そうにソファに座り、その向かいにテオンが腰を下ろした。テーブルを挟んだ二人の間に、気まずさから沈黙が流れる。

 おずおずとクロエが切り出した。

「あの……、マルティンからテオン様が捜索に加わってくださったと聞きました。ありがとう、ございました……」
「いや、……クロエが無事で本当に良かったよ」

「……」
「……」

(ど、どうしよう。一生分の勇気を振り絞って『二度と私の前に現れないで』なんて啖呵を切ったのに。昨日の今日で顔を合わせるなんて……!)

 居た堪れない雰囲気に、クロエは扉の外にいる護衛を呼ぼうか迷う。恐らく、外には誰かが立っているはず。

(テオン様にお礼も言ったし。ではお家まで送るよう手配しますね、本当にありがとうございました、さようなら、ってことでいいんだよね?)

「えっと、じゃあ送りの馬車を……」
「クロエ」
「はい」

 腰を浮かせたクロエはまたソファに座る。

(はっ、う、うっかりテオン様の言いなりになってしまった……クロエ、ダメよ。テオン様との夢のお付き合いはもう終わったの。あれは夢で、今は王城で働く文官と女官という間柄なのよ。しかもそれって別に接点もない)

 うんうんと唸るクロエだったが、テオンの言葉に驚いた。

「今までのことは本当に悪かった。だけど、俺の気持ちは本当だ。クロエ、おまえのことを愛してる」
「へ? ……えっと、まだ他に賭けか何かを?」

「違う、そんなものは関係ない! おまえのことを四六時中考えて、おまえのことがかわいくて仕方がないんだ。本当の本当の本心だよ」

 幸せそうな笑みを浮かべるテオンに、クロエは思わず振り返る。

(……後ろにお母さんがいるのかと思った。いるわけないか。え? テオン様、本気で言ってるの?)

「……し、信じられません。だいたい、テオン様のような美しい人が私のような不細工を好きになるはずがないじゃないですか」
「……クロエが俺のことを好きって言ってくれたのは、顔だけだったの?」
「ち、違います! テオン様のお顔は神が造られた芸術品と言われていますし、確かに美しいですけど、内面が素敵だから私は好きなんです!」
「でしょう? クロエは俺の顔をあんまり見つめないものね。焦点をずらしてぼんやり見ることの方が多いでしょ?」
「うっ。だって、眩し過ぎて……」

 シャンデリアの光りに照らされた銀色の髪は、まるで妖精が紡いだかのよう。すっと通った鼻梁に長い睫毛で模られた瞳。冷ややかに感じていたペールブルーの瞳が、今は熱を帯びている。

 柔らかそうな唇から零れ続ける甘やかな言葉。その言葉が自分に向けられたものだと思うと、クロエは困惑を隠せなかった。

「クロエ、俺のこと、顔じゃない部分もきちんと見てくれたでしょう? 俺もクロエの内面をしっかり見て好きになったんだ。そう言えば理解してくれる?」
「あ……」

(そうか、美人なテオン様の中身を私は好きになって、テオン様はブスな私の中身を好きになったってことで、それって同じ意味ってことか……)

 テオンが本当に自分を好きなんだと思うと、クロエの頬にじわじわと熱が集まる。

「クロエ。もう二度と傷つけないと誓うよ。だから、改めて付き合わない? 俺、本気で頑張るよ」
「で、でも……」

(どうせテオン様はそのうち私に飽きて、美人な人に目移りするもの。だったら最初から傷つきたくない)

「俺は今まで誰とも付き合ったことはないよ? これからは愛人とも関係は持たないし、目移りもしない。誓うよ」
「えっと……」
「俺の本気を見てから、やっぱり合わないと思ったら振ってくれて構わない。あ、俺から振ることはないよ」
「ど、どうしてそんなことがわかるんですか」

 ジト目で見るクロエに、テオンが笑う。

「フォンセカ家は唯一無二に対して一途な血筋なんだ。愛が重いって、母や義姉が困ってる。クロエもそのうちわかるさ。だから……」

 テオンは立ち上がるとクロエが座るソファの横にいき、跪いた。

 手を差し出し、クロエの瞳を見つめる。

「クロエ・ガルシア。どうか俺にチャンスをください」

 キュッと唇を結んでいたクロエだったが、折れる様子のないテオンにふぅっと息を吐いた。

「わかりました……。その代わり、テオン様も無理しないでくださいね。やっぱり私では合わないと思ったら、きちんと振ってください」
「ああ、クロエ。ありがとう。その言葉、後悔しないでね」

 テオンは重ねられた小さな手の甲にキスをすると、蕩けるような笑顔をクロエに向けた。
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